2:命を蝕むもの
研究所を出るとレヴェリーシティは徐々に夜の姿へ変化しつつあった。
クレイ研究所は、シティの東端に存在すると聞いたことがある。
そしてそのすぐ近くにはコミュニケーションロボットが運営してることで有名な商店街があり、便利で扱いやすいところから絶大な売上げを誇る。
アクセサリーなどの雑貨店からこじゃれた飲み屋まで様々な店があり夜遅くまで栄えているのだとか。
きっとミトラの家まではその商店街を通るのだろうか?
僕はざわつく商店街のなかで、繋がれた手を頼りにミトラを追いかけていた。
ネオンライトで店の上に文字を描いてる屋台、黒い鉄の看板にロゴを描いてドアの手前に吊るしてある植物に囲まれたおしゃれな家のような店など、種類が様々なお店が並んでいる。
商店街は屋台や店の明かりでとても明るく、客と店員がやり取りする音や仲間と会話している人達でにぎわっている。
「ごめんねリアン、家の冷蔵庫が空っぽだったのを思い出したの」
「ううん!大丈夫!」
冷蔵庫……とは食材を貯蔵する箱だったかな……。
僕にはなじみがないが、確かそう教わったきがする。
「そうだ!リアンは晩御飯、何が食べたい?」
「……!」
「それともおまかせかしら?」
ぎゅるる、と腹が鳴る。もうすぐ晩御飯の時間。
しかし、ミトラの家に行くだけでも邪魔な気がしているのに、ミトラは僕に晩御飯も食べさせる気だというのか?
……たしかにクレイ研究所にはもう帰れないが……。
「オマカセ……」
「ふふ、じゃあシチューにしましょ、パンに付けるとおいしいのよ」
ミトラがくるりと向きを変えて、もと来た道のほうに流れる人の波に乗り、僕は慌ててそちらへ付いて行く。
歩道は多くの人が行き交い、手が離れると僕の身長ではミトラを見失ってしまいそうだった。
「肉が焼けたようないい香りがする……!なんかツンとくる匂いもする……」
おなかがすくような香りに目をやると、小さな飲み屋の外で古びたベンチに人が座り、焦がしたタレの付いた串焼き肉を食べている。
人気の飲み屋なのか、そのほかにも向かい合う椅子の間にパラソルのついた丸い机を挟んで、アルコールを乾杯している人がいる。
その一つ向こうの店はシャッターが閉まっており、”果物ジュース・RINO”という名前のネオンライトの電気が消えている。
二つの店を超えたところで、ミトラが人の波を離れてすっと店の中に入り、僕も同じように足を止めた。
「野菜屋さん……?」
「ここは食材が売ってるところよ、野菜以外もよく揃ってるのよ。私はよくここに来るわ」
店先にはきちっと整理して二段、三段積んで置かれた四角い緑のカゴが店の外に少しはみ出すぐらい置かれており、その中には野菜などの食べ物が入っている。
店の中はカゴがたくさん置かれてまるで迷路のようになっているが、物の配置はきちんと整理されており綺麗なものだった。
「いらっしゃいませワン!」
「わあ、かわいい犬のロボットだ……!」
店の奥にいた胴長のロボットが、頭に取り付けられた顔モニターにニッコリ顔 [ ^ω^ ] を浮かべてYの字の手を振りながら近づいてきた。
白い四角の胴体に三角錐を重ねたようなボディ、上部にモニターを張り付けたような、そんな見た目。
モニターには黄色の垂れた犬の耳、背面にはくりんと巻いた犬の尻尾がついている。
「ミトラ様とオトモダチ!ようこそだワン!今日はどんなものが必要ワン?」
犬型ロボットの先端の黄色い巻き尻尾がしゅぴぴぴ、と小刻みに左右に動く。
まるで本物の犬が人に興味を示したりするときのような、そんな雰囲気。
モニターには湯気が出るカレーライスがきらきらと映し出されたり、お肉と野菜がたっぷり入ったスープがスプーンで持ち上げられて映し出される。
―――なるほど、おなかがすく。
「シチューをつくる具材がほしいの、それとバゲットもほしいわ」
「了解だワン!」
犬型ロボットは再び顔モニターにニッコリ顔 [ ^ω^ ] を表示する。
それから胴体がパカっと開き、犬型ロボットは胴体の中にセットされた袋へ手を伸ばして掴んで取り出す。
そして足となるタイヤで旋回すると具材を探して手でつかんでぱぱっと袋に入れていく。
「おまたせワン!」
じゃがいも、にんじん、たまねぎ、パックされたお肉に、透明な袋に包まれたバゲット。
それらが詰まった袋を犬型ロボットは両手で抱えて持ってくる。
ミトラはポケットから取り出したカードを犬型ロボットの顔にかざす。
犬型ロボットのモニターからからカシャ!ピ!と音が鳴ってから、カードをポケットに戻して袋の持ち手を右手で持った。
「ありがとう、また来るわね」
「お待ちしてますワン!」
犬型ロボットが [ >▽< ] という顔を表示する。
そして旋回し、僕のほうを見た。
「君もまたくるワン!」
「……バイバイ!」
犬型ロボットに手を振り返す。
なんだか……初めてでもなじみやすく愛嬌がある気がした。
「犬のロボットがやってるお店屋さん、初めて見た……!
研究所のロボットと違ってなんだかぱっと見てかわいいし、表情が豊かな感じがする」
「この商店街はあの子がたくさんいるわ
ほら、むこうのケーキ屋さんにもいるわよ」
ミトラが後ろを向いて指をさす。
その先を見ると、頭にコック帽を乗せた犬型ロボットが、マグカップ型のケーキを販売していた。
ケーキの断面図が描かれたマグカップにケーキをつめてあり、食べ歩きができることをおすすめポイントとして謳っている。
店先では狐耳にたくさんのアクセサリ―を付けたフリルの似合うワンピースを着た少女がケーキを食べている。
「……あら~!ミトラちゃんじゃない!!」
背後から声が聞こえて振り返ると、”イヌヌ食品”と書いてある黄緑色のエプロンを付けた人。
太くよく通る声と少しむっちりした体型の中年女性。
犬型ロボットが運営してるから、イヌヌ食品……?
ネーミングセンスはともかく、このお店の店員だろう。
「ロボットがきちんと運営できてるかチェックしに来てたんだけど、こんな時間に来るなんて珍しいわねェ」
店員はミトラに対して親しげに話を振る。
ミトラもまた、頭を下げると「こんばんは」と挨拶をした。
ミトラはこのお店の常連なのかもしれない。
いや、ケーキ屋さんの存在も知っていた、この商店街はよく来る場所だったりして。
……帰り道だったらそうだろう。
「あら、こちらの男の子は?」
店員は僕のほうを見る。
「リアンよ、私の家族」
―――家族……。
僕はその言葉がうれしいような困ったような、動揺をしたがミトラに合わせた。
僕とミトラに血のつながりはもちろんないが、店員は動揺したり疑問に思ったりしていないようだった。
「こんばんは!」
「あらぁ、リアン君、可愛いわねえ……
角が生えてる種族なんて、おばさん、初めて見たわ!
それに綺麗な銀髪なんて、まるでセルセラ様を人間にしたみたいねえ!」
セルセラの遺伝子、僕だけだよなあ……と思いながら僕は笑ってごまかした。
「ところでミトラちゃん、今日はどうしたの?」
「シチューを作ろうと思って!今朝冷蔵庫の中が空っぽだって家事ロボットに教えられたから買いに来たの」
「いいじゃない~!いっぱい食べるのよ~!」
ミトラと店員さんの世間話が始まる。
店員さんは話が好きなのか、早口でペラペラと話している。
「そう言えばミトラちゃん!あなたカワイイ物に目がなかったわよね」
「……?そうかも……」
「雪うさぎの形をしたお団子のお店が新しくできたのよぉ!絶対ミトラちゃんに教えてあげないとって思って!ツミうさぎっていうらしいわよ!」
「……!!雪うさぎ……!絶対かわいいくて食べるのに苦労するわね……」
ミトラの目がキラキラする。
なるほど、僕は研究所でしかミトラを見たことがなかったが、ミトラは研究以外の物にも興味があって、可愛い物が好きなのか……。
「ありがとう店主、今度行ってみるわ!」
ミトラが店員に軽くお辞儀をする。
すると店員は僕らに手を振った。
「バイバイ!」
僕は手を振り返し、ミトラと店を出た。
「さあ帰りましょ」
僕はこくりと頷く。
手を引かれて店の外に出て向かい側の人の波に混ざり、研究所とは反対方向、都市の中心側へ向かって歩く。
※※※
―――混雑が緩和され、向かい合う人々が交差するように歩いていく。
目の前に大きな噴水が見える広場に来た。
広場の右側、レヴェリーシティの北方面には、ビルが螺旋状に重なっているシティで一番高い建物、司令塔があった。
司令塔は街のどこにいてもよく見える、レヴェリーシティの偉い人たちがいる場所だと聞いた。
司令塔の前にある広場は夜になったせいか静かで、ちゃぽちゃぽと穏やかに流れる水の音が、人の足音に混ざる。
噴水のふちには何かを待っているのか、数人の人が座って腕に取り付けている機械を眺めたりしている。
「……たしかこれってセルセラさまを描いた噴水だよね?」
中央の台に乗った首と尻尾が長い白いドラゴンの銅像。
木の枝のように別れた2本の角が特徴的で、空に吠えるように上を向いている。
中央の台からは外に向かって水が吹き出しており、噴水の縁にある手を掲げる人の像の前まで水が流れている。
「そうよ、セルセラ様が人々に力を与えたときをイメージして作られたらしいわ
人に向かって流れる水は力を与えてる様子を描いてるみたい」
「そうなんだ」
パルトネルという人が水色の大剣を呼び出していたみたいに、人々は力を与えられてその力で壊世雨を打ち倒す……。
「(もしも僕に力があったら、あんなふうにできたのかな……)」
研究員に囲まれていろんな実験をしていたことを思い出す。
噴水のように、研究員が周りに立ってその真ん中で研究員達を意識してみるということもやってみたが、何の変化もなかった……。
少し落ち込むが、すぐにハッとした。
―――いやいや、僕はミトラの研究を手伝うんだ!
「どうしたの?ぼーっとして、行くわよ?」
ミトラが左を指さして僕がそちらへ向くと、ミトラも隣へ移動してきて向きを変えて歩き始める。
その道へ進むと、広い道を挟むように白いビルや小さい建物が隙間なく建っている住宅街に入った。
道のわきには背の低い街路樹と上からランタンのように丸いライトが吊るされている。
明かりに照らされる道をゆっくり歩いていく。




