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ユスターシュはルイーズと別れて、部屋でいそいそと着替え、道がわからないなりに、灯りがついた部屋は近く、食事を求めに訪ねてみた。
「起きておるのか?」
夜遅く。それはサロンではなく。
高貴なドレス姿の、美女の暴飲暴食会だ。
甘いものやショコラに囲まれて、幸せそうに。
だが、彼女はユスターシュを発見すると、もっと嬉しげに微笑んだ。
「まぁ!ルイ!尋ねてくれたの?」
ユスターシュは事態を把握してきた。
ルイ、という呼び捨てや、これ以上無い高貴な身なりの、美しい大人の女性。
甘いものをテーブルに並べてワクワクしているのは、紛れもないルイの母親。
皇太后アンヌ・ドートリッシュの、深夜のドカ食い、クレープタイムである。
初め、ユスターシュは怯む。アンヌの音域は、ワントーン高いのだ。
「貴方とアンリエットが別れてから、すっかり家族会が無いんだもの。ルイ、少しは話していかない?今はフィリップもお裁縫や看病で忙しいし、大事なことだけれどちょっぴり寂しいわ。」
なんだかフランクな母上だ。初対面だが親しみが持てる。
「……母上、実は腹が、いえ、余は腹がすいてしまって。バレエのレッスンをハードにし過ぎて、夕飯を食べておらぬ。正直腹ぺこで眠れなくて、母上を頼ってきたのだ。」
「まあ、まあ!!大食漢の貴方が?バレエに夢中なのは昔からだけれど、リュリも気が利かない時があるわね。シェフ、ルイにそば粉のガレットを。スモークサーモンとマスカルポーネチーズよ。その他は任せるから、山盛り運んでね。」
「仰せのままに。国王陛下に食していただけるとは、身に余る光栄です。」
スペインから来た美しき皇太后は、ブルターニュの訪問の折から、余程そば粉のガレットやクレープが気に入ったのだろう。甘いクレープにしょっぱいクレープ、あえて宮廷人の寝ている時間にドカ食いしていた。
「母上、夜中の大食いは楽しいが、何故に日中にクレープパーティをなさらない?仲間が欲しくないのか?」
アンヌ皇太后は瞬きをした。
「王権神授説を忘れたの?スローガンでしょ。貴方の統治下なのよルイ。わたしがクレープサロンなんか開いたら、そりゃ甘党はみんな来るでしょうけど。わたしサイドに支持率が動いちゃうわ。ヴェルサイユの王家の勢力を二分割する訳にはいかないもの。それに、貴族達を集めるより、貴方やフィリップがいたら百万倍美味しいわよ。」
あたたかいひとだ。
息子を愛する母親ってのは、こうなのか?
ユスターシュは荒くれ者だし、隠し子説のある生まれで、物心ついた頃から、母の目は冷たかった。
だが、アンヌの目は優しく、温もりがある。
生き生きとした眼差しだ。
「さぁ、まずはそば粉のガレットが出来たわ、貴方のよ。」
ユスターシュはフォークとナイフで、ガレットだけ食べようとしたら、それを見たアンヌ皇太后は、ユスターシュを制止した。
「うーん。貴方……」
なんかやっただろうか?
ユスターシュはヒヤヒヤした。
曲がりなりにも母親だ。ルイを一番よく知る人物である。
「……ルイ。そば粉のガレットは、生地だけで食べるのは違うわ。」
ユスターシュは安堵に胸を撫で下ろす。
アンヌ皇太后は告げた。
「一口分の生地には、スモークサーモンとマスカルポーネチーズを乗せてね。」
言われたように、ガレットにサーモンとマスカルポーネチーズをのせて、フォークを口に入れたら、これが旨い!パクパク食べてしまう。ユスターシュもそば粉にハマりそうだ。
「うま!うま過ぎか!?そば粉のガレットって……母上、どこでこれを?」
アンヌは嬉しげに顔を輝かせた。
「まぁ、ルイ!貴方とブルターニュを訪問した時から、私はそば粉が大好きよ!貴方が私の好物にそんなに心を動かしてくれるなんて。こういうのは、小さい頃ぶりかしら。嬉しいわ!それに、最近の貴方は凹んでいたし。」
心を動かす。
感動だ。
ユスターシュは確かに腹が減っていて、そば粉のガレットに感動したのだ。
ピアノも同じなのでは?
この心の揺さぶりを、ピアノに乗せろと、リュリの奴は言っているのだ。
「母上……このそば粉のガレット、演目のヒントになった!」
「そんなにぃ!?うん、楽しみにしてるわね、次の演目!!」
「ちなみに、余が凹んでいたのを、知ってらしたのか?」
「そりゃあそうよ。貴方は話さなかったけど、わたしからフィリップやカステルモールに聞いたから。アンリエットを背負えなかった責任と、ルイーズさんの愛するラウルさんを死なせてしまった苦しみで、だいぶボロボロだったわ。」
「悲しみ……確かに、悲しみだ。哀愁の情緒だな……。」
感動、悲しみ。
それらを、ピアノにのせれば良いのではないか?
アンヌ皇太后は期待の眼差しだ。
「もしかして、これも演目のヒントになった?」
「うむ!母上、めちゃめちゃ大義であるッ!!」
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