2-11
シラノは銃士隊に傷心ゆえの休暇という名目で休暇を取り、街中に手書きのポスターを貼って回った。
『子に恵まれない夫婦の情報求む。連絡はこちらまで。』
クリスチャンはロクサーヌと掲示板を見かけ、瞬きした。
「シラノの奴、何事だ?」
ロクサーヌがクリスチャンの足を踏みつけた。
「痛ってぇ!」
「詩のようにお話しなさい!全く、何度言ったらわかるの、クリスチャン?」
「悪かっ、わ、わ、悪いことをしたな。
美しい我がロクサーヌ。
君の眼差しに乾杯を。」
ロクサーヌは失望。
「三流。スランプかしら、クリスチャンは……。それにしても、シラノさんのポスターを見て。なんて美しい筆記体なのかしら。……あら?見覚えがあるわね。」
クリスチャンの代わりに、ロクサーヌに詩の手紙を書いているのはシラノだ。
クリスチャンは慌てて誤魔化した。
「ロクサーヌ!当たり前さ!シラノは宇宙を題材とした小説を出した作家なんだ!」
「まぁ。だから筆記体が上手いのね。このポスター、子に恵まれない夫婦探しだわ。シラノさんはいつも人助けね。きっと孤児を抱えているのよ。優しい人。」
ロクサーヌはシラノしか見ていない。クリスチャンは酷く気分を害したが、それでも自分だって、シラノに習うことは出来る。
「よし!ロクサーヌ、俺たちもシラノに協力して、聞き込みをしないか?」
ロクサーヌは薔薇が花開くように微笑んだ。
「いい提案だわ。わたしもそうしたかったの。」
シスターダニーは思い描いていた。
あの方との幸せな日々。
シスターダニーは貴婦人を愛し、貴婦人もまた彼女を愛した。
シスターダニーが過激すぎて、あの方はヘトヘトにもなってはいたけれど。
贅沢で、穏やかな日々と、苛烈な激しい愛の営み。
その日々に思いを馳せていた。
シスターダニーは他のことが手につかず、修道院の窓から外を見つめ、ただ空を見上げながら、思い出に浸っていたので、それを見つけた年長のシスターに叱責を受けてしまう。
「シスター・ダニー!ボーッとなさならないで、現実を見なさい!仕事すらろくにしていないのですから、せめて礼拝堂で神に祈られてはいかがです?貴方は幼いこともありますが、少々集中力にかけています。」
年長のシスターの厳しい言葉に、シスターダニーは現実に帰り、幸せな空想との現実のギャップを感じ、酷く気分を害した。
みぃんな、大っ嫌いだ。
神様はみんなを愛してるもん。別に、祈らなくたって、神様は平等に愛してくれるもん。
ふとまた窓を見ると、窓の下にこの前の仮面の人がいるではないか。
彼女は窓を開けると、シラノは彼女に向けて謳った。
「貴方の在り方を守る為
求める安らぎを守る為
私は熱愛人になる事をせず
貴方の足長おじさんであろうと決めました。
シスター、貴方をここから出して差し上げよう。
厳しい修道院の神の道もよろしいが、
貴方に必要な愛のある場所も、いかがか?
暖かい家庭と、暖かな暖炉。
貴方が必要とする安らぎを、私は探して来ました。」
シスターダニーは目をぱちぱちした。
この前会ったばかりの、顔も素性も知らないこの仮面の人のふるまいに、シスターダニーはようやく彼を見つめる事になった。
どうして、誰かの為に、そんな、自分の利益にもならないことを、この人はするのだろう?
「何故、私にそこまでして下さるのでしょうか。仮面のお方。」
「愛は見返りなど無くとも、この身を突き動かすのです。
愛すればこそ、貴方の充足は私の心を満たし、貴方の悲しみは私の胸を掻きむしる。
私の喜びは、貴方次第。
貴方には幸せになって頂きたいのです。
シスターダニー。」
無償の愛だ。
このおじ様は何者なの?
聖人君子ではないか。
「仮面のお方、貴方の事を教えて下さる?私は、あのお方の事ばかりで、貴方の事を少しも知ろうとしなかったみたい。」
シスターダニーは歩み寄った。
シラノは、ただ、仮面の下で暖かく微笑む。
控えめで優しく、見守る愛だ。
「貴方を想う、一介の足長おじさんです。
貴方が笑えば私も笑い、
貴方が涙すれば私も涙する。
貴方の鏡と、お考え下さい。」
優しい人なのだと、シスターダニーは理解した。
包み込むような優しい言葉を、シラノはシスターダニーにかけてくれる。
「私が楽しいと感じることを、貴方も楽しいと感じて下さると言う事?」
「勿論です。
その為なら如何なる事も致しましょう。
私は今、その為にここにいると言っても過言では無いのですから。
貴方の幸せが、私の幸せ。
さぁ、安心しておやすみなさい。
明日、再び私は貴方を訪ねるでしょう。
その時、私は貴方を導きましょう。
安息の幸せを、貴方に届ける鳩となって。」
シスターダニーはその言葉を聞いて、心の扉が開いた気がした。
優しく、自分からの愛を求める訳でもない、穏やかなこの足長おじさんに、何処からか沸き上がる親愛の感情。
こんな愛情もあるのだと、シスターダニーは思った。
そしてシラノは一礼して立ち去る。
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