5-2
僕とミトラは魚屋を抜けた後、商店街で野菜を買った。
今日の晩御飯は汁ものに玄米を沈めたもの、それに焼き魚と言った感じに決まった。
そして家に帰ってきた。
「ただいまー!」
ミトラの家のドアを開けると、電気のついた部屋で家事ロボットが「ピココ!」と音を立てて出迎えてくれた。
嬉しそうに両手を振り上げて左右にカシャカシャと動かし、双眼鏡ののぞき目のような大きな目をぱちくりさせている。
僕とミトラは家に入ってドアを閉めた。
「ただいま、今日は汁ものを作って魚を焼いてくれるかしら?」
ミトラが家事ロボットに野菜を渡すと、家事ロボットは袋の中身を見て「ピコ?」と首を傾げていた。
そこには汁ものにする具材しか入っていないからだろう。
「魚はリアンが持ってるわ」
ミトラが僕を指差すと、家事ロボットは僕の手元の魚を見て目をぱちくりさせながら嬉しそうに「ピコッ!」と言った。
そして家事ロボットは汁ものの具材が入った袋を自分の細い腕にかけると、僕をまっすぐ見て両手を差し出して袋を要求してきた。
「リアン、魚をこの子に渡して?」
「うん」
魚はすいすいと袋の底に向かって泳いでいる。
袋の中を泳いでいる魚たちが食べ物として出される姿を、全く想像ができない。
焼き魚、と言うことは焼く……のだろうか?
僕は家事ロボットに魚の入った袋を渡した。
家事ロボットは魚を受け取るとくるりと向きを変え、キッチンのほうにスススッと移動していく。
僕はその後ろ姿を見送っていた。
すると、ミトラにガシッと両肩を捕まれた。
「……?」
ミトラの腕は僕の体の向きを変えようと力を入れてきて、僕は素直に身体の向きを変えた。
力が緩められて止まると、わき腹をすーっとミトラの両手が通って抱きしめられた。
ミトラは溶けるように膝を折り曲げてゆっくりしゃがむと、僕の腹に顔をうずめて深呼吸を始めた。
僕の腹のあたりにミトラの息が当たってほんのりあたたかい。
「すぅ……はぁー……」
「(……エネルギーチャージかな)」
ミトラは忙しい人だ、クレイ研究所で研究したかと思えば、夜な夜な個人的な研究を進めている。
僕で深呼吸して癒されるのが、ハードワークの中での唯一の休憩時間なのかもしれない。
今日はイディオが襲って来たのに対処をしたり壊世生物を倒したりしたから、ちょっと疲れているのだろう。
「(ミトラはがんばっててすごいな……)」
僕は止まったまま、両手でミトラの頭をそっと抱えるように抱きしめながら、わさわさと手を動かしてミトラの頭を撫でた。
頑張っててすごい、えらい、僕がそう言われて頭をなでられたら嬉しいから、ミトラも嬉しいだろうと思った。
すると僕の腕の中でもそもそっとミトラが動いて呟いた。
「リアン、それは重罪……」
「……え」
僕はピタッと手を止め、ミトラの頭を離して手をおろした。
ミトラはそれが苦手だったのだろうか?
するとミトラはゆっくり立ち上がり、後頭部に手を回してきた。
それから僕はミトラに強く抱き寄せられてバランスを崩してよろけた。
ミトラの服をぎゅっと掴んでバランスを取り戻した。
「……頭にハグされるだけで明日も1日生きられるわ……っ」
ミトラの腕の力が強まった。
でもどこか力加減がされていて、思いやりがある優しい抱きしめ方だった。
「(……うれしかったから、もっとやってってことだったのかな……
重罪って悪いことって意味じゃなくて、いい意味での誉め言葉みたいな感じで言ったんだ)」
そう考えた僕はミトラの背中に手を回して抱き返した。
するとミトラは嬉しいと言いたげな大きなため息をついた。
「最高……」
ミトラがトーンの上がった声でボソッとそう呟いた。
「僕がミトラをぎゅってするのは重罪?」
「そうね……」
僕はミトラのぽかぽかとした温かさに安心していた。
幼い頃からそうだった。
ミトラはいつも両手を広げて僕を待っていた。
研究所で実験して、それがどんな結果だったとしてもたくさん褒められて、よく抱きしめてくれた。
実験がうまくいかなくても腕の中は安心できて、明日も頑張ろうと思える不思議な力があったような気がする。
「(……僕もきっとエネルギーチャージが必要だったんだ、失敗という言葉に傷ついていたから)」
僕が昔の記憶を思い出してじっとしていると、ミトラとお互いに幸せな沈黙が訪れた。
キッチンの方から家事ロボットが調理をしている、トントントンというテンポのいい音が聞こえてくる。
「……そろそろ座る?」
「ええ、そうね」
僕がそうたずねるとミトラの腕の力が緩み、僕は解放された。
その時に見えたミトラの表情はなんだか満たされていて、でもどこか惚れ惚れとしていてだらしなく陶酔している感じがした。
いつもしゃっきりとしていたミトラが、ハグひとつでふにゃふにゃになるのは意外だった。
ミトラはやっぱり疲れているのかもしれない。
カウンターキッチンの前にある机のそばに綺麗に並べられた椅子に、僕とミトラは向かい合って座った。
キッチンからものが焼ける香ばしい香りが漂ってくる。
……そういえば、あの魚たちは一体どうなったのだろうか?
しばらく待っていると、家事ロボットがお盆に湯気を漂わせている料理を乗せてすすすっとやってきた。
「ピココ!」
家事ロボットは5本指の機械の手を器用に使って僕とミトラの前に料理を並べ始めた。
底の深いお椀には一口サイズの野菜がたっぷり入ったスープ、底には玄米が沈んでいる。
野菜とダシのいい香りが漂っている。
そして横に長い皿にくしに刺された魚が1匹、塩を付けてこんがり丸焼きの状態で出される。
「魚、すごい……」
僕は魚の白くなった目を見つめた。
魚は動かない、焼かれてしまってもうこの世にはいないだろう……。
さっきまで元気よく泳いでいたが、それを焼いて食べるのは少々残酷ではないかと思い、僕は罪悪感に駆られていた。
確かにこうなったら顔をビンタされることなく食べることができそうではある。
「いただきます!」
ミトラは手を合わせたあとに魚の差してある串を手に取ると、背中から丸かじりした。
白い身が魚の身体からほぐれて、ほくほくと熱を表す湯気を上げる。
ミトラが食べている姿はとても美味しそうに見えた。
よだれが垂れそうなほどに。
「い、いただきますッ!」
僕はごくりと唾をのみ込んだ。
ごめんなさいと心の中で魚に謝りながら、串を持って意を決し、魚の背中にかじりついた。
ほろりと身がほどけて口の中に塩と絡まって淡白な味と、くどくない脂が広がる。
肉と違い、さっぱりとしたうまみだ。
「おいしい……」
食は少し残酷だと思った、でも美味しいということに偽りはなかった。
躊躇ったが美味しいという感覚が忘れられずにもうひと口かじる。
やっぱりおいしい……。
「気に入ってもらえたみたいでよかった
せっかくもらった命だから、感謝して残さずきれいに食べることが大事よ
それは魚だけじゃなくてそれ以外の食べ物もそう、植物にだって命はあるもの」
ミトラは魚をかじって、玄米スープをスプーンですくって食べていた。
「……綺麗に食べなきゃ」
「そうね」
今までは動かなくなったものを食べていたからわからなかったが、魚という原型が見えるものを通じて生きているものを食べているということを実感した。
僕はミトラが食べた魚を見てお手本にしながら、身を綺麗にはがして食べた。
魚の脂と玄米スープがちょうどいいさじ加減で溶け合い、胃が満たされていく。
お腹がいっぱいになることは間違いなく大事なことだった。
「生きるっていうのはたくさんの命に支えられてることよ
レヴェリーシティの人たちがシティの外に行って食料や物資を取ってくる
そしてその食料や物資を使って日々を過ごしてるし、シティは成り立ってる
今食べてる魚も誰かが川に行ってとってきてくれたもの
だから毎日があるってすごいことなの、感謝しないと……ね?」
ミトラの前には空っぽになったお椀と骨だけになった魚の皿があった。
それは明確に感謝のしるしである。
そして僕もきれいに食事を平らげた。
「ごちそうさまでした!」
僕が両手を合わせると、ミトラも両手を合わせて「ごちそうさまでした」と言っていた。
そして家事ロボットの持ってきたお盆の上に空になった皿とお椀を乗せた。




