7-2
カラクリ通りに入ってすぐの喫茶店にミトラは僕を引っ張った。
看板には”喫茶:水色の瞳”と書かれていた。
そのお店の店内は入ってすぐ左に大きなキッチンがあり、右側はソファの席で埋め尽くされていた。
その席は3分の2ほど埋まっており、このお店が流行っていることがうかがえる。
僕が最も気になったのはこのお店の雰囲気だった。
天井から変わった装飾がぶら下がっており、壁や天井を覆いつくすほど埋め尽くされていた。
紐の装飾品、長く垂らした青銀色の紐で水色の石をくくり、その下は三つ編みや青銀色の糸をぼさぼさにしていて、一番下の部分は筆のようにばっと毛が広がっている。
そんなものが天井のパイプに大量に結ばれ、ライトに照らされて水色の石が輝き、風でなびいている。
「あら?いらっしゃい、ミトラちゃんじゃない!」
深く妖艶な声は、目の前の金髪を肩で巻いた女性から発せられた。
女性……いや、この人はアンドロイドだ。
その印か、耳の代わりにヘッドホンの耳あての部分のような黒い機械が耳元に付いている。
胸や腰の引き締まった黒く丈の長い服を着ており、腰のあたりから横が裂けていて綺麗な肌色のパーツの足が見える。
この女性アンドロイドが店のオーナーだろうか?
「姐さん、久しぶりね!」
「ええ、久しぶりねえ
今日は小さい男の子も一緒だなんて、この子はミトラちゃんの息子だったりするの?」
「違うわよ!家族!リアンよ」
「あ~らあら、リアン君っていうのねえ!
それにしても、セルセラ様を人間にしたような子だねえ……」
僕は姐さんと目が合った。
彼女はまじまじと僕を見ると、僕に向かってパチッ!とウィンクをしてきた。
「……???」
困惑した、何とも変わったアンドロイドだ……。
僕がぼーっと見つめていると、姐さんと呼ばれた女性アンドロイドは、僕とミトラに手招きをしてきた。
「こっちにいらっしゃい」
僕たちは姐さんに導かれてあとをついて行く。
途中で、黒くて引き締まった丈の短いエプロンドレスに身を包み、トレイを持った女性とすれ違った。
……いや、その足は機械で「いらっしゃいませ」と涼しい顔で微笑み、会釈した彼女の首には線が入っていた。
彼女も人間に近いアンドロイドのようだ。
人間に近いアンドロイドが2人もいることに驚いた。その姿はもはや人間と大差ないぐらい肌もきれいなのだ。
僕とミトラは姐さんに案内された席に座った。
入口から斜め奥、店の一番奥で窓の真横の4人掛けのソファー席、僕は壁側に座り、ミトラは向かい側に座った。
ここは店の隅でとても静かでありながら雰囲気を見渡せる。
水色の石の装飾品にゆられている店内の風景はとても幻想的で不思議だ。
「……あの飾りが珍しいかい?
あれはねえ、セルセラ様を模したお守りのようなものだよ
水色の石はセルセラ様の瞳を表していて、下にぶら下がっているふさふさはセルセラ様の長くて綺麗な尻尾を表しているんだよ」
僕がきょろきょろしていると、姐さんは嬉しそうにニコニコしながらセルセラのお守りについて教えてくれた。
「へえ……」
「あれがあるとそばにセルセラ様がいて、じっと見守ってくださってる気がしてねえ
今も昔もお守りとして持ち歩いてる人もいるんだよ」
僕の瞳と同じ色の石、僕の髪の色と同じ紐。
それを持ち歩いてお守り代わりにするほど、セルセラは人々に愛されていたのかもしれない。
そして今も愛されているということを、この店の風景や栄え方が物語っている。
「リアン、何にする?」
ミトラに電子パッドを渡された。
僕は電子パッドを受け取った。
「ここは昔のレヴェリーの料理を再現してるお店だから、リアンが知らないところを知れるいい機会かもしれないわ」
ミトラは頬杖をつきながらニコッと微笑んで僕のほうを見ていた。
僕は電子パッドを手で触ってメニューを見た。
操作方法が分からずに戸惑っていると、画面が暗くなって手のアイコンや矢印が出てきて操作方法を教えてくれた。
パンにこまごまとした肉をたくさん詰め込んで、2つに切った断面に脂がしたたり落ちている肉のパン。
鳥肉をじっくり煮込んでトマトをたっぷり詰め込んだトマトスープ。
スプラウトとレタスを混ぜたサラダと、ふかしたイモを添えた、豆入りカレーのプレート。
……野菜や穀物が充実している気がする。
メニューに一通り目を通し、僕はミトラに画面を見せながら指をさした。
「肉とトマトとレタスが、薄いパンみたいな生地で巻いてあるこれがおいしそう……」
それはとてもカラフルで彩りがよく、フレッシュな雰囲気を感じた。
朝ごはんにするには重くもくどくもなく、パクパクと食べられそうなものだった。
それでいて肉が入っているから元気が出そうだ。
それにとても食べやすいように片手で持てるサイズに包んである。
「それにする?」
「うん!」
僕がうなずくと、ミトラは「貸して」と言って手を出して電子パッドを要求してきた。
ミトラに電子パッドを渡すと、彼女は受け取ってすぐにピピピと画面を触って、元あった位置に戻した。
するとキッチンの方から「注文ありがとうございまーす」という女性の機械ボイスが聞こえてきた。
電子パッドは注文……というものができるらしい。
これで料理が運ばれてくるんだろうか?
「その料理は昔、レヴェリーでよく食べられてた食べ物だよ
手を汚さずにぱっと食べられて手軽でね、働きに行く人たちがよく朝ごはんに食べていたんだよ」
姐さんは机に手をかけてもたれかかりながら宙を見て笑う。
どうやら姐さんは昔のレヴェリーについて詳しいようだ。
「ミトラちゃんもたまにはゆっくり休みなね、じゃあゆっくりしていってね」
姐さんは僕とミトラに手を振ると、机から手を離してキッチンの方へ向いた。
するとミトラが「待って!姐さん!」と呼び止めた。
呼び止められた姐さんは振り返った。
「総督の昔のことについて教えてほしいの」
ミトラがそう言うと、姐さんは首をかしげながらははっと笑った。
「総督ってパルトネル様のことかい?また急にどうしたんだい?」
「私が研究員になる前の彼の事について知りたいの!
最近の総督は何考えてるか分からないから、昔のことについて知ったら何か分かるかと思って……」
ミトラがそう言うと、姐さんはふぅとため息をついて遠くを見た。
それからミトラの方を見ながらゆっくりと僕の隣に座ると、肘をついてにやりと笑った。
「研究員になったばかりのミトラちゃんは今のリアン君みたいに小さかったもんねえ」
姐さんは僕の頭をぽんぽんと軽く撫でて笑った。
僕は驚いて姐さんを見てたずねた。
「……!?ミトラが研究員になった時は僕みたいに小さかった!?」
「そうだよ、当時は10歳ぐらいじゃないかねえ、パルトネル様のそばで壊世雨について熱心に研究する子だったんだよ
アタシもそんな小さな子が研究員になるなんてって、当時はびっくりしたもんだよ
でもミトラちゃんの実力を見てると、それも当たり前なのかもしれないねえ」
ミトラは幼くして研究員になった。
つまり僕と同じ年齢の時にはすでにその天才性を発揮していた……。
きっと小さなころから人を救うために思考錯誤し続けてきたに違いない。
開いた口が塞がらないとはこのことか。
ミトラが困った顔をして手を上下に振り、やめてよ、というサインをする。
「んもう、私のことはいいから総督の事について教えてよ!」
「ははっ、パルトネル様も熱心な研究者だから、ミトラちゃんと馬があったのかもしれないねえ」
姐さんは豪快に大きな口を開けて笑う。
ミトラはたしかに熱心な研究者だが、パルトネルもミトラのように熱心な研究者というのは初めて聞いた。
あの無口さから熱心さは分からない、分かるはずがない。
「パルトネル様の若い頃はねえ、爽やかな笑顔の似合う好青年だったんだよ
今はアンドロイドの姿をしているけど元々は人間でねえ」
「「……人間!?」」
僕とミトラは同時に口をそろえて言った。
それもそうだ、パルトネルはアンドロイドである、そしてそんな例は聞いたことがない。
「なんだい、知らないのかい?
昔は精神転移の治療がアーツで行われていて、汚染が酷くて死に関わった場合は肉体を捨ててアンドロイドにする治療があったんだよ
アタシもその治療を受けた1人だよ」
「そういう治療があったのは知っていたわ、でも総督もその1人だったのね……」
姐さんは、ははっと笑う。
しかし汚染は恐ろしい、のたうち回って精神崩壊を起こしていく。
そんな治療をするほど汚染をされたということは、姐さんもパルトネルも相当な猛者に違いないと思った。
「アーツは願いを形にする魔法、それを利用してできた医療技術だった
でも今はアーツが使えないからそんな方法もとれないけどねえ……」
「それじゃあ、総督も相当酷い汚染に遭って、肉体を捨てたってこと?」
「そうだよ、あれは相当ひどかったねえ、セルセラ様の供給してくれる創世エネルギーを上回るほど壊世エネルギーに汚染されてたんだ
半身が赤紫色のエネルギーで染まってて意識も朦朧としているようだった、そのままだと助かりそうにもなかった」
僕は赤紫色の水たまりに落ちた人間を想像した。
壊世エネルギーにまみれて絶対に助からない人間、その人間は汚染されて自我が壊れていき、果てには人に攻撃性をむき出しにして殺し合いが始まる……。
パルトネルもその寸前だったのだろうか?
「あれには普段は温厚なセルセラ様も心配していて、治療中も夜通し鳴いておられた
でもアンドロイドの姿で帰ってきても、セルセラ様はパルトネル様だと見抜いていて大きな顔を擦り付けて嬉しそうにしていたねえ……
パルトネル様もアンドロイドの姿になって表情こそ分からなかったけど、きっと笑顔でセルセラ様の大きな頭を撫でていたに違いないねえ」
姐さんは宙を見つめてにこにこ微笑んでいた。
彼女の目には当時の記憶が蘇っているのだろう。
しかしどういうことだろう、セルセラは猫のように人懐っこいドラゴンだったのだろうか?
僕はその様子を想像した。
あの黒いボディに巨大なドラゴンが顔をすりすりしているのを。
その様子はまるで人懐っこい猫だ。
それをあのパルトネルがよしよしと撫でている……。
想像がつかない。つきそうにない。
「……セルセラ様って人が好きなドラゴンだったの?
それにしてはずいぶんと総督に懐いてるような感じに聞こえるけど……」
僕と同じ疑問を持ったミトラが姐さんに聞いていた。
僕も首をかしげて姐さんに「人懐っこいドラゴンなの?」と聞いてみた。
「セルセラ様は人が大好きなドラゴンで誰にでも優しい方だったけど、それ以上にパルトネル様とは仲が良かったんだよ
アタシが魚や果物をセルセラ様にお供えに行ったときには、それはもう仲睦まじい様子でお互いに笑いあっていたねえ……
まるで恋人のようだよ……」
「……な、仲が良い……そんなこと聞いたことなかったわ」
ミトラは手を口に当てて驚いていた。
神と崇められたドラゴンが人に懐くだけでも意外だが、それ以上に仲睦まじい様子ときたら驚きを隠せない。
それとパルトネルだ、彼が他の存在と仲がいいというのは初めて聞いた気がする。
「1匹と1人は1番強かった、壊世雨が来ると壊世生物を瞬く間に殲滅して結晶を消滅させるような人たちだったねえ
きっとお互いに認め合う相棒のような関係だったんじゃないかとアタシは思うよ」
「……今の総督からは考えられないわ、彼、ほとんど喋らないもの」
ミトラがそう言うと、姐さんはふぅと息を吐いてぼそりと言った。
「パルトネル様が喋らなくなったのは、相棒とも呼べる相手が死んでしまったからなんじゃないかねえ……」
大切な仲間の死、それはきっと絶望的で立ち直れない。
パルトネルにとっては認めたくない現実かもしれないが、セルセラはもういない。
空気はしんみりとして僕とミトラは黙り込んだ。




