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Trompe-l'œil ー二人の太陽王ー  作者: 燎 空綺羅
第2話 神の使徒マンソンジュ
42/47

2-15

 三時過ぎ、ユスターシュはデザイナーとあれこれモメながら、なんとかルイらしい装いで現れた。


 今日のテーマは秋のこっくりマロンカラー。羽根とリボン飾りの三角帽(トリコルヌ)、ジャボにリボンと、パフスリーブに小さなリボンを組み合わせ、トリコルヌに合わせた色のヴェストに、ドロワーズの上からスカートを履いたキュロットの、あたかもセットアップだ。フリルのついたニーハイソックスに、リボンのハイヒールを履いている。


 後から来た癖に、ルイのフリして、傲慢にもこう言わなければならない。


(おもて)を上げよ。余は寛大である。申せ。」


「寛大なる太陽王ルイ陛下に、お願いあって参りました。」


 枢機卿は、ユスターシュもチラホラ見たことがある男だ。


「法王クレメンス10世がお亡くなりになり、至急コンクラーヴェを行使しなくてはなりません。このフランスの代表を、彼に任じてはいただけないでしょうか。」


「……彼、だと?」


「ダラメダ公!何を下がっておられます、ダラメダ公爵!!」


 呼ばれて歩いてきたその男に、ユスターシュは目を見開いた。


 美しい熟年男性で、公爵でありながら、身なりの豪奢さは控えめで、聖職者のような黒いジュストコールを着て、贅を凝らしたロザリオでは無く、ベネディクト教会産のような、慎ましい木製のロザリオを首に下げている。


「人払いを頼んできた。君も、下がっていてくれ。わたしはルイ陛下と二人になりたいのでな。」


 荘厳な鐘の鳴るような美しい声。


 アンヌ皇太后風に言えば、ユスターシュはビビっと来たのだ。


 善人か悪党かもわからない、この男に。


 なんでかはわからないが、そのカリスマ性がユスターシュを惹き付けた。


「ルイ陛下。私が貴方を陛下とお呼びしているうちに、そちらも人払いをお願いできるかな?」


 ユスターシュはすぐに危機を察し、牽制した。


「それ以上は許さぬ!!」


 ……こいつ、知っている!


 ダラメダ公爵は、ユスターシュをルイでは無いと、知っているッ!!


 誰だ?


 アンリエット……


 アンリエットが先程真っ青だったのは、そういうことか?


「陛下」


「……余とダラメダ公を残し、下がれ。」


「かしこまりました。」


 ダラメダ公爵は、これ見よがしに後ろ手に組み、頭を下げようとはしない。


「それにしても、陛下。まるで神の悪戯ですな?見事な仮面。見事なバレエ。バレエは、努力の賜物でしょうが……」


()が高いぞ。誰の許しを得て(おもて)を上げている。」


「フフ……わたしが貴方に(こうべ)を垂れるのは、貴方がわたしに王として認められた時ですぞ。ユスターシュ・ドージエ・ド・カヴォワ、太陽の影殿。」


「……何のつもりだ。法王どうたらの話に、俺の素性が関係あんのか?」


「関係はあります。わたしは、君と密談に来たのですから。ユスターシュ、影武者である君とだ。それと、ふたつめ。この話を聞いているであろう、君の護衛の意欲をくじく為に。」


「!!」


 ユスターシュは危機感に怯んだ。


 カステルモールは自分にも知らせず、秘密裏に護衛をつけていた。


 だが、ダラメダ公爵の方が一歩上手だった。


 足音が四足程響いてから、急に静かになる。


 ユスターシュは厳しい顔つきをした。


「近衛銃士に何をした?」


「銃士が真相を知り狼狽えたであろう足音を頼りに……わたしの配下が、グサリと始末し死体を回収したのだ。不器用な男だダルタニアン……」


「……てめぇ!」


 ダラメダは嗤いながら問いかけた。


「さて。君には素晴らしい選択肢が与えられよう。神が授けた二択を選びたまえ。ひとつは、君がこのフランスの真の王になる道だ。わたしを法王に推薦するならば、わたしがルイを殺してあげよう。もうひとつは、君は正義の為にここで死ぬ選択肢だ。その場合はわたしはルイも殺す。そして、わたしの配下ショワジー神父の親友たる、王弟フィリップ・ドルレアン殿下にわたしの味方をしていただく。ふっはっはっはっは、楽しい二択だ。天国か地獄か生前に自ら決められるのだから、気楽に構えたまえ。」


 この、恐るべき男には、魔性の魅力があり、ひとつ、ユスターシュは彼に王としての才覚を認めていた。


「……いくら影武者でも、ルイを殺すほど恨んじゃいねぇよ。だいたい、外政も内政もわからねぇ俺が、フランス王だと?だが……あいつの家族は恵まれてるし、あたたかい。荒くれ者の俺には手に入れることの出来なかった、愛のある家族だ。」


「愛……か。君は思ったより、欲の無い人間だ。黄金よりも、ささやかな家族愛は魅力かね?」


「当たり前だ。どんなに盗んだ金を積もうが、家族愛は買えやしねぇ。」


「ならば、家族愛を君のものに。アンヌ皇太后を母に、フィリップ殿下を弟に。マリー・テレーズ王妃を君の伴侶としなさい。さしずめルイが持っていようが、幸せには出来ないもの達だろう。君が幸せにしたまえ。主は持たぬ者にこそ分け与えるであろう、祝福しよう、使徒パウロの後継として。」


 ユスターシュは玉座から立ち上がった。


 そして、手に短剣を握りしめて、構えた。


「そんなら、家族愛の第一歩といくか。ルイの野郎は、俺の大事な母さん、アンヌ皇太后の息子だ!それにフィリップだってマリー・テレーズだって、てめぇの言いなりにはさせねーよ!てめぇを撃退して、俺なりに家族愛を守らせてもらわぁ!!」


 ユスターシュとダラメダ公爵は距離を取る。


「……無駄死にを選ぶとは、愚かな。」


 ダラメダは本当に失望のため息をついた。


「愚かか?俺には、勇敢な行動に思えるがな。」


 ダラメダ公爵は咄嗟に剣を抜き、暗闇から放たれたカステルモールの剣を打ち弾いた。


 ダラメダ公爵とカステルモールは対峙し、目線を交わす。


「……どうやって?」


「お前の知能の高さを、先読みしてな。部下には悪いが、配置場所は凹凸(おうとつ)があってな。何かあれば、彼の血が道標をしてくれる。ダラミツ。お前が、本当に法王に相応しいなら、人は殺さないはずだ。その時は俺もダトスも、本当に出し抜かれていたし、なんなら応援したさ。だが、お前は俺の部下を殺したことで、自身が法王の器では無いと、露呈してしまったんだ。」


 ダラメダ公爵は、しばらく呆気にとられ、そして笑いだした。


「はっはっはっは。応援してるなど、先に言われれば、これだけ策を練って殺しには来ないものを。なぁ、友よ!」


 剣を繰り出す。カステルモールとダラメダ公爵は剣を交えた。


「欲をかきすぎるな、充分だろう公爵様!?」


「爵位など囁かなものだ。わたしは、世界が欲しい!」


 凄まじい剣戟は、カステルモールとダラメダ公爵の間を火花となって散る。


「性根は腐っても剣の腕は相変わらずだ!」


「冷や汗をかかせてさしあげようか。ルイは今頃生きてはいまいな」


「ヴァスティーユに手出ししたらしいな。」


「ユスターシュ君にも後を追ってもらうがね。そうなれば、王弟殿下にわたしを推していただこうか。」


 そこに、飛び出した参入者!


「ハッ!!フェイバリット・エクスプロージョンッ!!」


 リュリの飛び蹴りがダラメダ公爵にヒットした。


「リュリ!!」


 カステルモールは隙を逃さずに、すかさず斬りつけた。


「うっ。血が……邪魔だ!」


 カステルモールは真面目に剣を止めた。


「目を片方やったな。もう……充分だろう、ダラミツ……!?」


「早くこちらに来い、むきたまごッ!!銃士隊長が苦戦しているのだ、お前などひとたまりもないッ!!」


 ユスターシュはリュリの側に逃げ、後から来たサンソンとダトスが剣をかざした。


「バッツ。ダラミツは、片目を……」


 ダトスもまた、剣を下げた。


「友情は尊い!だが見下げた同情ならばそれは罪深いぞダトス、ダルタニアン!!」


 ダラメダ公爵の凄まじい剣戟を打ち払えたのは、唯一他人であるサンソンだけだった。


 猛烈な剣に、死刑執行人のサンソンだけでは剣が折れかねない。


 カステルモールとダトスは、ダラメダ公爵が片目を失ったことで、悲しくなってしまい、それ以上の深追いは出来なかった。


「カステルモール殿!ダラメダ公爵に負傷のパニックは一切無い……油断めさるな!!」


「確かに、形勢不利のようだな。どの道法王選挙はわたしのもの。それでは諸君、さらばだ。」


 ダラメダ公爵は暗闇に消えた。


 カステルモールが暗闇を探ると、地下道が見つかる。


「追うか?」


「いや。この地下道を埋めてしまえ。どの道ローマ教皇領に現れるだろう。」


 ユスターシュは身が引き締まる思いがした。


「あいつ……本当に俺を狙って来たんだな。何年も何年も……」


 カステルモールが返した。


「虎視眈々とな。あいつの側にショワジーがいるらしいな。ショワジーから協力を得られたら……或いは法王選挙など、破綻してしまえばよいがな。」


 サンソンは目を見開いた。


「ショワジー?ダラメダの側にいるのか?」

Copyright(C)2026 燎 空綺羅

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