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Trompe-l'œil ー二人の太陽王ー  作者: 燎 空綺羅
第1話 快男児トロンプ・ルイユ
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1-18

 ユスターシュはルイーズと別れて、部屋でいそいそと着替え、道がわからないなりに、灯りがついた部屋は近く、食事を求めに訪ねてみた。


「起きておるのか?」


 夜遅く。それはサロンではなく。


 高貴なドレス姿の、美女の暴飲暴食会だ。


 甘いものやショコラに囲まれて、幸せそうに。


 だが、彼女はユスターシュを発見すると、もっと嬉しげに微笑んだ。


「まぁ!ルイ!尋ねてくれたの?」


 ユスターシュは事態を把握してきた。


 ルイ、という呼び捨てや、これ以上無い高貴な身なりの、美しい大人の女性。


 甘いものをテーブルに並べてワクワクしているのは、紛れもないルイの母親。


 皇太后アンヌ・ドートリッシュの、深夜のドカ食い、クレープタイムである。


 初め、ユスターシュは怯む。アンヌの音域は、ワントーン高いのだ。


「貴方とアンリエットが別れてから、すっかり家族会が無いんだもの。ルイ、少しは話していかない?今はフィリップもお裁縫や看病で忙しいし、大事なことだけれどちょっぴり寂しいわ。」


 なんだかフランクな母上だ。初対面だが親しみが持てる。


「……母上、実は腹が、いえ、余は腹がすいてしまって。バレエのレッスンをハードにし過ぎて、夕飯を食べておらぬ。正直腹ぺこで眠れなくて、母上を頼ってきたのだ。」


「まあ、まあ!!大食漢の貴方が?バレエに夢中なのは昔からだけれど、リュリも気が利かない時があるわね。シェフ、ルイにそば粉のガレットを。スモークサーモンとマスカルポーネチーズよ。その他は任せるから、山盛り運んでね。」


「仰せのままに。国王陛下に食していただけるとは、身に余る光栄です。」


 スペインから来た美しき皇太后は、ブルターニュの訪問の折から、余程そば粉のガレットやクレープが気に入ったのだろう。甘いクレープにしょっぱいクレープ、あえて宮廷人の寝ている時間にドカ食いしていた。


「母上、夜中の大食いは楽しいが、何故に日中にクレープパーティをなさらない?仲間が欲しくないのか?」


 アンヌ皇太后は瞬きをした。


「王権神授説を忘れたの?スローガンでしょ。貴方の統治下なのよルイ。わたしがクレープサロンなんか開いたら、そりゃ甘党はみんな来るでしょうけど。わたしサイドに支持率が動いちゃうわ。ヴェルサイユの王家の勢力を二分割する訳にはいかないもの。それに、貴族達を集めるより、貴方やフィリップがいたら百万倍美味しいわよ。」


 あたたかいひとだ。

 息子を愛する母親ってのは、こうなのか?


 ユスターシュは荒くれ者だし、隠し子説のある生まれで、物心ついた頃から、母の目は冷たかった。


 だが、アンヌの目は優しく、温もりがある。

 生き生きとした眼差しだ。


「さぁ、まずはそば粉のガレットが出来たわ、貴方のよ。」


 ユスターシュはフォークとナイフで、ガレットだけ食べようとしたら、それを見たアンヌ皇太后は、ユスターシュを制止した。


「うーん。貴方……」


 なんかやっただろうか?

 ユスターシュはヒヤヒヤした。


 曲がりなりにも母親だ。ルイを一番よく知る人物である。


「……ルイ。そば粉のガレットは、生地だけで食べるのは違うわ。」


 ユスターシュは安堵に胸を撫で下ろす。


 アンヌ皇太后は告げた。


「一口分の生地には、スモークサーモンとマスカルポーネチーズを乗せてね。」


 言われたように、ガレットにサーモンとマスカルポーネチーズをのせて、フォークを口に入れたら、これが旨い!パクパク食べてしまう。ユスターシュもそば粉にハマりそうだ。


「うま!うま過ぎか!?そば粉のガレットって……母上、どこでこれを?」


 アンヌは嬉しげに顔を輝かせた。


「まぁ、ルイ!貴方とブルターニュを訪問した時から、私はそば粉が大好きよ!貴方が私の好物にそんなに心を動かしてくれるなんて。こういうのは、小さい頃ぶりかしら。嬉しいわ!それに、最近の貴方は(へこ)んでいたし。」


 心を動かす。


 感動だ。


 ユスターシュは確かに腹が減っていて、そば粉のガレットに感動したのだ。


 ピアノも同じなのでは?


 この心の揺さぶりを、ピアノに乗せろと、リュリの奴は言っているのだ。


「母上……このそば粉のガレット、演目のヒントになった!」


「そんなにぃ!?うん、楽しみにしてるわね、次の演目!!」


「ちなみに、余が凹んでいたのを、知ってらしたのか?」


「そりゃあそうよ。貴方は話さなかったけど、わたしからフィリップやカステルモールに聞いたから。アンリエットを背負えなかった責任と、ルイーズさんの愛するラウルさんを死なせてしまった苦しみで、だいぶボロボロだったわ。」


「悲しみ……確かに、悲しみだ。哀愁の情緒だな……。」


 感動、悲しみ。


 それらを、ピアノにのせれば良いのではないか?


 アンヌ皇太后は期待の眼差しだ。


「もしかして、これも演目のヒントになった?」


「うむ!母上、めちゃめちゃ大義であるッ!!」

Copyright(C)2026 燎 空綺羅

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