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舞台は、17世紀フランス。
イエズス会士達が発見した、とある使い捨ての機械仕掛けの棺桶が、イエズス会の修道院に運ばれ、ダラメダ公爵の命令で、学者が調査を済ませた。
「我々の文明では無い技術です。時空をさかのぼる装置……原動力は、恐らく蒸気によります。」
ダラメダ公爵は賢く、科学を理解したが、イエズス会士の前ではあえて信心深く振舞った。
「素晴らしい。主が我らに与えたもうた奇跡に感謝を。学者殿。時代の逆探知は可能かね?」
ダラメダの発想は未来的で、誰もが驚いた。
「逆探知!?そんな発想は聞いたこともないですが……やってみましょう。ダラメダ公爵様は蒸気実験の資材に資金援助を。」
ダラメダ公爵は腕を組んだ。
「私の資金は神のため、イエズス会の為に使われる。神の与えたもうたその箱の為に援助は惜しまない。」
この研究により、ダラメダ公爵とイエズス会は、箱を未来の19世紀から来た棺桶と特定。
学者はさらに、19世紀への逆探知機を開発し、僅かな範囲ながらも、時空転移装置の逆探知を行えるようになる。
時代は時空転移装置の影響で、チラホラと変わっていた。
王妃マリー・テレーズは、ある夜ルイ14世が責務を果たし、妊娠した。
その日のルイは夜遅くに現れて、翌日は夜までいなかった為、マリー・テレーズには、ルイなのかユスターシュかは、分からなかった。
お腹に宿ったのは王妃の第一子、ルイこと、グラン・ドーファンである。
そして王弟妃殿下、アンリエット・ダングルテールは第一子を出産していた。
ルイ14世の私生児。
マリー・ルイーズ・ドルレアン、生誕である。
フィリップ殿下とアンリエットは可愛い赤ちゃんを愛したが、徐々に周りの殿方の背中を追い始めたフィリップ殿下に、アンリエットからは育児以外の信頼は育まれ無かった。
アンリエットには王妃マリー・テレーズも、自身の女中のルイーズの労りすら、ややこしく思えるようになった。
王妃やルイーズが子を生めば、少なくとも、ルイは赤ちゃんを抱くだろう。
父親に抱いてもらえないマリー・ルイーズへの過度な保護欲が、アンリエットを変えていった。
ある日、アンリエットの芸術支援サロンには、イエズス会の紹介でスペイン公爵が参加した。
話は、敵国スペインの領地、フランドルの教会にしまわれているバロック美術、キリスト昇架の話題で持ちきりであった。
「素晴らしいバロック美術だと聞いて。観にいきたいけど、フランドルはスペイン領地だし。ルイ陛下がフランドルの獲得を狙っているみたいだし……王妃様がスペインでの安全を保証するから、見に行っては、と申し出てくれたけれど……まだマリー・ルイーズも小さいし、護衛には頼りない夫は、いま殿方を追いかけてますしね。」
「まぁ。赤ちゃんは乳母にお預けなさったらよろしいのに。あの芸術を諦めますの、アンリエット様?」
育児に無理解な貴族夫人に対し、アンリエットは内心の反発を悟られることなく、優美に微笑んだ。
「諦めてはいないわ。最近のルイ陛下の勝ち続きの勢いなら、フランドル獲得は成せるでしょうし。マリー・ルイーズがもっと育ってから、夫と我が子でキリスト昇架を堪能出来るまで、待ちましょう。観に行った方はいらして?お話を聞かせて下さるかしら。」
スペイン公爵は知的に返した。
「えぇ。いずれお子様が育ったら、巡礼なさるべきです。今の貴方様は、母であることが最優先でしょう。わたしは観にいきましたが、素晴らしい作品でしたよ。イエス様の悲劇の生々しさ、そしてあの神々しさ。聖画の公開を有料にするのはいただけませんがね。貧しい民すべて、信仰ある者すべてに、あの芸術を観る資格がありますよ。」
「あら、改革的な発言を致しますのね。スペインから来た方、貴方のお名前は?」
スペイン公爵は一礼して、名乗った。
「わたしのことは、ダラメダ公爵と。スペインから来ておりますが、私はフランス人です。マリー・ルイーズ様生誕の噂を聞いて、祝福に上がりました。」
イエズス会の枢機卿が、彼を補足した。
「ダラメダ公爵は素晴らしいカトリック改革者です。腐敗したカトリックを変えるお方だ。私たちイエズス会は皆彼を推して、スペイン側でも彼を次期法王に推薦しております。」
アンリエットは瞬きした。
「スペインが?枢機卿の貴方より?」
「私たちを遥かに凌駕する神学知識をお持ちなのです。神学のすべてを暗記なさっているのですよ。その上での、寛容な解釈と慈愛、規律ただしさを持ち合わせた方であられます。この方が法王猊下になられるということは、腐敗したカトリックを正す宗教改革です。」
アンリエットは驚いた。
目の前の男は、美しい中年男性というだけではない。鐘の鳴るような美声で、全ての福音を唱えるのだ。
「神学をすべて暗記ですって?それは、創世記から数々の外伝まで?賢いってレベルじゃないわよ?」
「彼からしたら、ソドムの解釈も古代の解釈で、真の神の愛から特定の人々を遠ざけた、書き手の側の価値観です。同性しか愛せぬ者が、完全悪かと言えば、違いますよね。また、心と身体が男女別に生まれてしまった人々もいます。魔女狩りで解決できるような問題では無いのです。愛、すべては博愛です。完全悪はいないからこそ、人を裁いて良いのは神のみなのです。」
アンリエットはまた驚き、告げた。
「カトリック枢機卿の言葉とは思えないわね。でも、確かにそう。わたしの夫は殿方を追いかけ回してるけど、子供に愛がない訳では無いわ。心が無邪気な女の子ってだけよ。わたしにも、家族愛のような包容力ならあるみたいだし。魔女狩りよりは平和的解決、ではあるわね。ダラメダ公は、何故公爵なの?枢機卿になればいいし、貴方のような改革は必要よ。次期法王様は確かだわ。」
ダラメダ公爵は穏やかに微笑んだ。
「わたしに人の世を観る余裕を与え、神学のすべてを学ぶ為の環境を与えてくれたのは、妻の財産です。彼女を見捨てて枢機卿になるのは、人道ではありませんし、主はお戒めになられるでしょう。」
アンリエットは、その判断に惹かれた。
異性として、では無い。
正しさとして、自身が求めた夫婦の関係だ。
ルイが国に縛られ、出来なかった道。
アンリエットは告げた。
「ダラメダ公爵、貴方と話してみたい。別室へ、移動しませんこと?」
ダラメダ公爵はチャンスを逃さずに、イエズス会士と共にアンリエットについて行く。
「時に。フランスではカヴォワ公の息子さんが、ヴァスティーユ監獄に監禁されているとか。」
「そうなの?確か、噂ではルイ陛下にそっくりの異母兄さんだわ。一体何をしたの?」
「カヴォワ公の息子さんは、悪党と喧嘩騒ぎで、たまたま、殴ったら悪党が死んでしまったとか。銃士隊の決闘沙汰でも、人は死にますがね。しかも、相手は勝手に街を牛耳っていたヤクザ者です。その日も、相手がレストランの値段を二倍に釣り上げた事がきっかけらしく。カヴォワ公の息子さんは、罪状を軽くする余地はあるかと。」
賢明なるアンリエットは聞いて頷いた。
「そうね。そもそもヴァスティーユ監獄は政治犯を収容する場所だし、何かの手違いでしょう。その辺を怠るような陛下じゃないわ。あの方は賢く人道的だから。きちんと刑期は短くしたのでしょう?」
ダラメダ公爵は告げた。
「いいえ。刑期120年の終身刑です。政治犯として、鉄の仮面で頭を覆われ、あたかも、社会から封印されたかのように。才覚あるアンリエット様には、もうお解りでは?」
アンリエットは悟った。
「えっ……じゃあ、ヴァスティーユ監獄の鉄仮面の噂は、カヴォワ公の息子……!絶対王政の王はただ一人……ルイは、自分の実権の為に、そっくりさんを政治犯として、ヴァスティーユ監獄に閉じ込めたってこと?それは、横暴だわ。」
「如何にも。そして、既にアンリエット様は、ユスターシュ・ドージエ・ド・カヴォワ君にお会いしているはずです。」
「……えっ?」
ダラメダ公爵はイエズス会士が書き写した書類を出した。
「わたしにはツテがありましてね。イエズス会士の書き写した馬車帳簿です。何者かが何度もヴェルサイユ宮殿からヴァスティーユ監獄を往復しております。ヴァスティーユ監獄の帳簿の写しがこちらです。こちらには、ユスターシュと弟が結託して入れ替わり、何度も脱獄して再収監、とここに。昨今、ヴェルサイユ宮殿で何か事件は?」
アンリエットは理解してしまった。
「ルイ陛下が暗殺者に狙われて、毒殺未遂にマリー・テレーズ王妃と、わたしの女中のルイーズが巻き込まれたわ。ルイ陛下は、その後舞台の上で、刺客をバレエで撃退した。……ルイは、本当はヴァスティーユ監獄に避難していて、ユスターシュ・ドージエ・ド・カヴォワを影武者に使っていたのね?」
ダラメダ公爵は頷いた。
イエズス会士がタイミングを見て合図した。
「アンリエット様。ダラメダ公爵のお話に、どうか御協力ください。私たちイエズス会士は、彼の元で主が望まれる正しい在り方を目指しております。」
「……話して。」
ダラメダ公爵は両手を広げ、語った。
「もしも。ルイがヴァスティーユ監獄の鉄仮面となり、ユスターシュ君が正式なフランス王となったら?わたしは彼を味方にし、法王選挙で投票をいただきたいのです。その後は、アンリエット様の自由……ユスターシュ君の正体を明かしてしまえば、正当な王は……順当に行けば、貴女とルイ陛下の娘、マリー・ルイーズ様のはずですが。」
アンリエットは揺さぶられた。
ルイにも抱かれることが無い、不憫で哀れな愛しい娘。
「……わたしを利用したいの?」
ダラメダ公爵は宣言した。
「正当性がありますよ、アンリエット様。ルイ陛下はその愛らしいマリー・ルイーズ様を愛してはくださいましたか?その手で、我が子を抱いてはくださいましたか?父代わりのフィリップ殿下は殿方の背中を追いかけて、彼女はいま、恋するお姫様だ。貴方は我が子が哀れで乳母にすら託せないのだ。どうか母としてお考えください。マリー・ルイーズ様を幸せに出来るのが、貴方様だけなのであれば。」
アンリエットは苦しんだ。
かわいそうなマリー・ルイーズ。
フィリップはこの子を愛してる?
疑いが湧き出た。
違う。フィリップは内面が幼過ぎる。
フィリップは、女の子だから。
この子を、おままごとに使っているだけ。
本当の家族愛は、なに?
ルイがこの子を愛すべきだった。
誰もが愛してはくれない、愛しい我が子。
「……貴方を聖人君子かと思ったけど、その実かなりの野心家ね。どんなに頭が良くても、貴方は聖職者にはなれないわ。」
イエズス会士が庇った。
「例え正当な聖人でも、寵姫のいるふしだらな王に赦しを見い出せましょうか?それに、言ってしまえばユスターシュ殿とアンリエット様、二人の救済案でもあります。フィリップ殿下も恋に自由になれますよ。ユスターシュ殿だって暗殺者に狙われるだけの影武者など、望まれないはず。そして、マリー・ルイーズ様も。父からもらったものは血筋だけです。相応しい地位を得るべきだ。イギリスでは女王制度は普通のこと。」
アンリエットはだき抱えたマリー・ルイーズを見て、ついに、母としての決断に到る。
「……協力するわ。マリー・ルイーズに正しい幸せを与える為よ。フランス女王ならば……フランスはこの子の物となる。ただし、ヴァスティーユ監獄でルイは殺して。マリー・ルイーズの正当な王位継承の為に。」
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