3-2
「―――リアン」
僕はその声で目を開けた。
頭上から光が差して眩しい。
「……!?」
目を覚ますと僕はベッドにいた。
飛び起きて、声の方向を見た。
ミトラがベッドの横で両手を腰に当て、じっとこちらを見下ろしている。
僕はソファでミトラを見ながら寝たはずだけど……?
……それも夢だった?
僕は目をこすりながらベッドからずるずると出て、端に腰かけてミトラを観察した。
首元まで真っ黒で、右手は赤紫色。
……ああ夢じゃない。
「……は~、昨夜はリアンの寝顔が見れて可愛かったわ、ふふ」
ミトラは長い溜息を口に手を当ておさえながら、とてもうれしそうに笑う。
その発言から、僕はソファからここまでミトラに運ばれたのだと悟った。
結局、昨夜の僕はミトラよりも先に眠ってしまったようだ。
「ミトラ、汚染は……?」
「心配しないで、まだ生きてるわ、私は案外頑丈よ?」
ミトラはふふん!と胸を張る、私は大丈夫だと言っているようだ。
……でもとても大丈夫なようには見えないし、それは強がっているだけのように感じた。
僕を心配させないようにするために強がっているのかもしれないが、それは僕がもっと心配をする要素だった。
……仮に頑丈だったとしても汚染は進行している。
「汚染が進んだらどうなるの……?」
僕は恐る恐るたずねた。
「……自我が崩壊していきながら、次第に全身が黒くなって、最終的に全身が水のように溶けて壊世エネルギーの液体に変化するわ
現状は触れても害はないのだけど、液状化したら汚染を拡大させる物になるわね」
ミトラはポケットから白い手袋を出して右手に手袋をする。
「汚染を想像させるから、見るだけでも怖がる人がいる
あとはコートを着れば汚染部位は隠れるわ」
ふぅ、とミトラは息をついてニコッと口角を上げる、胸の前で手袋をした右手の平と甲を交互に見ていた。
ミトラはこの先、自分が死ぬことが確定していて、それが分かっているのに冷静だった。
僕がもし自分が汚染されて死ぬことが分かったら、絶対に怖くてずっと怯えていると思った。
しかしミトラはそれを何とも思っていないのか、そうなっても他人の心配で忙しいのか、自分のことに関して興味がないのか……。
「(ミトラは他人の事ばかり考えてる、研究だってそうだ
昨夜だって僕を起こしたことを気にかけてて、自分の事なんて忘れているかのような対応だ)」
最後の最後、身体の状態どころか自分の心まで他人に捧げる気なのかもしれない、そう思った。
それとも自暴自棄になってしまったのだろうか?
僕はミトラを止めようと考えた。
「ミトラ、自分の事も大切にして……」
僕がそう言うと、ミトラはふっと僕のほうを見た。
そして僕の方を真剣にまっすぐ見ると、深刻にうーんと考え始めた。
「たしかに、リアンを置いていけないわ……」
それからミトラはぱっと何かをひらめいたように言う。
「ハッ、こんなかわいい子をひとりぼっちにするなんて大罪よ!!」
「……いや、そうじゃなくて」
ミトラは僕の言ったことを理解していないようだった。
自分を犠牲にしすぎだ、と言いたかったのだが、どうやら僕が一人で寂しい思いをするという風に伝わってしまったようだ。
僕は説明しようと言いなおした。
「ミトラは自分の事を犠牲にして他の人の事ばかり考えてるから……」
話してる途中でミトラが近寄ってきて屈んだ。
そのまま僕の両脇に両腕を回してきて、身体を優しくぎゅっと抱きしめられた。
「……!」
ミトラは僕の胸元に顔をうずめた。
僕はその様子に何も言えなくなった。
「ふふ、私の事、心配してくれてありがとうね
リアンってば、本当に優しいわ……」
ミトラは僕にそう囁き、胸元にすりすりとほおずりをしてくる。
そして幸せと言わんばかりに深いため息をつき、その息が服の向こう側からあたたかさを伝えてくる。
”そんなのわかってる、本当は怖い”というのがミトラの本音のように感じて、僕は言葉を失った。
「(あったかい、くすぐったい……心が苦しい、苦しい、苦しい……)」
ミトラの表情は見えない。
でも、僕はその姿がミトラの弱音のように感じて胸が苦しかった。
助けてあげられたらどんなにいいか。
……でも何もできない。
僕は喪失感に駆られた。
このあたたかさももうすぐ失われるのかと思うと絶望して、胸に穴が開いたような感覚になる。
僕はミトラに何もしてあげられない、でも今のミトラは僕に抱き着いて幸せそうだ。
……せめてミトラがそうしたいなら、好きなだけ僕にほおずりして幸せになってほしい……。
僕はミトラが満足するまで抱き着かれたままじっとしていた。
「……よし、リアンでエネルギーチャージ完了よ、今日も頑張るわ!」
ミトラが両手を離して立ち上がり、僕は解放された。
いつもの活気あふれるミトラに戻った。
……エネルギーチャージ?と思ったが、突っ込むのはやめた。
ミトラが満足ならそれでいい。
「さあ着替えてリビングにおいで、家事ロボットが朝ごはん用意して待ってるわよ」
ミトラはドアを開けてリビングへと歩いて行った。
僕はベッドの頭側にある台の上に置いてある普段着に着替えた。
パーカーを羽織ってチャックをあげて、短パン、ガーターソックスをはく。
膝まで長い髪を結んで、ブーツをはいた。
「準備よし!」
僕はドアを開けてミトラの後を追いかける。
※※※
リビングに行くと、香ばしい香りが漂っていた。
キッチンの方では家事ロボットが皿を並べて料理を盛り付けている。
「さあ座って!」
ミトラはリビングで机の前の黒い椅子に座って僕を待っていた。
昨夜と同じくご飯を食べるのだろう。
僕は言われた通り、奥の席に座る。
僕が椅子に座ると、家事ロボットがスススっとこちらへきてトレイに乗せた朝食を並べる。
白い粉砂糖とはちみつがかかっている一口サイズに切られたフレンチトースト。
香ばしい香りのする野菜とベーコンのソテー。
それらが1枚の丸くて白い皿に盛り付けられていてプレートにされており、コトンと前に置かれた。
それから、縦長の透明なプラスチックのコップにストローをさした果物ジュースが出される。
同じようにミトラの前にもプレートを置き、コーヒーをセットした。
「家事ロボット、やっぱり料理上手なんだね!」
僕がそう言うと、隣で「ピコ!」と家事ロボットが声を上げた。
ぱっちりした目がニコッと笑っていてうれしそうだ、言葉を理解しているのかもしれない。
「いただきます!」
僕は用意されたフォークでフレンチトーストを刺して食べる。
ジュワッと舌に広がる染み込んだ卵のうまみ、砂糖の甘さ。
かみしめるとさらにうまみが広がって2度おいしい。
……糖分は幸せの味!
……甘いものは口も心も幸せにする!!
フレンチトーストを味わった後に、乾いた喉を果物ジュースで潤す。
柑橘系の味がさわやかに広がり、口の中を一気にフレッシュにしてくれる。
野菜のソテーは、箸休めに丁度よく、再びフレンチトーストを主役として引き立たせるためには丁度いい量だった。
そして再び甘いフレンチトーストをほおばった。
「甘くておいしい~、はぁ~……」
「……ふふっ、リアンは研究所にいる時から甘い物が大好物だものね」
ミトラが僕を見て嬉しそうに笑う。
そして黒い前下がりの髪を耳にかけると、下を向いてフレンチトーストを食べ始める。
「……ごちそうさまでした!」
あっという間に平らげると、家事ロボットがトレイを差し出してくれた。
「ここに置いていいの?ありがとう!」
僕がそう言うと、家事ロボットは頷いた。
トレイに空になった皿とコップを置いて片づけた。
「……聞いて、リアン」
僕は声をかけられ、ミトラの方を振り向いた。
ミトラは右手で額を支えて頬杖をつきながら、僕に話しかけてきていた。
「……どうしたの?」
「私はこれからクレイ研究所に行かないといけないの、でも……」
ミトラは眉間にしわを寄せてうーんと考えているようだった。
「……でも?」
「……」
ミトラは黙り込む。
目を閉じ、両手を使って頭を抱える。
……そんなに深刻な悩みがあるのか……。
僕は少し慌てた。
「僕に出来ることがあれば手伝うよ!元気出して……!」
「……ぃ……ぃゎ……」
小声でぶつぶつとミトラは呟いたが、僕はそれが聞き取れなかった。
「……え?」
「研究所にリアンがいないわ!!エネルギーチャージができないと倒れちゃいそう!!」
ミトラがばっと顔を上げたかと思うと、バァンと両手で机をたたき、机から身を乗り出した。
その音で家事ロボットが驚いて片づけにキッチンへ向かおうとする途中でぐらつき、皿を落としそうになる。
僕はびっくりして身を引いていた。
身を乗り出したミトラは泣きたいと言いたげな困り顔をしていた。
うるんだ瞳でじっと僕を見て、僕らはお互いに固まった。
「……ぷっ、あはは!」
僕はその様子を見て吹き出した。
僕はものすごくミトラを心配をした。研究所に行って突然死んでしまうことを想像して、本当は怖いのではないか、怯えているのではないかと。
でも全く別の問題だった、僕はその反動で安心した。
「そう言えばミトラは僕との実験で癒されてたって言ってたね
本当にそうだったとして、僕と実験することがエネルギーチャージだったら今のミトラは研究室で充電切れして倒れちゃう!」
ミトラはむっとしていた。
でもすぐに満面の笑みで笑っていた。
ミトラは立ち上がって机を回り、僕のそばに来た。
すると僕の両脇に腕を回し、僕はミトラに抱き上げられた。
強く抱きしめられて頬にほおずりをされて、されるがままの人形状態になる。
「(……うーん、これはエネルギー不足かもしれないな)」
……もうすぐ汚染で死んでしまうミトラ、せめて最後には幸せでいてほしい。
僕は黙って力を抜き、ミトラの甘えを受け入れた。
好きなだけエネルギーチャージして幸せな気持ちになってくれるなら、僕も幸せだ。
「なによ!リアンがいないとやってらんないのよ!!
四六時中研究ばっかりしてて本当にエネルギー切れで倒れちゃうわっ!んもう!」
「あはは!」
僕とミトラはお互いに笑いあった。
僕はミトラのエネルギー切れの話を聞いて少しだけ嬉しかった。
ミトラは僕に弱音を吐けるくらい、僕のことを信用している。
僕のことを道具じゃなくて、人間として必要としている。
純粋に僕のことを好いてくれている、そんな気がした。
だからこそ少しだけ目頭が熱くなったが、ミトラの前で泣いてしまうのはまた彼女を困らせてしまうと思ってこらえた。
「大丈夫だよ、僕はここで待ってるから
エネルギー切れたら帰ってきてまたチャージしよう?」
「……そうするわ……」
僕はそっと降ろされた。
ミトラの腕の中は温かいから僕は好きだ。
僕はエネルギー不足にはならないが、僕にとってもエネルギーチャージなのかもしれない。
「でも、今日はリアンにやってもらいたいことがあるわ」
「やってもらいたいこと?なんだろう?」
ミトラは屈んで僕の両肩に手を置き、僕はミトラをじっと見た。
ミトラから頼み事なんて初めてだ。
「今日のお昼頃にレヴェリーシティの北側から少し遠くで壊世雨が起こるかもしれないっていう予測をしたの
それがあっているかどうか確認してきてもらいたいの」
「……ミトラは?」
「私はクレイ研究所でやらないといけないことがあるから行けないわ
だから代わりに確認してきてほしいの、できるかしら?」
「うん!」
「もしも誰かに聞かれたり止められたりしたら、”ミトラに頼まれた”って言えばいいわ」
「分かった!」
僕は大きくうなずいた。
初めてミトラから頼みごとをされたし、研究を任された気がする。
これは大事な仕事だ!
ミトラは「お願いね」というと、ソファーにかけてあったラボコートを羽織った。
いつもの、クレイ研究所のミトラの姿になる。
「途中まで一緒にいきましょ」
ミトラに左手を差し出され、その手をぎゅっと握った。
僕はミトラに手を引かれてドアへ向かう。
ドアを開けると朝日がレヴェリーシティを照らしており、白い道を照らして反射して目を瞑ったが、すぐに慣れて外へ飛び出した。




