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ユスターシュは自室で一晩迎え、ベッドに入っていた。
だが、ユスターシュは寝つけない。
狙われているのはルイであっても、ユスターシュが勧めた舌平目のクリームソースパイでマリー・テレーズが倒れた。
ルイーズだって倒れているのだ。
そういえば、医者は?
未来から来たすごい医学は、未来人のサンソンだけでは無いのか?
ユスターシュは起き上がり、走ってルイーズの部屋に行き、サンソンに怒鳴った。
「おい、サンソン!お前は未来の医者なんだよな?ここより医学が発展してんだろ?」
「そうだ。医学も文明も発展している。衰退していたら、時空転移までには到らないだろう。」
ユスターシュは今度は王妃マリー・テレーズの寝室に来て、マリー・テレーズがまだ苦しんでるのを見ると、エグジーリに怒鳴った。
「お前も医者か!?マリー・テレーズがまだまだ苦しんでるじゃねぇか!」
「イイエ。ワタクシハ毒薬使いデース。解毒シタダケ。先程、主治医ガ去りマシタ。コノ時代デハ最善ヲ尽クシマシタ。」
「なるほど。なら、未来の医学に治してもらおうぜ!」
ユスターシュはすぐに王妃を抱き上げた。
「ついてこい、毒薬使い!」
ユスターシュは王妃を連れて、ヴェルサイユ宮殿を駆け抜け、庭を走り、サンソンのいるルイーズのベッドまで来て、ルイーズの隣にマリー・テレーズを寝かせた。
「サンソン、患者追加だ!」
サンソンは目を白黒させ、やがて叱った。
「なんて愚か者だ!正式なフランスの王妃様を、愛妾の部屋に連れ込む王がいるか!!どこの痴れ者だ、君は!!!」
ユスターシュは真剣に返した。
「未来人の医者はひとり、サンソンだけだ!患者は二人、命は等価だろが!痴れ者だかなんだか、何と言われようが、マリー・テレーズも診てもらうからな!!俺は、喧嘩っぱやくて人を殴り殺した。もう嫌なんだよ、自分の過ちで人を殺すのは!!マリー・テレーズは、助けられる命のはずだろ!?」
サンソンは肩の力が抜けた。
体面とかじゃ、この男の善意は揺るぎそうも無い。
「……とはいえ、立場がある。真夜中だって人はいるし、目撃もされたろう。ルイ14世陛下のプライバシー侵害に値するぞ。まぁ、王妃様は治療するが。」
ユスターシュはちょっと弱ったが、立て直した。
「で、でも、王妃を助けるのは本来は、ルイの役目だろ!今の時代の主治医じゃダメだった!助けられんなら、未来人のアンタしかいねぇ!二人を頼む!」
参った男だ。
だが、不思議と好ましい。
サンソンは、この副業の医療を本業に出来たら、と常々考えていた。
死刑執行人が運命ならば、死刑廃止になれば叶う望みだ。
そして、ユスターシュは死刑執行人のサンソンでは無く、医師のサンソンを求めていた。
仮に彼が国王陛下であれば、なんと善良なことだろう。
一方、宮廷からユスターシュを見ていたアンヌ皇太后は、カステルモールに言った。
「カステルモール。ルイのことよ。優しいあの子は、どこから連れてきたのかしら。」
アンヌ皇太后は、ユスターシュがそば粉のガレットにフォークとナイフを使ったことで、既に勘づいていたのだ。
ルイなら、手掴みだ。
「……皇太后陛下、ご容赦を。」
「確信に代わりました。あの子は、ルイにしては、皆に優しすぎる。ルイは命を狙われているのでしょう。彼は?」
「ユスターシュ・ドージエ・ド・カヴォワ、王の異母兄です。」
「カヴォワ公の子……ルイは、あんな風には笑わないわね。私は彼を補佐します。」
「皇太后陛下」
「カステルモールよ。どうか、あの子を守ってあげてください。全て終わったら、身内だけでクレープのサロンを開きましょう。もちろん、ルイだけではなく、ユスターシュとも、です。」
翌日、早朝。
フランスの日課といえばミサである。
貴族であろうと早起きして聖堂の長椅子に並ぶのだ。
パンを抱えたショワジーが、貴族達にパンをちぎって手渡して行く。
貴族達は困惑するばかりだ。
クリスマスでも無いのに、いきなりの聖体礼拝である。
ショワジーは賢いが、独自の神学の解釈を持ち、度々貴族達は困惑していた。
「さぁ、皆さん。イエス様の聖体礼拝は何回なさっても神々しいものですわ。そもそもクリスマス聖体礼拝など、ローマ帝国の豊穣祭に合わせて作られただけです。多いに信仰を深めましょう。それでは」
ショワジーはパンをちぎって信徒に配った。
「イエス・キリストのからだ。」
「アーメン。」
普段から夜更かし型の貴族達は、ショワジーの説教の最中、うつらうつらと、半分寝ている者もいた。
「神の子イエスは、あらゆる悪魔の誘惑に打ち勝たれました。しかし、我々人間は悪魔の誘惑にはかないません。わたくしたちには美しき芸術、楽しい賭博、魅惑の愛人を、無視出来る程の覚悟はろくに無いのです。だからこそイエス様は強く気高くあられ、神の子に相応しくていらっしゃいます。」
はじめて参加したユスターシュは、一見、平静を装ってはいたが、隣に来たカステルモールに小声で尋ねた。
「なんだ?あのだいぶ変わった解釈のシスターは。女の神父なのか?」
「我が王。彼は仲間です。性自認は男性で、女装癖がある神父ですが、頭は賢く、アカデミー・フランセーズで入賞をしております。」
「ほぅ。あの、ムチムチバディのセクシーな女神父が……男?あのボインはなに?人間って不思議ね?」
「シラノがヴァテールの無力化に成功しました。王妃達の仇は、彼が明かすでしょう。」
「俺は……余は早くミサから帰りたい。王妃とルイーズを巻き込んだ、とても平静を保ってミサだなんて気分ではない。」
「我が王ならば、近づかぬこと。バレエに励まれよ。六時から舞台です。」
「ルイとは……冷酷なのだな……」
「いえ。例え、ルイがルイーズ殿の傍に付きっきりでも、俺とコルベールは忠言するだろう。ルイは人間であっても私情は許されない、フランス王なのだ。王妃様に関しては繋がりは政治。心で結婚する訳にあらず。」
「……よい。マリー・テレーズは結婚記念日だと言った。見に来ると。そんな日にバレエを欠席出来ぬ。」
カステルモールは心臓がドキリとした。
ルイには無くてユスターシュにはあるもの。
義理立ての心だ。
息子には諦めていた、熱い男の器。
カステルモールは溜息をついて、迷いを払った。
何を考えている。
ルイを守る。俺の使命は、ただそれだけだと言うのに。
ミサを終えたフィリップ殿下は、欠伸をしながら退席していく。
昨晩は深夜まで、赤ちゃんのベビードレスの針仕事だった。
「やはりショワジーは好きですが、早起きだけは、苦手ですわ……」
懺悔室。
順番待ちをしていた熱心な信者が、ようやく入ることが出来た。
「神父様、聞いてください。他言無用にお願いします。」
「ええ。ここでは全ての秘密は守られます。どうぞ。」
「罪を犯しました。私は配下のヴァテールに毒をもらせ、誤って人を二人殺めました……」
「続けて」
「私の一族は、この時代の王に全てを奪われました。王を殺します。正当な報復です。神は、お赦しになられますか……」
「主は寛大な方。貴方の罪を赦し、改心を望まれるでしょう。」
「ああ……天にまします、我らの父よ。」
「主はお赦しになられた。でも、わたくしが貴方を許しませんわ。」
いきなり、懺悔室の窓が開く。
神父側から顔隠し窓を開いたのだ。
美しい、女のような神父と、目が合った。
次の瞬間、ショワジーは仕込み扇を振るい、罪人の喉を掻っ切った。
血しぶきを背に、懺悔室を出て来る。
あぁ、嫌だ。
本当に嫌です。
血なまぐさい仕事など、二度とお断りです。
「本日の懺悔はこれにて、終了となりますわ。わたくし、持病をこじらせました。お待ちの皆さんはこちらに署名を。後からわたくしが訪問致します。」
懺悔室の列はショワジーに署名してから解散した。
サンソンが歩み寄る。
「ショワジー。フーケ一族を見つけたのか?」
「生臭い遺体を片付けてくださいまし。わたくし、本当に血に酔いましたのよ。」
サンソンが入ると、死にかけた男がかすれた声で告げた。
「私……我が、弟が……一族の意思……遂げるであろう……」
「弟だと?誰だそいつは、おい!」
男が死んだ。サンソンは十字を切って男の瞼を閉じてやり、ショワジーを睨み、尋ねた。
「弟が意思を遂げるそうだが?聞き込みが甘いんじゃあないのか?」
「わたくしだって知りませんわ。懺悔では何人家族かまでは、誰もお話にはなられませんもの。」
「弟が現れるとしたら?」
ショワジーはぼんやり考えた。
「今宵の陛下の舞台ではありませんこと?舞台の陛下は、ガラ空きですわ。わたくしならばきっとそこを狙います。」
夜六時!ルイとリュリのバレエ演目、その時!!
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