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1-4

―――何事もなかったかのように静まる実験室。



「……仕方ないよ

総督の傍にいたアンドロイド達が言ってたように、命令は絶対なんだ」



トレートルは疲れたような、乾いたような感じでハハッと笑う。


それから、はぁとため息をついて僕のほうを蔑むような冷たい目で見ていた。



心のどこかで研究員の人たちは僕のことを大事にしている、そう信じていたが……。



何か、違う、あれは、違う。



現実は違うらしい。


研究員と実験台という観点から見て失敗作の僕は、時間を無駄にした期待外れの存在でしかないのだろう。



僕はトレートルのそんな目は見たことがなくて、研究員の人たちを失望させるようなことをしたのは自分のせいだと、責任を感じていた。



「イディオさんの言うとおり、この子は総督に反逆するかもしれない

なにせ勝手に創られて不要になったら捨てられるのだから、自分の人生を狂わせたのは総督だと判断して恨む……だろう?

プロジェクトは中止という命令だし、この際クレイ研究所にとっても邪魔な存在でしかなくなってしまった」



いらなくなったから捨てる。


必要だったから大事にする。



僕はそんな道具のような存在にすぎなかったのだろうか。



大事にされていると思っていたのは僕だけで、実際は違ったんだ。



トレートルの発言を聞いた僕は自分がいらなくなった不要な存在だと理解した。


彼がそんな事を言うはずはないと、どこかで思っていた僕は胸が苦しくなった。



―――リアンは邪魔。もういらない。そう言われた気がする。



トレートルの目は優しくない、穏やかないつもの目じゃない。怒っているのかもしれないし、悲しんでいるのかもしれない。


そんな目から視線を外せず、じっと見る。



その目はまるで、パルトネルの言っていた”邪魔なら殺せばいい”という命令や、イディオの言っていた”反逆をしないように”という言葉を思い出しているかのようだった。



パルトネルを止めていた研究員達のほうを見た。


しかし彼らもまた同じように疲れたような冷たい目をして僕を見ていた。



「(僕は彼らにとって、アーツを復活させるための道具に過ぎなかった、失敗作だった……)」



―――邪魔になったら死ぬのは、道具としての定めなんだろうか。



―――役に立たなかった道具なんだ、捨てられる如く殺されるのは当然だろう……。



視界の正面、トレートルがすたすたと僕の方へ歩いてくる。


冷たい表情をしたトレートルをじっと見る、僕は彼に、殺されるのか……?



優しかったトレートルの顔が今は怖く見える。


しかし優しかったのも過去形。



「……役に立てなくて、ごめんなさい」



僕は罪の意識に駆られていた。


涙が出てきてぽろぽろと胸の前で重ねている僕の手の上に落ちる。



身体はぶるぶると震えて、反射的に後ろへ足が動いたが、まるで定規に固定されているかのように小股でしか動けず重かった。


少し体が熱いような、冷たいような感じがして、心臓がバクバクする。




僕は何もできなかった……。



「待って」



静まる実験室にミトラの声が響き、トレートルが足を止めてミトラのほうを見た。



「リアンは一般人として私が面倒を見る、もちろん総督に反逆も企まないようにする

それだったら殺す必要はないじゃない」



ミトラはゆっくりこちらへ歩いてきて隣に立って屈み、僕の背中をさすりながら、僕の目からこぼれる涙を拭う。


僕はミトラの目を見た。



トレートルや他の研究員のような冷たい目はしていなかった。


いつもの優しいミトラ。



……苦しい。



僕は役目を果たせなかった使えない道具で大罪人なのに、どうして優しくされるのか分からなかった。



この際、僕はどこにいても不要な存在であり、彼らにとっては復讐を計画するかもしれない危険因子である。


そんな結論が心の中にあったのに、ミトラはトレートルを止めるのだ。



「一般人なんて無理だし、その子はミトラの見ていないところで密かに総督を恨んで復讐を計画する反逆者になるかもしれないだろう!

総督だけじゃない、リアンを創ったぼくたちの命だって危ういかもしれないだろう!」



「もしもの時は私が何とかするわ」



トレートルは熱くなって大きな声で言い、ミトラはトレートルを見て厳しい表情で静かに言い返す。



「それに、総督は”邪魔なら殺せ”と言った、私にとってリアンは必要な存在よ

つまり殺す必要性はないということ」



「……ミトラはリアンの事を大事にしてたもんな」



トレートルは押し黙る。


ミトラは僕のほうを見て、頭をなでてくれる。



「大丈夫、私の家においで」



「ぼ、僕は……」



僕は首を横に振る、僕はミトラを信じられなかった。


なにせミトラもトレートルと同じ研究員であり、クレイ研究所の人間で、パルトネルを総督と呼ぶ存在なのだから。



「研究員にとって僕は役に立たない道具に過ぎない

道具としての使命を果たせない僕は失敗作としての役目を果たすべきだと思う」



僕はそう思っていた。


しかしミトラは全く別のことを考えているらしい。


いつもより少し低い声で真剣な返答が返ってきた。



「まず……リアンは道具でも失敗作でもないわ、覚えておきなさい」



「……」



「それに私はリアンのことを大事に思ってるわ、いつも研究が楽しかったもの

だから、私の家に来て私のやってる研究の手伝いをして頂戴」



「……わかった」



「じゃあ、私の家に行きましょう」



ミトラは僕の右手を握り、そっと手を引っ張ってきた。


僕は片手で涙を拭いながら、ミトラに手を引かれて付いて行くことにした。



……僕はどうしたらいいんだろう。



「トレートル、今日は帰らせてもらうわ」



ミトラが他の研究員へそう言うと、トレートルが「分かった」と返した。


僕はミトラと一緒に実験室を出る。




※※※




ミトラはどうして僕を道具でも失敗作でもないと言ったのか。


僕は研究所で作られたアーツを復活させるための存在なのに。



その役目がないとなれば、いらない子だろう。



「(ミトラは優しいから、きっと嘘をついたんだ

それともパルトネルに反逆……?いや、そんなことはないか……)」



ぐるぐる考えても結論は出ない。


落ち込みながらミトラに手を引かれる。


トレートルに帰ると言ったミトラは外に向かっているようだが、目的地はミトラの家?なのだろうか?



僕はクレイ研究所で世話をされ、研究所に自室があって寝泊りしていたため、研究員の家に行く……他の人の家に行くことなどなかった。



「僕がミトラの家に行って、邪魔にならない……かな……」



本当はダメな気がして、僕は震えた小さな声で呟いた。


恐る恐る隣を見ると、ミトラはきょとんと僕の方を見ていた。



「そんなわけないわ!私にとってリアンは大事な存在だもの」



「だ、大事な存在……?」



「私にとってはいてくれるだけで頑張ろうと思える気持ちにも、優しい気持ちにもなれる、そんな存在なのよ」



「……???」



僕はそんな実感がなかった。


ミトラがよく嬉しそうな表情を浮かべていたのは記憶によくあるが、僕はミトラがただ研究が好きだからだと思っている。



研究が好きならなおさら僕のことは不要な存在。なのになぜ?



「私は壊世雨で困っている人を救いたいけど、研究は大変なのよ……

何考えてるか分からないあの馬鹿アンドロイドに振り回されるし、レヴェリーの存続にも関わってるから、私疲れちゃって」



ミトラは右手で額に手を抱えると「ああ思い出しただけで意味わからないわ……」と呟く。


パルトネルの事だろうか?やっぱり復讐……なのか?



「そう聞くと確かに重いし大変そうだけど……」



「でしょう!リアンとの実験はものすごく癒されてるのよ」



頬に手をやってミトラは嬉しそうに笑いながらため息をつく。


ミトラの長い溜息。幸せそうなため息だ。



なんだか復讐ではなさそうだ。


ミトラのその様子からすると、実験の時に僕といられることをただただ楽しんでいる、といった感じだった。



「でも、これから実験はないよ?」



「これからはずーっとリアンと一緒にいられるって思うと、それだけで私はがんばれそう……」



「そう……なの……?」



僕は研究員の中でも特にミトラのことが好きだったが、ミトラもまた僕の存在に癒されているから好き?重要な存在だと思っていたのだろうか?


そう思うとお互いの心が通じ合っているともいえる。



ミトラが噓を言ってる気はしなかった。


僕はこんな状況に甘えてしまってもいいのだろうか。



役に立たなかった僕が、自分のことを好いてくれているミトラの傍にいることを。



「家でやってる研究もはかどりそうだわ!リアンも協力してくれるわよね?」



「が、頑張るよ……!」



研究を手伝ってその恩を返そうと思った。



しかし……家でも研究とは、ミトラは僕が想像するよりも相当研究熱心な人のようだ。


僕は力になれるか少し不安に思っていた。



実験室からロビーへ続く廊下を抜けると、まぶしい光が差し込む。思わず左手で目を遮る。


ロビーの入口の壁がガラス張りで傾いた太陽の光を取り入れ、それを白いピカピカの石の床が反射していた。



2階まで天井が吹き抜けており高く、解放感のあるロビー、時折変わった植物が置いてある。


それをドーム状の頭に円筒のような胴体をくっつけた130センチぐらい、僕と同じぐらいの背のロボットが水やりをしたり、モップを持って掃除をしていた。



「ミトラ様、外出デスカ?」



電子音声の聞こえた方向を見ると、ミトラやトレートルの付けていた、木を描いたようなロゴが大きく掲げられている受付がある。


その真ん中で掃除や水やりをしているロボットと同じような、ドーム状の頭に円筒の胴体をくっつけた、僕と同じぐらいの背のロボットがいた。


ロボットは受付という札を首から下げ、頭部の中心にある一つ目に見えなくもないカメラを使ってミトラと僕を見ながら、鉛筆の先のような下半身から出る磁力でこちらへふわふわと近寄ってくる。



「いいえ、家に帰るわ」



「カシコマリマシタ、リアン様は何方ヘ?」



「え、ぼ、僕は……」



ミトラの家であってるのかな、と思いながらも不安に思い、ミトラの方をちら……と見る。


すると僕はミトラと目が合い、ミトラはロボットへ代わりに言った。



「リアンは私の家に行くのよ、セルセラの後継者を生成するプロジェクトは総督の命令で中止になったから問題ないわ」



「カシコマリマシタ、ミトラ様、マタ明日」



ロボットは僕らにYの字のようなで先端が丸い手を左右に振る。


ミトラに手を引かれ、研究所の出口へ向かって歩き出す。



ガラス張りの向こうには、夕日と赤色に照らされた雲、少し青みがかった空が見える。


空の下、シティの中心の方を見ると、ビルやお店がぽつぽつと電灯をつけ始めており、夜になってもにぎやかさが衰えない様子がうかがえる。



僕はミトラと一緒に研究所の左右に開く大きなガラスの扉を通って外に出た。

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