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「ダトス。何故急ぐ?帰るには早いぞ、また喘息発作がくる。」
帰り支度のダトスに、カステルモールが宥めた。
「いや。街にも医者はいる。サンソン殿からは、吸入薬もたくさんもらったしな。世話になった、バッツよ。」
「なぜ、いきなり」
ダトスはしばし考え、本音を語った。
「ヴェルサイユ宮殿の銃士隊宿舎だ。滞在中に、ルイを殺そうと考えていたが……。昨夜、俺はルイを狙って潜み、舞台を観ていたよ。ルイはバレエで戦ったのだろう?ラウルは、正当な決闘で負けた。あの子はお前に夢見て銃士になった、決闘の敗北は、ラウルにとって絶対だ。それは、ルイーズへの愛を貫き、ラウルが死を選んだのが、我が息子の意地だということ。俺がルイを殺すのはただの過ちに過ぎんよ。」
なんと、最後の刺客はダトスだったのだ。
しかし、賢いダトスは、既に私情からの殺意を乗り越えた、ということである。
「……如何なる事情かは、ラウルのプライバシーに関与する故、話せぬことは、すまぬ。だが、ラウルは勇敢だった。俺の誉高い名付け子。ルイーズ殿が愛していたのは、ラウルだったよ。それは、忘れないでくれ。」
カステルモールを安心させるべく、ダトスは父のように微笑んだ。
「バッツ、お前からそれが聞けて良かった……俺も父としてラウルの育った家を守る。街へ帰るよ。達者でな。」
そこに、訪問者が入って来た。
「ラウルのお父様……帰られてしまうのですか?」
ルイーズが花を持って来ていた。
よく見れば、看病セットのバケツやタオルもぶら下げている。
「どうやら、今までお世話になっていたらしい。」
ダトスは、花を受け取り、彼女に告げた。
「ルイーズさん。まずは、俺の世話までしてくれて、感謝する。それから、ありがとう。ラウルを愛してくれて……あんたは、若い。未亡人は早すぎる。悲しいだけの道より、未来のある新しい恋をして構わない。恋でもいいし、剣を学んでもいいし、学問だってできる。自由だ。ラウルは、貴方を道連れに死のうなどとは思っていないよ。意地っ張りが死因になったのは事実だが……あの子は、優しい子だった。」
ルイーズは涙した。
ラウルの意思だ。
ダトスこそが、ラウルの全てを知る偉大な父なのだから。
「ありがとう、ラウルのお父様……。」
「では、な。」
ダトスは荷物を背負い、歩き去って行く。
「ラウルのお父様!次はいつヴェルサイユ宮殿へ?」
「私はラウルの父として、貴方の為にここへは来ないよ。余程の緊急事態なら、バッツを助けに参上はするかもしれないが、貴方には会わない。ルイーズさん。逃げ出すも良し、ルイ側に残るも良し。貴方の道は自由だ。健闘を祈る。」
残されたルイーズは、立ち尽くした。
ルイーズが自室に帰ると、しばしして誰かが訪問した。
ルイーズがドアを開けた。
「はい?」
「遅い時間に失礼します。ようやく、仕事から上がったもので。」
それは、シラノに助けられた機械化料理人ヴァテールだった。
「パイの……料理人の、ヴァテールさん?」
ヴァテールは一礼し、優しげな顔を曇らせて言った。
「深くは話せませんが……わたしは、半分機械化しており、命令書を差し込まれ、悪党の支配下にありました。わたしはシラノ殿に命令書を引き抜いてもらうまでは、ルイ陛下抹殺の為の料理人だったのです。」
ルイーズは驚いたが、やがて今までを振り返り、納得した。
「驚いても、今考えたら、それはわたしだって同じです。最初にヴァテールさんに毒のパイを頼んだのは、陛下との心中の為でした……。貴方とわたしは、同罪です。いいえ。貴方が敵の洗脳下にあったならば、罪深いのはわたしのほう。」
ヴァテールはルイーズを労りながら、告げた。
「その。ルイーズ様、御自身を責めないで。わたしは貴方を自殺においやった、原因のパイを作ってしまった。わたしは、シラノ殿に命令書を引き抜かれて、自我を取り戻してからは、ずっと貴方に話さなければ、と思っていました。」
「え?そんなの、ヴァテールさんのせいでは、ありませんよ?」
ヴァテールは、自身の話が上手く役立つか、不安に思いながらも、話し出した。
「先人としてのわたしから、ルイーズ様へのお話です。わたしは、死人が機械化されて動いているオートマタです。死因は、やはり思い詰めた挙句の自殺でした。なので、わたしの意思ならば、本来は貴方に毒のパイを作るのでは無く、こう言いたかった。どんなに辛い波に揉まれても、死にたくなるほどの衝動があっても、そこを耐えれば、意外なほど近くに幸せが待っています。わたしが正常だったら、貴方に事情を聞けた。そして、ルイーズ様も。これから先は、必ず周りに苦しみを話し、自己防衛をなさいませ。少なくとも、わたしは味方です。貴方が幸せの道を見つけるまで、我々は仲間です。」
ルイーズは、料理人ヴァテールの慈悲に、ボロボロ涙が落ちて、泣いてしまった。
何より、この人も辛くて自殺した人なんだ。
ルイーズのことを気にかけ、味方になりに来てくれたんだ。
ヴァテールは新入りでも天才料理人で、仕事は忙しく、次期料理長にまで指名されている。
そんなに忙しい中で、仲間と言ってくれたのだ。
「ありがとう……ありがとうヴァテールさん。わたしとしては、ここで入ってもらって、せめて感謝のおもてなしをしたいのですが……ヴァテールさんには貴重な睡眠の時間もあります。如何なさいますか?」
ヴァテールはルイーズを安心させるように微笑み、持参したワゴンを見せた。
ワゴンには、素晴らしい甘味の数々が。
「もてなしは、わたしから致しましょう。お部屋の中で数々のスイーツをふるまいますので、わたしがルイーズ様の給仕を致します。紅茶でもショコラでも、お任せくださいね。」
ルイーズはびっくりしたが、幸せそうに笑った。
ヴァテールは安堵した。
自殺などという、己もまた飲み込まれた災いから、少しでも多くの人を助けたい。
みんな、人生には浮き沈みがある。
だからこそ、些細な喜びの積み重ねが大切なのだ。
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