13.クロトリ派
広場へ向かう大通りには、すでに屋台が並んでいた。
スパイスがきいた串焼きの匂いが空腹を刺激する。
「ねぇねぇ、あの花びらの形のケースって何が入ってるの?」
早速ミカさんに買ってもらった串焼きを頬張りながら、ヒナちゃんが興味津々で小物商のテントをのぞき込んでいる。
「あれは名産の花クリームですね。私も使ってますよ。みて、この魅惑のリップ。」
「おぉ。」
つい王子の唇に目をやってしまった自分が悔しい。
ほんとにぷるぷるだな、ちくしょう。絶対買って帰ろう。
「そちらの世界ではなにが流行っているんですか?」
「CICA成分かな〜」
「へー、ちょっと前までカタツムリだったのに。」
カタツムリの粘液成分パックとか流行ってたよねぇ。
「カタツムリの次は、鹿か。」
「しょーこさん、たぶんそのシカじゃない。」
「麝香も、ジャコウジカからとれるもんね。」
「だから鹿じゃないんだって。」
美容情報を交換しながら、人の流れにのって進んでいく。
「この先の赤い屋根の塔が見えますか?あの辺りが、祭りのメイン会場である広場です。」
ミカさんが一層賑やかな方を指差す。
「わー、楽しみ!」
「あの塔の地下に精霊の祠が封印されていて、祭りが始まると地下への扉が開きます。」
「なんかゲームみたいですね」
まるで昔ハマったRPGのような仕組みに、少しワクワクする。ひなちゃんも目をキラキラさせている。
「あつ森みたい!」
「あつもりって、平敦盛?」
「話の流れおかしいでしょ。平家RPGじゃないよ。ゲーム、知らない?」
「はいはい、小動物を紅白ボールで捕まえるやつでしょ?」
「いや、全然違うけど。」
「たしかソフトが2種類、同時発売されるんだよね。」
「完全にポケ〇ンの話してるな。」
「西軍と東軍だっけ?」
「だから源平合戦じゃないんだって。」
いかん、ひなちゃんの心の距離が離れていく。
親がりぼんと間違えて、ちゃお買ってきたときの目をしている。
「あ、広場につきましたよ。」
空蛍避けのお香が設置された広場では、着々と祭りの準備が進んでいた。
カラフルな屋台が取り巻く中央には、やぐらのような高い塔が黄色の花で隙間なく彩られ、まるで結婚式のケーキのようだ。
ひまわりと薔薇を足して割ったような見たことのない花だが、みずみずしい柑橘を思わせる爽やかな香りだ。
塔の細い三角屋根の先端からは、長い糸がスダレのように垂れ下がっている。
「この糸は?」
「この国の名産の、花で染めた花染糸だよ。艶があって美しいでしょう。」
たしかに、鮮やかな発色の糸だ。
「祭りの初日に、10代の男女がこの垂れた糸の先を握って、塔を囲んで踊るんですよ。」
「あらやだ、可愛い~!」
「そして祭りの最終日に、その糸で刺繍をしたものを、好きな人に渡すんです。」
「あらやだ、素敵~!」
「この時期になると、若い子たちはソワソワするんですよ。」
「それは盛り上がるでしょうね!」
ミカさんに説明してもらっていると、王子がにやにやしながら話に加わる。
「もとは異世界の文化なんですよね?叔父上」
「まぁな、それまで手作りのものを若い男女が贈りあう習慣はなかったからな。」
「なるほど、バレンタインのマフラーみたいなもんですね。」
前回の召喚が25年前で当時女子学生ということは、いまは私と同世代くらいかな。
なつかしの文化に納得する。
「この長い花染糸を一度も切らずにスノードロップを刺せたら、想いが伝わるそうです。」
「なにそれ、エモい!」
王子が国旗に描かれたスノードロップを指さす。
ハートが重なったような花びらを刺繍したら、さぞかし可愛いだろう。
「そもそも刺繍のモチーフがスノードロップになったのは、叔父上の初恋がきっかけで。」
「ちょっと!やめなさいよ!」
ミカさんがなにか取り乱しているが、当然スルーである。
「なにそのキュン死案件。それで、それで?」
「続きをどうぞ。」
「時は25年前。平和を取り戻すため世界を超え、力を合わせ、互いに淡い恋心をいだくようになった少年少女。しかし少女は異世界へ帰らねばなりません。少女は叶わぬ想いをハンカチへ刺し、少年も想いを告げる代わりに、大事に育てていたスノードロップの花を渡しました。」
「その少年がミカさん?!」
「スノードロップの花言葉は、……初恋。」
「かーーーーっ!たまらん!」
「らぶい!!!」
王子の演技派な説明に、思わずヒナちゃんと広場の中心で叫ぶ。
「こいつの親父が言いふらしたせいで、国民中知ってるんだよそれ。ほんと最悪。」
「民心つかんでる叔父が妬ましい。」
「ちょっとお前は黙ってなさい。」
ミカさんがふてくされたように王子を小突く。
「えっ、それで続きは?」
「なにもないよ、彼女にはもうすっかり忘れ去られてる。」
ミカさんがこちらを見て、少し寂しそうに笑う。
少女との別れのときも、同じように笑ったんだろうか。
なぜだろう、胸がギュッと、くすぐったくなる。
あぁ、これは……あれだ、共感性羞恥ってやつだな。
「いまだに独身なのは初恋ひきずってるからだって、角のパン屋のおばさんが心配してましたよ。」
「もうやだ、この国!」
「うちの母も毎年この時期になると、井戸の周りでよくその話してますね。」
「蒸し返さないで!」
その場でガックリと膝をつくミカさんに、王子と眼鏡君が塩をぬっている。
それより先ほどから、少し気になることがある。
「あの、さっきから獣のような匂いが近づいてきてるような。」
「獣?」
「うん、なにか濡れた犬のような匂いが、潮風に交じってます。」
海の方を指さすと、空にぽつんと黒い豆粒のようなものが現れた。
「あれ?こっちへ、どんどん近づいてきているような。」
「みんな、しゃがめ!体を低く!」
ミカさんが広場に響き渡る大声を出した瞬間、突風が襲ってきた。
空から急降下した物体は轟音をたてて塔にぶつかり、その衝撃波で屋台が吹き飛ばされていく。
「あぶなっ……!」
とっさにヒナちゃんの腕をつかんで抱きかかえると、背中にあたたかいものを感じる。
ゆっくり目を開けると、ミカさんがかばってくれていた。
バックハグのような体勢に、全身の血が逆流する。
「くぁwせdrftgyふじこlp」
「しょーこさん、落ち着いて?鼻息荒いよ?」
「あれはなんだ?!」
叫び声の方を見ると、数メートルはある巨大な黄色の鳥が、糸に引っかかっていた。
「ビックバード?!」
「魔鳥だ…!普段は人里に降りてくることはないんですが、魔素の狂いで暴走したのでしょう。」
「キュエッ、クエーッツ!」
魔鳥は痛そうに鳴き、羽を必死にばたつかせるが、ますます糸が絡まっていく。
「かわいそう、急いで糸を切ってあげなきゃ!」
「仕方ないですね。」
ヒナちゃんの泣きそうな声に、ミカさんは少し考える様子だったが、すぐに王子たちと顔を見合わせ、糸を切っていく。
糸が外れるとすぐに、巨大な魔鳥は空へ戻っていった。
「けが人はいないみたいだね、よかった。」
「でも、これ……。」
ひなちゃんが唇をかむ。目の前には惨状が広がっていた。
美しく飾り付けられた屋台は損傷し、地面には叩きつけられた花びらが散乱している。
塔から美しく真っすぐに延びていた糸も、無惨に短くちぎれ飛び散っている。
足元の糸を拾い上げるが、長かった糸は、30センチほどの長さしか残っていない。
「それじゃ刺繍は難しいな。」
ミカさんが手元をみて、深いため息をつく。
「ほかに用意はないんですか?」
「この長い糸は、祭りのための特注品でこれしかないんです。」
「お祭りは延期ですかね……?」
「いや、延期しても新たな被害が出ないとも限らない。」
「でもこの状態じゃお祭りどころじゃ。」
祭りの用意をしていた人々は、ショックで立ち尽くしている。
明日が本番なのに…とすすり泣く声が聞こえはじめると、子どもたちの泣き声が広場に響き、皆が暗い顔で下を向く。
(あぁ、この感じ。)
突然の、足元が崩れるような出来事。
何度経験しても、慣れない。
(それでも。)
そんな時を知っている。
だから体が覚えている。
スマホどころか携帯もない時代。
自分の頭で考えて、自分の足で動かなければ、なにも得られない時代。
予想外なんて、いつもすぐそばにあった。
そんなときは、いつだって自分の手を動かすしかないんだ。
どうにもならないことの方が多い世の中だから、少しでもあがくしかないのだ。
少し深呼吸して、顔をあげる。
「なんとかなりますよ。」
だいじょうぶ、という気持ちを込めて大きめの声をだす。
「まだ1日ありますから。みんなで考えましょう!」
「……そうですね。しょうこさん、ありがとう。」
ミカさんの少し揺れる瞳に、力強く頷いた。




