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僕は壊世雨がもたらす惨劇を初めて見た。
レヴェリーシティに帰ってきた後もその衝撃は忘れられなかった。
……ショックだった。
人の命はあんなに軽いものだったのかと錯覚するほど、命は軽々しく散っていく。
まるで道端の石ころのように乱雑に扱われているような感覚だ。
僕はミトラを回復させたが、その力は他の人にも使えるわけではなかった。あれは単なる偶然だったのだろうか?
創世エネルギーはすごい存在だった、でも他の人にも使えなければ万能ではない。
……僕は無力だ。
「よかったわ、北門を無事に守れて」
ミトラは静かに、落ち着いた声でそう言い、ふぅっと息をついていた。
僕はミトラや護衛隊の人たちと一緒に病院へ来た。
戦った後に大きなけがや汚染がないかなどを病院で細かく確認されていた。
僕とミトラは汚染はなく、問題は護衛隊の人たちだ。
彼らの治療は長引いていて、僕とミトラは待合室の椅子に座って、護衛隊の人たちを待っていた。
「僕は……僕は……」
僕は北門で死んでしまった人のことを考えると冷静にいられなかった。
震えていた、何もかもがよくわかっていなかった。
怖い?不安?いいや違う。
僕の頭には壊世エネルギーで汚染され、回復ができなかった門番の悲しそうな顔がよぎる。
それから、壊世生物を倒したのにエネルギーを浴びて自我が崩壊し、暴れだして殺された人。
「(僕が彼らを助けられていれば、セルセラ様の代わりができていればこんなことには……)」
ざわざわと頭がうるさい中、目の前に壊世エネルギーに汚染され、頭に包帯を巻いた人が通りすぎた。
……ここは病院、そういう人たちが集まるところ。
そしてもうじき彼らは処刑されるかレヴェリーシティを出て行くかを選択しなければならない身だ。
ここはきっと汚染者を管理しておく施設でもあるのだろう。
僕は汚染部位を見た瞬間に死んだ人たちのことを思い出して頭が混乱した。
震えを抑えようとして両手で身体を抱きこむように、ぐっと腕を押さえた。
極限までおかしくなると人間は涙が出ないのかもしれない。
「……リアン」
左に座っているミトラが雲った表情で、僕の顔を覗き込んでじっと見ていた。
するとミトラは背後から手を回してきて、僕の右頬を手の平で押さえてぐっと左へ力を入れてくる。
ガチガチに固まった僕の身体の緊張を、あたたかくて優しい手が落ち着かせてくれる気がした。
困惑している僕の身体は左へ重心がぐらりと傾けられ、座りながら上半身だけミトラの膝の上に倒れた。
ミトラの左腕が僕の頭を優しく受け止めて頭を膝に置き、膝枕をされた。
それから上半身を倒して胸と膝、腹を使って僕の頭を包むようにぎゅっと抱きしめられた。
「……聞こえる?」
「……?」
ミトラの顔を見ると、長い横髪が重力でだらりと下に垂れている。
そして穏やかに見つめる鶯色の目と視線が合った。
それからミトラはゆっくりと目を閉じ、穏やかで優しい微笑みを浮かべている。
僕は不思議に思い、ミトラを見つめて止まっていた。
とてもあたたかくて心が落ち着く気がする。
……トク、トク、トク。
じっとしていると、僕の耳にミトラの胸から心音が響いてきた。
やさしくてテンポのいい、心地いい音。
ミトラの生命の音。
「……私はリアンのおかげで生きてるわ、ありがとう」
その声を聞いてハッと我に返ると、ミトラが優しく微笑んでいた。
同時に汚染で苦しんで歯を食いしばっていたミトラの顔を思い出した。
そこから解放された穏やかな笑みを見ると僕は、誰の役にも立ってないわけではなかったのだと、そう思った。
……ミトラの汚染は僕が持っていた力によって治ったのだから。
僕は目が潤んで景色がにじんだ。
顔が熱くなった。
「そんなに自分を責めないで、リアン」
ミトラは上半身を起こして背もたれにもたれて座りなおすと、僕の前髪をかき上げて額を右手でゆっくり撫でてきた。
そして僕の目からこぼれそうな涙を拭う。
「……世界は残酷よ、私たちの日常を壊していくもの
でも、私たちはそんな日常を変えていける”可能性”を持っているわ」
「……可能性?」
「そう、私たちの今の行動次第で明日が変わっていくの
そう考えたら、今私たちがやるべきことは何かしら?」
それは一生懸命研究に取り組むミトラらしい考えだった。
……ミトラは前向きだ。
彼女がなぜそんなにも熱心に研究に取り組んでいるのか。
……レヴェリーシティの人々を助けるためだ。
僕はミトラの発言からふと悟った。
僕は起き上がって座り直し、涙を手で拭いながら考えた。
「悲しいって落ち込んでることは簡単かもしれないけど、でもそれをずっと続けていても何も変化を起こせない……かもしれない……」
「……ふふ、そうね
もちろん落ち込むことは大切なことよ
失敗した経験を次に生かすためには必要だもの」
ミトラは目を閉じたまま微笑んでいた、その笑顔は何かを思い出しているようだった。
「……今やるべきことは壊世雨に抗い続けるために行動することなのかもしれない
そうじゃなきゃ、また他の人が死んじゃうから……」
その答えにたどり着いた時には、僕は悲しい気持ちよりも壊世雨を打ち倒したいという気持ちのほうが勝っていた。
すべて悪いのは壊世雨で、それに抗える力さえつければみんなが安心して暮らせるのだと。
そしてそのために僕は一体何ができるのか、考え始めた。
僕ができなかったことはたくさんあった、じゃあ、出来たことはあっただろうか……。
「……壊世雨の予測研究が進んで、僕は力も使えるようになった……」
僕がそう呟いていると、ミトラは目を開けて隣で僕をじっと見ていた。
「……リアンのおかげで、私もアーツを使って壊世生物を倒せるようになったわ
落ち込んでもいい、悲しんでもいい、でもそれをバネにして飛躍しなきゃ
レヴェリーの明日を変えるためにもね
小さな積み重ねがいつか大きな革命をもたらすわ」
レヴェリーシティの人々は壊世雨によって悲惨な日々を送っている。
それでも彼らは諦めなかったから、レヴェリーシティが出来て、こうして今生きることができている。
そして諦めなければ最後、壊世雨に対して対抗策ができるという偉大な夢を持っているのだろう。
レヴェリーシティの人々は可能性を探して日々を必死に生きている。
「消えていった人たちのためにも、今を一生懸命生きるの
それが残された私たちに出来ること」
ミトラは隣でそう囁いた。
僕はミトラの方を見て、頷いた。
門番は言っていた「忘れなさい」と。
……忘れなくてもいいんだ。
ただあの光景を強く胸に刻んで、その問題がどうしたら解決するのかを思考錯誤し続けて、未来では同じようなことが起こらないように、二度と同じ悲しみを生まないように努力する。
悲しみを連鎖させないように努力するんだ。
「……過去はもう変えられないけど、明日起きることは今やる事を変えたら変わるかもしれない……」
「そうね」
僕はうつむいて両手を見ながらつぶやき、それを聞いたミトラはふぅっと息を吐いていた。
明日も頑張ろう、そう考えてすこしだけ苦しみが和らいだ気がする。
「(僕はどうすればこの力が使えるんだろう……)」
そんな事を考えながら、ぼーっと足元を見て考えていた。
「―――失礼します!」
突然、目の前で機械の足が止まった。
声をかけられてふと顔を上げると、1人の護衛隊のアンドロイドがぺこりと頭を下げて会釈し、僕たちを見ていた。
「あら、ケガの方は大丈夫かしら?」
「……はい、パーツの損傷で済みました
アンドロイドとは言え、汚染されると精神が破壊されるので、この程度なら軽傷です」
護衛隊のアンドロイドは肩を指差す。
そこはパーツがかすれており、ベコッとへこんでいた。
「そうね、アンドロイドでも汚染されれば自我が崩壊して暴れだすものね
そうなったら最後、殺すしか手がないわけだし……」
ミトラはため息をついて、手のひらで額を覆って頭を抱えていた。
アンドロイドとは言え壊世エネルギーの武器を使うと、汚染されているのを僕は見ている。
彼らは武器を使うと苦しそうにカタカタと震え、パーツが赤紫色に光っていた。
「……そういえば、なんで壊世エネルギーに汚染される武器をつかって、壊世生物を倒そうとするの?
ミトラのトラップがあるって聞いたよ、それを使うのはダメなの?」
僕は疑問に思い、2人にたずねた。
そんなリスキーなものを何で使っているのか。
護衛隊のアンドロイドは屈んで僕に優しく答えてくれた。
「命令だからっていうのもあるけど
うーん……そう言えばなぜトラップの使用は禁止されているんだろうか?」
護衛隊のアンドロイドは首を傾げた。
どうやらこのアンドロイドも知らないようだ。
工業区域にいた青年がトラップについて教えてくれたことを思い出す。
トラップは使用が禁止され、壊世エネルギーの武器のみが使われていると。
……一体なぜなのだろうか?
「……トラップは最初は効果があったのだけれど、回避されたりして次第に効果がなくなっていったの
そこから壊世生物に学習能力があるということが分かって、それが分かってから総督はトラップの使用を禁止したの」
「……ふむ、でも我々にはバリアがあるからその内側に逃げ込めばいいのでは?」
アンドロイドは両手を広げてわからないと言いたげな雰囲気だった。
「バリアに使われてる創世エネルギーだって無限じゃないわ
壊世生物はバリアに逃げ込むのを見ると永遠に追いかけてきて、自己犠牲をしてでも侵入しようとする
それでバリアが破壊されるかもしれないから、壊世生物を倒そうというのが今の総督の考えなのだと思うわ……
そして効果があったのが壊世エネルギーの武器……」
僕の隣でミトラが頭を抱えてうなだれながら呟く。
バリアがなくなったら壊世生物は容赦なくシティに進行し、あっという間にレヴェリーシティの人々は絶滅する。
これはやむを得ない結果なのかもしれない。
「……なるほど……壊世生物って賢いから倒さないといけないんだ」
「そんな感じね、だからトラップは使えなくて壊世エネルギーの武器を使うのかもしれない」
「……そうだったんですねえ……」
護衛隊のアンドロイドは頭をひねっていた。
それから、ぱっと何かをひらめいたようにシャキッと立つと、ミトラのほうに敬礼した。
僕は護衛隊のアンドロイドの方に振り向き、ミトラはゆっくり顔を上げた。
「そうだ、自分はリーダーからミトラ様と少年に代表してお礼を伝えてほしいと言われてきました!」
「そうなの、あなたのリーダーは大丈夫なの?他のメンバーも」
「リーダーは片足のパーツが損傷しているらしくて今は治療中です!
他のメンバーもほとんどは擦り傷や打撲です!
1名、壊世エネルギーの武器を使ったものが汚染されていましたが……」
「……そう」
そう言うとミトラはゆっくり立ち上がり、アンドロイドを見た。
「私は今日の研究をまとめないといけないから、ここら辺で帰らせてもらうわね」
ミトラは僕に手を伸ばし、僕は差し出されたミトラの手を握った。
「お気をつけて!」
僕は引っ張り上げられて立ち上がり、ミトラに手を引かれて病院のエレベーターの前に行った。
振り返ると護衛隊のアンドロイドが手を振ってくれて、僕は手を振り返した。




