2-15
三時過ぎ、ユスターシュはデザイナーとあれこれモメながら、なんとかルイらしい装いで現れた。
今日のテーマは秋のこっくりマロンカラー。羽根とリボン飾りの三角帽、ジャボにリボンと、パフスリーブに小さなリボンを組み合わせ、トリコルヌに合わせた色のヴェストに、ドロワーズの上からスカートを履いたキュロットの、あたかもセットアップだ。フリルのついたニーハイソックスに、リボンのハイヒールを履いている。
後から来た癖に、ルイのフリして、傲慢にもこう言わなければならない。
「面を上げよ。余は寛大である。申せ。」
「寛大なる太陽王ルイ陛下に、お願いあって参りました。」
枢機卿は、ユスターシュもチラホラ見たことがある男だ。
「法王クレメンス10世がお亡くなりになり、至急コンクラーヴェを行使しなくてはなりません。このフランスの代表を、彼に任じてはいただけないでしょうか。」
「……彼、だと?」
「ダラメダ公!何を下がっておられます、ダラメダ公爵!!」
呼ばれて歩いてきたその男に、ユスターシュは目を見開いた。
美しい熟年男性で、公爵でありながら、身なりの豪奢さは控えめで、聖職者のような黒いジュストコールを着て、贅を凝らしたロザリオでは無く、ベネディクト教会産のような、慎ましい木製のロザリオを首に下げている。
「人払いを頼んできた。君も、下がっていてくれ。わたしはルイ陛下と二人になりたいのでな。」
荘厳な鐘の鳴るような美しい声。
アンヌ皇太后風に言えば、ユスターシュはビビっと来たのだ。
善人か悪党かもわからない、この男に。
なんでかはわからないが、そのカリスマ性がユスターシュを惹き付けた。
「ルイ陛下。私が貴方を陛下とお呼びしているうちに、そちらも人払いをお願いできるかな?」
ユスターシュはすぐに危機を察し、牽制した。
「それ以上は許さぬ!!」
……こいつ、知っている!
ダラメダ公爵は、ユスターシュをルイでは無いと、知っているッ!!
誰だ?
アンリエット……
アンリエットが先程真っ青だったのは、そういうことか?
「陛下」
「……余とダラメダ公を残し、下がれ。」
「かしこまりました。」
ダラメダ公爵は、これ見よがしに後ろ手に組み、頭を下げようとはしない。
「それにしても、陛下。まるで神の悪戯ですな?見事な仮面。見事なバレエ。バレエは、努力の賜物でしょうが……」
「頭が高いぞ。誰の許しを得て面を上げている。」
「フフ……わたしが貴方に頭を垂れるのは、貴方がわたしに王として認められた時ですぞ。ユスターシュ・ドージエ・ド・カヴォワ、太陽の影殿。」
「……何のつもりだ。法王どうたらの話に、俺の素性が関係あんのか?」
「関係はあります。わたしは、君と密談に来たのですから。ユスターシュ、影武者である君とだ。それと、ふたつめ。この話を聞いているであろう、君の護衛の意欲をくじく為に。」
「!!」
ユスターシュは危機感に怯んだ。
カステルモールは自分にも知らせず、秘密裏に護衛をつけていた。
だが、ダラメダ公爵の方が一歩上手だった。
足音が四足程響いてから、急に静かになる。
ユスターシュは厳しい顔つきをした。
「近衛銃士に何をした?」
「銃士が真相を知り狼狽えたであろう足音を頼りに……わたしの配下が、グサリと始末し死体を回収したのだ。不器用な男だダルタニアン……」
「……てめぇ!」
ダラメダは嗤いながら問いかけた。
「さて。君には素晴らしい選択肢が与えられよう。神が授けた二択を選びたまえ。ひとつは、君がこのフランスの真の王になる道だ。わたしを法王に推薦するならば、わたしがルイを殺してあげよう。もうひとつは、君は正義の為にここで死ぬ選択肢だ。その場合はわたしはルイも殺す。そして、わたしの配下ショワジー神父の親友たる、王弟フィリップ・ドルレアン殿下にわたしの味方をしていただく。ふっはっはっはっは、楽しい二択だ。天国か地獄か生前に自ら決められるのだから、気楽に構えたまえ。」
この、恐るべき男には、魔性の魅力があり、ひとつ、ユスターシュは彼に王としての才覚を認めていた。
「……いくら影武者でも、ルイを殺すほど恨んじゃいねぇよ。だいたい、外政も内政もわからねぇ俺が、フランス王だと?だが……あいつの家族は恵まれてるし、あたたかい。荒くれ者の俺には手に入れることの出来なかった、愛のある家族だ。」
「愛……か。君は思ったより、欲の無い人間だ。黄金よりも、ささやかな家族愛は魅力かね?」
「当たり前だ。どんなに盗んだ金を積もうが、家族愛は買えやしねぇ。」
「ならば、家族愛を君のものに。アンヌ皇太后を母に、フィリップ殿下を弟に。マリー・テレーズ王妃を君の伴侶としなさい。さしずめルイが持っていようが、幸せには出来ないもの達だろう。君が幸せにしたまえ。主は持たぬ者にこそ分け与えるであろう、祝福しよう、使徒パウロの後継として。」
ユスターシュは玉座から立ち上がった。
そして、手に短剣を握りしめて、構えた。
「そんなら、家族愛の第一歩といくか。ルイの野郎は、俺の大事な母さん、アンヌ皇太后の息子だ!それにフィリップだってマリー・テレーズだって、てめぇの言いなりにはさせねーよ!てめぇを撃退して、俺なりに家族愛を守らせてもらわぁ!!」
ユスターシュとダラメダ公爵は距離を取る。
「……無駄死にを選ぶとは、愚かな。」
ダラメダは本当に失望のため息をついた。
「愚かか?俺には、勇敢な行動に思えるがな。」
ダラメダ公爵は咄嗟に剣を抜き、暗闇から放たれたカステルモールの剣を打ち弾いた。
ダラメダ公爵とカステルモールは対峙し、目線を交わす。
「……どうやって?」
「お前の知能の高さを、先読みしてな。部下には悪いが、配置場所は凹凸があってな。何かあれば、彼の血が道標をしてくれる。ダラミツ。お前が、本当に法王に相応しいなら、人は殺さないはずだ。その時は俺もダトスも、本当に出し抜かれていたし、なんなら応援したさ。だが、お前は俺の部下を殺したことで、自身が法王の器では無いと、露呈してしまったんだ。」
ダラメダ公爵は、しばらく呆気にとられ、そして笑いだした。
「はっはっはっは。応援してるなど、先に言われれば、これだけ策を練って殺しには来ないものを。なぁ、友よ!」
剣を繰り出す。カステルモールとダラメダ公爵は剣を交えた。
「欲をかきすぎるな、充分だろう公爵様!?」
「爵位など囁かなものだ。わたしは、世界が欲しい!」
凄まじい剣戟は、カステルモールとダラメダ公爵の間を火花となって散る。
「性根は腐っても剣の腕は相変わらずだ!」
「冷や汗をかかせてさしあげようか。ルイは今頃生きてはいまいな」
「ヴァスティーユに手出ししたらしいな。」
「ユスターシュ君にも後を追ってもらうがね。そうなれば、王弟殿下にわたしを推していただこうか。」
そこに、飛び出した参入者!
「ハッ!!フェイバリット・エクスプロージョンッ!!」
リュリの飛び蹴りがダラメダ公爵にヒットした。
「リュリ!!」
カステルモールは隙を逃さずに、すかさず斬りつけた。
「うっ。血が……邪魔だ!」
カステルモールは真面目に剣を止めた。
「目を片方やったな。もう……充分だろう、ダラミツ……!?」
「早くこちらに来い、むきたまごッ!!銃士隊長が苦戦しているのだ、お前などひとたまりもないッ!!」
ユスターシュはリュリの側に逃げ、後から来たサンソンとダトスが剣をかざした。
「バッツ。ダラミツは、片目を……」
ダトスもまた、剣を下げた。
「友情は尊い!だが見下げた同情ならばそれは罪深いぞダトス、ダルタニアン!!」
ダラメダ公爵の凄まじい剣戟を打ち払えたのは、唯一他人であるサンソンだけだった。
猛烈な剣に、死刑執行人のサンソンだけでは剣が折れかねない。
カステルモールとダトスは、ダラメダ公爵が片目を失ったことで、悲しくなってしまい、それ以上の深追いは出来なかった。
「カステルモール殿!ダラメダ公爵に負傷のパニックは一切無い……油断めさるな!!」
「確かに、形勢不利のようだな。どの道法王選挙はわたしのもの。それでは諸君、さらばだ。」
ダラメダ公爵は暗闇に消えた。
カステルモールが暗闇を探ると、地下道が見つかる。
「追うか?」
「いや。この地下道を埋めてしまえ。どの道ローマ教皇領に現れるだろう。」
ユスターシュは身が引き締まる思いがした。
「あいつ……本当に俺を狙って来たんだな。何年も何年も……」
カステルモールが返した。
「虎視眈々とな。あいつの側にショワジーがいるらしいな。ショワジーから協力を得られたら……或いは法王選挙など、破綻してしまえばよいがな。」
サンソンは目を見開いた。
「ショワジー?ダラメダの側にいるのか?」
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