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カステルモールの率いる銃士隊とは、ルイ13世からルイ14世に仕えた近衛兵であり、近衛銃士隊という軍隊である。
マスケット銃を所持するが、基本はレイピアでの剣術を行う騎士達だ。
近代に近づくと、近衛兵は人数が限られるのだが、この時代の近衛銃士隊はあらゆる地方から集まった貴族の次男坊や三男坊達であり、大勢の組織であった。
貴族の跡継ぎは長男であって、次男や三男となると、修道院に入るか銃士隊に入るかしか、道が無い。男達は騎士道の夢を追い求め、多くが近衛銃士隊を目指した。
特に、スペインとの国境が近いピレネー山脈の方面の地方を、ガスコーニュと言うが、ガスコーニュ生まれの剣士は血気盛んで勇ましいことから、ガスコン生まれは一目置かれていた。
カステルモールも、ガスコン生まれで、若かりし日は親友達と組み、偉大な四銃士として活躍していたのである。
一方で、フーケの断罪後にルイが財務大臣に雇用したのが、平民の生まれの博識な法服貴族、コルベールであった。
法服貴族であるコルベールは、自身が純粋な貴族達に蔑まれているのを自覚している。
そして、出世をさせてくれた国王に深く敬意を払い、その賢さをルイの為に使って働いた。
海外進出を果たし、アメリカ植民地カナダ、アンティル諸島に次いで、大規模なルイジアナの獲得は、このコルベールの働きによる。
コルベールの財政管理により、フランスは一時的に財政難から持ち直した。
国民達は、厳しい税金の中でも、善悪はわかっている。
「戦争費用は仕方ねぇよ。国王陛下が戦いに出なきゃ、俺達はハプスブルク家に挟み撃ちだ。」
「アメリカにもデカイフランス領が出来た。今の王様はすげぇぞ。」
「まぁ、わざわざ高い税を払ってんだから、戦争に負けないでくれたら、もっと嬉しいんだが……」
「戦争はともかく、ヴェルサイユ宮殿は何なんだ?フロンドの件で、そんなにパリが嫌いになっちまったのか?」
「ルーブル宮殿があるじゃねぇか。税金の無駄使いじゃねぇのか?」
「でも、俺の母ちゃんを救ったぞ。母ちゃんは精神病で、魔女迫害をされてきたが、今は介護施設できちんと世話されて三食飯が食えてんだ。」
「だけど、なんで財務長官フーケは断罪されたんだよ。」
「大貴族なんか死んでもいいじゃねぇか。今の財務大臣のコルベールは俺達と同じ平民の生まれなんだぞ。ありがてえことじゃねぇか。」
国民の評価は様々。
だが、唯一言えることがある。
「9歳のシャルル9世の時は、ヴァロア朝が終わったぐらいだ。フロンドを越えてきた今の王様は、前代未聞の領域だぜ。」
この頃、ルイは虎視眈々とフランス領を狙うイギリスを抑え込む為、会合に出席。チャールズ2世、そしてイギリス皇太后ヘンリエッタ・マリア・オブ・フランスと話し合う。
ヘンリエッタ・マリア・オブ・フランスいわく、イギリスでは国王斬首の後、一時的な共和制でクロムウェルが独裁。民の願いで前国王の長男チャールズ2世が王政復古している。
が、政治的発言力は無く、議会に軟禁された状態だ。
チャールズ2世はカトリック信者で、フランスに逃げていた経歴もあり、フランス語が話せるし、良き友となれるであろうこと。
そして、フランスで育ったチャールズ2世の妹のヘンリエッタ・アン王女は美しく、優れた話術を持つ才女で、カトリック信仰を持ち、同盟に娶るならばぜひヘンリエッタ・アン王女だ、という勧めを聞いた。
ここでルイは、自身の弟である、女の子として育てて来たフィリップ・ドルレアンを、政治的に活用する事にした。
フィリップ・ドルレアンとヘンリエッタ・アン王女の結婚による、イギリス王家との繋がりを図るのである。
イングランド王兼スコットランド王チャールズ1世の娘、現イギリス国王チャールズ2世の妹、ヘンリエッタ・アンこと、イギリス王女アンリエット・ダングルテールとの縁談を持ち込んだ。
話は外交上でまとまり、ルイとチャールズ2世は友情を誓い、すぐに親しくなれた。
当の王弟フィリップ殿下は、何にもわかっていないまま、アンリエット・ダングルテールの到着寸前まで、可愛らしいドレスを着て、穏やかに座り、親友のショワジーと一緒に、ショコラを飲みながら、フランボワーズのディアマンを食べていた。
「マリー・テレーズも、御一緒にいかが?ショコラがお好きなのではなくて?」
王妃マリー・テレーズは不器用で会話も下手だったが、慈愛は深く、フィリップのお誘いに応じた。
「……ありがとう、妹姫さん。ショコラをいただきます。」
ルイからは、何と言ったらいいのか、わからない事態である。
お前は男なのだからしっかりせよ!では、ルイ側の身勝手が過ぎよう。
謀反をさせぬ為に、わざと女の子に育てたのだから。
黙り込むルイに代わって、母であるアンヌ皇太后が動いた!
「フィリップ?そろそろ、身支度をなさいね?貴方の奥さんが、フランスに着いてしまうわよ?」
フィリップは目を瞬きする。
「まぁ、お母様。わたくしに奥様はおりませんわ。女同士の結婚は、カトリックの神様が禁じていらっしゃいますもの。」
アンヌ皇太后はそーっとアプローチした。
「フィリップ?わたしは貴方に、まだ言ってないことがあったわ。貴方は、実は、男の子なのよね。」
フィリップはこれにカルチャーショックを受けて、口を手でおおった。
「まぁ……本当ですの?お母様?だから、わたくしの身体には……濃い体毛や、謎の物体が?」
「謎の物体は男の子の証よ、フィリップ。ごめんなさいね。イギリスとフランスの関係を平和にする為に、アンリエットと結婚してね?」
ルイがフィリップのお世話をする女中達に命じた。
「フィリップに着替えを。悪いが、待つ猶予は無いぞ。」
フィリップが連れて行かれながら無念を叫んだ。
「わたくしは、女の子ですわ!いつか、王子様と結婚します!助けてください、お兄様!!あぁ、お兄様ーっ!!!」
マリー・テレーズがフィリップに同情し、悲惨な光景に、両手で口をおおった。
「あの方は、優しい女の子ですのに……」
フィリップの親友のショワジーもまた、哀れんだ。
聖職者ショワジーは、母親のショワジー夫人がルイに協力し、フィリップのお友達として女の子に育てた、ショワジー夫人の末の息子である。
「国王陛下は王弟殿下が、殿方に戻れるとお思いですか?彼女は、女の子ですわ。わたくしのような、男の自我がある女装家では、ございません。彼女は殿方しか愛せませんわよ。」
ルイもまた、反省した。しかし、疑問も抱いた。
「フィリップは、子を成せぬかもしれぬ。余と母上がフィリップを女の子にしたのだから、今更政治的な結婚話など、無理な話であった。イギリス間の外交上、ヒビが入らねば良いが……。ところでショワジーよ。そなたの母であるショワジー夫人への恩義でそなたを弟の傍に置いたが……男の自覚があって女装していたのか?そなたは、聖職者であろうに。」
ショワジーは自己解釈の神学を説いた。
「主は万人を愛されております。わたくしのような慎ましい女の姿をした神父をも、またお赦しになられますわ。」
ついに、イギリス王女アンリエット・ダングルテールは嫁いで来たのだった。
フィリップは男の正装を着せられて、内股で弱々しく歩いてきた。
アンリエットはさっそく手を差し出した。自身の夫となる、フィリップにだ。
「チャールズ1世の娘、チャールズ2世の妹の、アンリエットと申します。フランス語は得意です、父の死でフランスに亡命したこともございますから。フィリップ殿下ですね?ヴェルサイユ宮殿を、エスコートしてくださるかしら。フランスのヴェルサイユ宮殿と聞いて、楽しみにして来ましたのよ。」
フィリップは怯んで後ずさる。
「わたくしは、女の子をエスコートは致しませんわ。友達までなら、許容しますけれど……。」
アンリエットは事情を知らない為、尋ねた。
「まぁ。女性には恋が出来ないと?殿下は、殿方がお好みですか?」
フィリップは兄の背中に隠れた。
「わたくしは、お兄様を超えるような美しい王子様としか、恋愛はしませんわ!」
「まぁ!なかなか、ルイ14世陛下を超える方も、難しいのではありませんか?かなり中性的な……あぁ、では、まずはお友達になりませんこと?わたし達の結婚には、両国の関係がかかっておりますし。」
「お友達なら……よろしいのですが……。」
アンヌ皇太后はこの事態に頭を悩ませた。
「うーん。わたしの夫も、ゲイだったのよねぇ。わたしは、自身の苦しみを、子供たちの世代で再現しちゃったのね。」
一方で、ルイはそれどころでは無かった。
ルイはずっとマリー・マンシーニを忘れられずに、心は彷徨って来た。
マリー・テレーズには悪いが、マリー・テレーズはろくに会話も上手くなく、不器用な女であり、ルイの傷を癒せるような妻では無かった。
ルイには、マリー・テレーズは、フランス王としての妻でしかない。
子供が出来たら、良き夫であり良き父であろうとルイとて考えてはいたが、未だにマリー・テレーズをどうしても受けつけないし、むしろ冷徹に扱ってしまうのだ。
しかし、アンリエットはまるで違う。
言葉は巧みだし、美しく、賢いのだ。
ルイは、悲しみを埋めたかったのか、アンリエットに惹き付けられた。
アンリエットもまた、自身を受けつけないフィリップよりも、ルイの魅力に惹き付けられていった。
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