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おおやけな夕食会!
立ち並ぶ貴族はびっしり!
ど真ん中の食卓!!
緊張した顔つきのアンヌ皇太后に、真っ青な面持ちのマリー・テレーズ王妃!!!
「オイオイ……何の拷問だ?」
ユスターシュはアンヌ皇太后がいそいそと座ったのを見て、王妃マリー・テレーズの手を取り、席に着席。
マリー・テレーズは慌てて水で安定剤を飲み干した。
「また安定剤だ」
「本来の席は無いからね。哀れなスペイン女」
「陛下の愛はルイーズ様にある」
ざわめく貴族、マリー・テレーズはますます青くなっていく。
ユスターシュは貴族のわざと聞こえるような悪口にびっくりした。
ルイがルイなら、貴族もタチが悪い。こいつらを縛り付けるための政策だった訳だ。
「気にするな、マリー・テレーズよ。」
マリー・テレーズはびっくりし、今度は泣きかけて俯いた。
「……ご慈悲に感謝致します。」
「ん??」
アンヌ皇太后が顔を輝かせて喜んだ。
「まぁ、まぁ!今日はどうしたの?」
「えっ?」
「ルイ、貴方からマリー・テレーズに声をかけるのは三ヶ月ぶり。それに、優しい言葉だったわ。」
ユスターシュは監獄のルイを憎たらしく思った。
政略結婚とはいえ、彼女はルイの妻である。
これでは、貴族達がスペイン女呼ばわりしても、ルイに叱られない限り辞めないだろう。
マリー・テレーズの立場が危うくなるほど、ルイから冷たい仕打ちをしてきたのか。
ユスターシュは、せめて自分がルイであるうちは、マリー・テレーズを励まそうと考えた。
「すまぬ。余は食事に夢中でな、会話がおざなりであった。家族への甘えである、許せ。マリー・テレーズよ、この舌平目のホワイトソースパイは一番旨かろう。シェフ、舌平目のホワイトソースパイを切り分け、マリー・テレーズに。どんどん食事を運んでから、食後に固形のチョコレート菓子を作れ。マリー・テレーズは、暖かいショコラとチョコレート菓子が好きであろう?」
「かしこまりました!こちらは陛下の仰る通り、最上級の舌平目でございます。切り分けましょう。助手!食後には固形のチョコレート菓子、厨房に伝えなさい!」
「はいっ!」
シェフは嬉しそうに舌平目のホワイトソースパイを切り分けていく。
「王妃様はフランスの舌平目は初めてでございましょう?伝統のホワイトソースによく合います。」
マリーテレーズは思わず感涙し、顔を伏せて頷いた。
「ええ。スペインも海産は豊富でしたが、食文化は全く違いますので……。」
「さぁ王妃様、ボナペティート!!」
ユスターシュはシャンパンを傾けた。
「健康に。」
マリー・テレーズもシャンパンを合わせて傾ける。
「神と王家のシェフの与えたもうた食卓に、感謝を。」
そして、グラスを置いたらすかさず話した。
「陛下。あ、あの。明日は婚姻記念日です。バレエを、見に行ってもよろしいですか?」
「……無論だ。婚姻記念日なのにバレエ?変な話だが……」
小姓が告げた。
「陛下、その日はバレエ舞台の後に舞踏会がございます。」
「ならば特別な舞踏会に名を改めよ。マリー・テレーズよ、記念日は舞踏会でしっかり祝うとしよう。」
マリー・テレーズはこんなに尊重されたことは無かった。幸せそうだ。
「はい……陛下のお気持ちだけで、大変嬉しく思っております。では、舌平目のホワイトソースパイを少し、いただきますね……」
口に入れて、マリー・テレーズは余りの美味しさに瞬きしている。
アンヌ皇太后も、それを見て嬉しそうに微笑む。
ユスターシュも、団欒に安心して、舌平目のホワイトソースパイをフォークに刺して、口に運ぶ。
その時、ドカン、と荒々しくドアが開いた。
びっくりしたユスターシュは、フォークを落とした。
黒服のイタリア人が大騒ぎで駆けつける。
「si、チョトマタ!!イケマセーン!!」
誰かが椅子から崩れ落ちた。
王妃マリー・テレーズだ。
途端に倒れたのだ。
「「王妃様が!!」」
料理人や小姓は真っ青になる。
見物している貴族達は、こちらの気も知らないで、口々に噂した。
「スペイン女が死んだな」
「ついに毒殺か」
「次の王妃はルイーズ様だな」
ユスターシュは貴族達を睨んだ。
サンソンとカステルモールが共に、黒服のイタリア人エグジーリを追って現れた。
「動くな!全員騒ぎ立てず止まれ!」
カステルモールの一喝で、ようやく貴族達は口を慎んだ。
ルイから冤罪で王妃殺しをなすりつけられ、死罪だなんてことも、無くはない、と思ったからだ。
「エグジーリ、王妃を!」
ユスターシュもマリー・テレーズを抱き起こす手伝いをし、アンヌ皇太后も駆け寄った。
「カステルモール。ルイを狙った暗殺ね?舌平目はルイの好物、普段なら誰にも分けないわ。」
カステルモールは帽子を外してアンヌ皇太后に一礼してから答えた。
「仰る通りです。敵は、王妃様が狙いではありません。」
「この症状なら、ワタシの一族作レル。無論、解毒デキマス。ただし、調合時間の勝負アルし、効くまで一晩カカリマス。」
エグジーリに、サンソンが告げた。
「直ちに調合を頼む。小姓殿!案内を!国王陛下!国庫の薬草の全権をエグジーリに!」
ユスターシュが怒鳴った。
「当たり前だッ!!国庫を解放せよ!!」
サンソンが舌平目のクリームソースパイをチェックした。
「ただ毒をかけたのではないな。料理に練り込まれている。出処は、厨房!」
「クソ!余を狙った毒に、マリー・テレーズが……!!」
ユスターシュが舌平目のクリームソースパイを勧めたせいだ。
ルイだったら、ルイだけの被害で済んだのに。
苦しむのはマリー・テレーズじゃなかったはずだ。
カステルモールがユスターシュに告げた。
「熱くなるな。クールを装え。王らしく、ここで待て。シラノ、ついて来い!」
シラノは唄いながらも怪訝な顔つきだ。
「いよいよ 吾輩の出番かな
舞台が厨房とは 些かイレギュラーなれども
我が敬愛する 王妃様の為
吾輩は 剣を持って 尽力するのみ」
カステルモールはシラノを連れて、ヴェルサイユ宮殿内部を突撃し、厨房に突入した。
「御用改めである!!料理長、不審な料理人或いは、新人はいるか!?全員、作業を中断し、火を止めよ!」
料理人達は慌てて火を止めて、ボヤいた。
「加熱の中断によって味が落ちてしまうのに……」
料理長はカステルモールを案内した。
「昨日来たばかりのヴァテールが新入りですが……フーケ殿に仕えていた一級料理人ですよ?問題など無いし、わたしより料理が数万倍上手い。次期料理長は彼だ。ちょっと変わった見た目はしていますが、ともかく料理は天才で」
振り向いた巨漢、身体半分機械仕掛け。
この時代のこの時期は、このヴァテールはフーケを忘れられず、ルイのスカウトを断って、イギリスで料理修行をしている。
つまり、彼は!
未来の墓場から蘇生された、未来死人サイボーグ、料理人ヴァテールである!!
サンソンが告げた。
「彼はこの時代のヴァテールじゃないぞ!未来から来た、死んだはずの料理人だ!!」
シラノが即時に理解し、唄い尋ねた。
「既に身罷った筈の命が
からくりの身体を借りて動いている
思い残した事でもあるのか
そこまでして再び生を得た
その理由はなんだ」
「銃士隊……ルイ!ルイ、ルゥイィ!!!」
ここぞのタイミングでサンソンはナポレオン・ボナパルトからの逮捕状を掲げた。
「ニコラ・フーケの料理人、機械化人間ヴァテール!フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトの勅命の元、貴君を逮捕する!」
カステルモールはフーケと聞いて、怯んだ。
「フーケ殿が……!?」
ニコラ・フーケ。故人はあまりにも人が良く、ルイに親愛を返すため、あまりにも私財を浪費した男。返ってルイに危険視され、冤罪でカステルモール率いる銃士隊が逮捕。
処刑場までの馬車をカステルモールがゆっくり進ませ、家族との充分な別れをさせた。
優しいカステルモール故、フーケの正当な恨みであれば、剣にも躊躇いが出るというもの。
「惑わされるな、カステルモール殿。フーケ殿の意思はルイ陛下の元にあるはず!敵は、未来から来たフーケ殿の遺族ということです!シラノ殿!ここは頼む!」
フーケに忠誠を誓った料理人ヴァテールは、ルイのラブコールを見送りイギリスに渡り、またフランスに帰って大貴族に仕え、ルイを再びもてなす大料理会を開く。
しかし、食材がギリギリまで届かず、ストレスが切迫し、最期には三本の剣で自害するなど、数奇な運命を辿った男である。
ちなみに、ヴァテールが調理工程から献立の全てを決めたその大料理会は、ヴァテールの死の直後に食材が届いて、大成功をおさめた。
シラノが剣を抜いた。
「未来から来たからくり料理人よ
思い残す事あって
死んだ筈の身体を変えてまで
この時代にやってきた
そういう事なのか」
「ルゥイィ!!殺!殺!殺!殺!」
ヴァテールは恐るべき速さでフルーツナイフを連投。馬力も強く、威力は人間外れだ。
危ういナイフだけ、剣で跳ね返すシラノ。
「暴れん坊め
調理がまだ足りなかったのか?
吾輩のレイピアで
お手並み拝見といこう」
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