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Trompe-l'œil
ー二人の太陽王ー
原作 燎 空綺羅
シラノ・ド・ベルジュラック台詞 A:flow
第1話 快男児トロンプ・ルイユ
その影武者、快男児につきーーーー。
波乱のフランス革命期、シャルル・アンリ・サンソンは動じていた。
自身の最も敬愛するルイ16世陛下の死罪を聞いたのは昨日、妻マリー・アンヌとの結婚記念日であった。
死刑執行人の一族に生まれつき、差別と戦いながらも、国王陛下の勅命を誉れとしてきた。
二度、陛下に拝謁したが、聡明で賢く温厚なルイ16世に、人としても魅力を感じていた。
サンソンは、立憲君主制を望んでいたが、革命は行き過ぎた。
サンソンは生きた心地がせず、一睡もせずに死刑執行日を迎えた。
国王陛下を死刑執行する責任者は、誰より国王を慕うサンソンなのだ。
国王死刑執行の為の広場は、これまでとは違って、革命広場(※現在のコンコルド広場)であった。処刑台に上がった王がチュイルリー宮殿を見ながら、王政が犯した数々の罪を想起しながら死ぬべきだ、という意向である。
ギロチンの配置位置も、チュイルリー宮殿が見えるように設置された。
十時を少し過ぎた頃、深緑色の馬車が処刑台の近くに止まった。
馬車からは、二人の憲兵、神父、そしてルイ16世が降りてきた。
立憲君主制を望んでいたサンソンは、まさか敬愛する国王陛下を自分が処刑するなど、考えてもいなかったし、望みもしなかった。
警備兵が取り囲む中、国民が同情して暴動を起こしてしてくれれば、と、一心に願った。
国王の態度や表情には、気落ちした様子は一切無かった。
サンソンのすぐ下の弟マルタンは、国王に「上着を脱がねばならないこと」、「手を縛らなければならないこと」を説明すると、国王は神聖な王の身体を触られることを拒否した。
いてもたってもいられなくなったサンソンは、神父に申し出た。
「神父様、手を縛られることを受け入れるように言ってください!お願いします。手を縛るのに時間をかけます。その様な光景が人々の心を動かさないはずがありません。」
神父は意を決したようだった。
「陛下、この最後の試練をお受けいれなさいませ。それによって陛下は更に神に近づき、神は報いて下さるでしょう。」
神父に説得されて、国王は自ら手を後ろに回した。
サンソンの二人の助手が手を縛り、それから、ギロチンの刃の妨げにならないように、髪が短く刈り込まれ、シャツの襟元が大きく開けられた。
サンソンは警備兵の向こうの群衆に期待した。
群衆が同情し、国王救出劇を起こすことを。
実際に、死刑には民衆の介入が度々ある出来事だった。
そうなれば、此度こそはサンソンも便乗して国王陛下を助けようと考えていた。
哀れな国王の姿を見て、群衆からは同情の声や嘆きの声が上がった。
だが、それだけだった。
けたたましく鳴る太鼓の音。
処刑台に上がった国王は、民衆に語りかけようとして、楽隊に大きく首を振ると、太鼓が止んだ。
ルイ16世は声高らかに告げた。
「フランス人よ!あなた方の国王は、今まさにあなた方の為に死のうとしている。わたしの血が、あなた方の幸福を確固たるものにしますように。わたしは、罪無くして死ぬ。」
良く通る声だった。国王はさらに言葉を続けようとしたが、指揮官が再び楽隊に太鼓を鳴らせ、それ以上は民衆には届かなかった。
国王は目を伏せ、半ば革命軍の狂信に呆れながら、それでもフランスを思い、身近なサンソンに話しかけた。
「……そこのあなた」
サンソンは茫然自失としていて、はじめ、国王に呼ばれたのが自分だとは、分からなかった。
「手を出してください。開いた手を……」
「は、御意に……」
サンソンの手のひらに、国王は口から耳飾りを出した。
当然だが、死刑囚が私物を持ち込むには、口の中ぐらいしか隠しようが無いのである。
硝子の耳飾りを受け取ったサンソンは、不思議がった。それに対し、ルイ16世は明るい顔を見せた。
「チュイルリー宮殿の虜囚中にわたしが解析しました。これがヴェルサイユであったなら、わたしが死ぬことも無かったでしょうが。この耳飾りはきっと、わたし亡き世のフランスに貢献出来るでしょう。」
死後のフランスまでも、国王陛下は尽力したのだ。
「これは……?」
「燭台を近づけてご覧なさい。あぁ、それから、安価に市場に出回っているようです。貴方に託しましたよ……」
それが、最期だった。
国王はギロチンの横板に据えられ、身体を固定され、そして、三角形の銀色の金属の刃が二本の深紅の木の腕の間を滑り落ちた。
国王の首が助手によって群衆に示されるのを、サンソンはただただ、茫然として見ていたーーー。
国民議会は、ついにジャコバン派の支配に至った。革命に燃えたロベスピエールにより、死刑の量は加速してゆく。
王妃マリー・アントワネットの後日の死刑に備えたシャルル・アンリ・サンソンは、国王の死の絶望もまだ冷めらやぬまま、死刑執行人の身として酷く胸を痛めながら、私室に戻り、燭台を机に置いた。
中でも、チャリ、と繊細な音がし、サンソンは机の上が書類だけでは無かったと気づいた。
国王に託されたガラス製品があったのだ。
迂闊だった、と、サンソンは燭台を近づけて見た。
ガラス製品は、耳飾りだ。
サンソンは耳飾りをつまみ上げ、首を傾げた。
「形見となってしまいました、我が王……。しかし何故、フランス一の贅沢が許される国王陛下が、このような安物を……?」
グリーンのガラスの耳飾りは、燭台の光を受け、壁に影を描いた。
まるで、スクリーン投影だ。
「……これは!!」
このガラスの耳飾りの影は、光を当てる事で現れる、緻密な設計図だったのだ。
時空間の移動を計算した、人間が入る前提の移動装置の設計図である。
「さすが聡明なルイ16世陛下だ。これを拡大するにはもっと灯りがいるが、陛下はそれも自らお作りになられたろう。国王陛下のみぞ知る、フランス一に価値の高い代物か……誰の作品だ?」
ガラスの設計図には、こう書いてある。
時空旅行棺桶設計図
フランス軍兵器開発部門レオナルド・ダ・ヴィンチ作
我が主君チェーザレ・ボルジアの復権の為、フランス王家に捧ぐ
イタリア半島統一の為に
「16世紀、イタリア戦争だ……チェーザレ・ボルジアとレオナルド・ダ・ヴィンチの秘密兵器か!」
ルイ16世の聡明な知性からその耳飾りをフランス一の価値としたのだ。しかし、あくまで趣味のアンティークとして、市場に出回ってしまっているという。
ようやく納得がいったサンソンは、この耳飾りの調査に私的な時間のすべてをかけた。
王の形見は、反面、死刑執行人の償いへの、呪いに近かった。
ジャコバン派による惨殺は、一日50回や60回の死刑執行を行わせた。
奇しくもルイ16世が共に開発したギロチンならば、それが可能であった。
責任者の死刑執行人サンソンは、自らは時間に猶予が無く、妻のマリー・アンヌに市場調査を頼んでいた。
「………ギロチンの刃は円滑に!苦しませるな!すべての魂に主の憐れみあらん事を……斬首刑、執行するッ!!」
中には、昔のサンソンの恋人であり、亡きルイ15世の愛妾となった、デュ・バリー伯爵夫人の死刑執行もあった。
幼い無罪の少女すら。
胸の内は荒れ狂い、しかし、サンソンは悟り出した。
人の心は移ろいやすく、サンソンが何を言おうが、運命を変える者はいないことに。
死刑制度は間違っている。
サンソンは、死刑制度の廃止を訴え続けた。
サンソンの心は氷のように凍てついていく。
しかし、良心はついに消え失せることは、無かった。
これが、ロベスピエールの恐怖政治時代である。
Copyright(C)2026 燎 空綺羅
※死刑執行人サンソン 安達正勝 から引用あり。




