表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Trompe-l'œil ー二人の太陽王ー  作者: 燎 空綺羅
第2話 神の使徒マンソンジュ
31/47

2-4

 舞台は、17世紀フランス。


 イエズス会士達が発見した、とある使い捨ての機械仕掛けの棺桶が、イエズス会の修道院に運ばれ、ダラメダ公爵の命令で、学者が調査を済ませた。


「我々の文明では無い技術です。時空をさかのぼる装置……原動力は、恐らく蒸気によります。」


 ダラメダ公爵は賢く、科学を理解したが、イエズス会士の前ではあえて信心深く振舞った。


「素晴らしい。主が我らに与えたもうた奇跡に感謝を。学者殿。時代の逆探知は可能かね?」


 ダラメダの発想は未来的で、誰もが驚いた。


「逆探知!?そんな発想は聞いたこともないですが……やってみましょう。ダラメダ公爵様は蒸気実験の資材に資金援助を。」


 ダラメダ公爵は腕を組んだ。


「私の資金は神のため、イエズス会の為に使われる。神の与えたもうたその箱の為に援助は惜しまない。」


 この研究により、ダラメダ公爵とイエズス会は、箱を未来の19世紀から来た棺桶と特定。


 学者はさらに、19世紀への逆探知機を開発し、僅かな範囲ながらも、時空転移装置の逆探知を行えるようになる。



 時代は時空転移装置の影響で、チラホラと変わっていた。


 王妃マリー・テレーズは、ある夜ルイ14世が責務を果たし、妊娠した。


 その日のルイは夜遅くに現れて、翌日は夜までいなかった為、マリー・テレーズには、ルイなのかユスターシュかは、分からなかった。


 お腹に宿ったのは王妃の第一子、ルイこと、グラン・ドーファンである。



 そして王弟妃殿下、アンリエット・ダングルテールは第一子を出産していた。


 ルイ14世の私生児。


 マリー・ルイーズ・ドルレアン、生誕である。


 フィリップ殿下とアンリエットは可愛い赤ちゃんを愛したが、徐々に周りの殿方の背中を追い始めたフィリップ殿下に、アンリエットからは育児以外の信頼は育まれ無かった。


 アンリエットには王妃マリー・テレーズも、自身の女中のルイーズの労りすら、ややこしく思えるようになった。


 王妃やルイーズが子を生めば、少なくとも、ルイは赤ちゃんを抱くだろう。


 父親に抱いてもらえないマリー・ルイーズへの過度な保護欲が、アンリエットを変えていった。



 ある日、アンリエットの芸術支援サロンには、イエズス会の紹介でスペイン公爵が参加した。


 話は、敵国スペインの領地、フランドルの教会にしまわれているバロック美術、キリスト昇架の話題で持ちきりであった。


「素晴らしいバロック美術だと聞いて。観にいきたいけど、フランドルはスペイン領地だし。ルイ陛下がフランドルの獲得を狙っているみたいだし……王妃様がスペインでの安全を保証するから、見に行っては、と申し出てくれたけれど……まだマリー・ルイーズも小さいし、護衛には頼りない夫は、いま殿方を追いかけてますしね。」


「まぁ。赤ちゃんは乳母にお預けなさったらよろしいのに。あの芸術を諦めますの、アンリエット様?」


 育児に無理解な貴族夫人に対し、アンリエットは内心の反発を悟られることなく、優美に微笑んだ。


「諦めてはいないわ。最近のルイ陛下の勝ち続きの勢いなら、フランドル獲得は成せるでしょうし。マリー・ルイーズがもっと育ってから、夫と我が子でキリスト昇架を堪能出来るまで、待ちましょう。観に行った方はいらして?お話を聞かせて下さるかしら。」


 スペイン公爵は知的に返した。


「えぇ。いずれお子様が育ったら、巡礼なさるべきです。今の貴方様は、母であることが最優先でしょう。わたしは観にいきましたが、素晴らしい作品でしたよ。イエス様の悲劇の生々しさ、そしてあの神々しさ。聖画の公開を有料にするのはいただけませんがね。貧しい民すべて、信仰ある者すべてに、あの芸術を観る資格がありますよ。」


「あら、改革的な発言を致しますのね。スペインから来た方、貴方のお名前は?」


 スペイン公爵は一礼して、名乗った。


「わたしのことは、ダラメダ公爵と。スペインから来ておりますが、私はフランス人です。マリー・ルイーズ様生誕の噂を聞いて、祝福に上がりました。」


 イエズス会の枢機卿が、彼を補足した。


「ダラメダ公爵は素晴らしいカトリック改革者です。腐敗したカトリックを変えるお方だ。私たちイエズス会は皆彼を推して、スペイン側でも彼を次期法王に推薦しております。」


 アンリエットは瞬きした。


「スペインが?枢機卿の貴方より?」


「私たちを遥かに凌駕する神学知識をお持ちなのです。神学のすべてを暗記なさっているのですよ。その上での、寛容な解釈と慈愛、規律ただしさを持ち合わせた方であられます。この方が法王猊下になられるということは、腐敗したカトリックを正す宗教改革です。」


 アンリエットは驚いた。

 目の前の男は、美しい中年男性というだけではない。鐘の鳴るような美声で、全ての福音を唱えるのだ。


「神学をすべて暗記ですって?それは、創世記から数々の外伝まで?賢いってレベルじゃないわよ?」


「彼からしたら、ソドムの解釈も古代の解釈で、真の神の愛から特定の人々を遠ざけた、書き手の側の価値観です。同性しか愛せぬ者が、完全悪かと言えば、違いますよね。また、心と身体が男女別に生まれてしまった人々もいます。魔女狩りで解決できるような問題では無いのです。愛、すべては博愛です。完全悪はいないからこそ、人を裁いて良いのは神のみなのです。」


 アンリエットはまた驚き、告げた。


「カトリック枢機卿の言葉とは思えないわね。でも、確かにそう。わたしの夫は殿方を追いかけ回してるけど、子供に愛がない訳では無いわ。心が無邪気な女の子ってだけよ。わたしにも、家族愛のような包容力ならあるみたいだし。魔女狩りよりは平和的解決、ではあるわね。ダラメダ公は、何故公爵なの?枢機卿になればいいし、貴方のような改革は必要よ。次期法王様は確かだわ。」


 ダラメダ公爵は穏やかに微笑んだ。


「わたしに人の世を観る余裕を与え、神学のすべてを学ぶ為の環境を与えてくれたのは、妻の財産です。彼女を見捨てて枢機卿になるのは、人道ではありませんし、主はお戒めになられるでしょう。」


 アンリエットは、その判断に惹かれた。


 異性として、では無い。


 正しさとして、自身が求めた夫婦の関係だ。


 ルイが国に縛られ、出来なかった道。


 アンリエットは告げた。


「ダラメダ公爵、貴方と話してみたい。別室へ、移動しませんこと?」


 ダラメダ公爵はチャンスを逃さずに、イエズス会士と共にアンリエットについて行く。


「時に。フランスではカヴォワ公の息子さんが、ヴァスティーユ監獄に監禁されているとか。」


「そうなの?確か、噂ではルイ陛下にそっくりの異母兄さんだわ。一体何をしたの?」


「カヴォワ公の息子さんは、悪党と喧嘩騒ぎで、たまたま、殴ったら悪党が死んでしまったとか。銃士隊の決闘沙汰でも、人は死にますがね。しかも、相手は勝手に街を牛耳っていたヤクザ者です。その日も、相手がレストランの値段を二倍に釣り上げた事がきっかけらしく。カヴォワ公の息子さんは、罪状を軽くする余地はあるかと。」


 賢明なるアンリエットは聞いて頷いた。


「そうね。そもそもヴァスティーユ監獄は政治犯を収容する場所だし、何かの手違いでしょう。その辺を怠るような陛下じゃないわ。あの方は賢く人道的だから。きちんと刑期は短くしたのでしょう?」


 ダラメダ公爵は告げた。


「いいえ。刑期120年の終身刑です。政治犯として、鉄の仮面で頭を覆われ、あたかも、社会から封印されたかのように。才覚あるアンリエット様には、もうお解りでは?」


 アンリエットは悟った。


「えっ……じゃあ、ヴァスティーユ監獄の鉄仮面の噂は、カヴォワ公の息子……!絶対王政の王はただ一人……ルイは、自分の実権の為に、そっくりさんを政治犯として、ヴァスティーユ監獄に閉じ込めたってこと?それは、横暴だわ。」


「如何にも。そして、既にアンリエット様は、ユスターシュ・ドージエ・ド・カヴォワ君にお会いしているはずです。」


「……えっ?」


 ダラメダ公爵はイエズス会士が書き写した書類を出した。


「わたしにはツテがありましてね。イエズス会士の書き写した馬車帳簿です。何者かが何度もヴェルサイユ宮殿からヴァスティーユ監獄を往復しております。ヴァスティーユ監獄の帳簿の写しがこちらです。こちらには、ユスターシュと弟が結託して入れ替わり、何度も脱獄して再収監、とここに。昨今、ヴェルサイユ宮殿で何か事件は?」


 アンリエットは理解してしまった。


「ルイ陛下が暗殺者に狙われて、毒殺未遂にマリー・テレーズ王妃と、わたしの女中のルイーズが巻き込まれたわ。ルイ陛下は、その後舞台の上で、刺客をバレエで撃退した。……ルイは、本当はヴァスティーユ監獄に避難していて、ユスターシュ・ドージエ・ド・カヴォワを影武者に使っていたのね?」


 ダラメダ公爵は頷いた。


 イエズス会士がタイミングを見て合図した。


「アンリエット様。ダラメダ公爵のお話に、どうか御協力ください。私たちイエズス会士は、彼の元で主が望まれる正しい在り方を目指しております。」


「……話して。」


 ダラメダ公爵は両手を広げ、語った。


「もしも。ルイがヴァスティーユ監獄の鉄仮面となり、ユスターシュ君が正式なフランス王となったら?わたしは彼を味方にし、法王選挙で投票をいただきたいのです。その後は、アンリエット様の自由……ユスターシュ君の正体を明かしてしまえば、正当な王は……順当に行けば、貴女とルイ陛下の娘、マリー・ルイーズ様のはずですが。」


 アンリエットは揺さぶられた。

 ルイにも抱かれることが無い、不憫で哀れな愛しい娘。


「……わたしを利用したいの?」


 ダラメダ公爵は宣言した。


「正当性がありますよ、アンリエット様。ルイ陛下はその愛らしいマリー・ルイーズ様を愛してはくださいましたか?その手で、我が子を抱いてはくださいましたか?父代わりのフィリップ殿下は殿方の背中を追いかけて、彼女はいま、恋するお姫様だ。貴方は我が子が哀れで乳母にすら託せないのだ。どうか母としてお考えください。マリー・ルイーズ様を幸せに出来るのが、貴方様だけなのであれば。」


 アンリエットは苦しんだ。


 かわいそうなマリー・ルイーズ。


 フィリップはこの子を愛してる?


 疑いが湧き出た。


 違う。フィリップは内面が幼過ぎる。


 フィリップは、女の子だから。


 この子を、おままごとに使っているだけ。


 本当の家族愛は、なに?


 ルイがこの子を愛すべきだった。


 誰もが愛してはくれない、愛しい我が子。


「……貴方を聖人君子かと思ったけど、その実かなりの野心家ね。どんなに頭が良くても、貴方は聖職者にはなれないわ。」


 イエズス会士が庇った。


「例え正当な聖人でも、寵姫のいるふしだらな王に赦しを見い出せましょうか?それに、言ってしまえばユスターシュ殿とアンリエット様、二人の救済案でもあります。フィリップ殿下も恋に自由になれますよ。ユスターシュ殿だって暗殺者に狙われるだけの影武者など、望まれないはず。そして、マリー・ルイーズ様も。父からもらったものは血筋だけです。相応しい地位を得るべきだ。イギリスでは女王制度は普通のこと。」


 アンリエットはだき抱えたマリー・ルイーズを見て、ついに、母としての決断に到る。


「……協力するわ。マリー・ルイーズに正しい幸せを与える為よ。フランス女王ならば……フランスはこの子の物となる。ただし、ヴァスティーユ監獄でルイは殺して。マリー・ルイーズの正当な王位継承の為に。」

Copyright(C)2026 燎 空綺羅

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ