1-12 ユスターシュ登場
ルイが生まれる少し前だ。
フランス、カヴォワ家に、荒々しい快男児が出生した。
名を、ユスターシュ・ドージエ・ド・カヴォワと言う。
近隣では、カヴォワ公とアンヌ皇太后の隠し子では無いかと噂され、ユスターシュの母親も、何故かユスターシュには冷たかった。
王家によく似た、いや、似過ぎた顔立ち。
事実血縁もあった。
ユスターシュはルイの異母兄だ。
ユスターシュは母の愛を知らない。
無論、周りが母親に愛されて育つのが、羨ましかった。
寂しさから、ユスターシュはグレた!
気性が荒くて気前がいい。
喧嘩大将、酒場で子分に奢って金欠、なんてことも多々ある。
「よぉ!筋トレのおっさん!」
ユスターシュは当時珍しい筋トレ三昧の近隣の男に入れ込んでいた。
男は、片手の二本指だけで、逆立ちをしている。
「ユスターシュか。なんの用だ?またスパークリングがしたいのか?」
「がってんだ!俺を鍛えまくってくれよ!」
格闘技の師匠を持つ身でありながら、その技を敵対する荒くれ者に乱用した。
貴族でありながら喧嘩三昧。
丁度、街には悪漢が蔓延っており、ユスターシュと仲間たちはこれに対抗したのだ。
「このレストランは俺の縄張りだ。てめぇらは、2倍の料金で飯を食いな!」
ユスターシュは男に飛びかかった。
「そんじゃあ、てめぇを叩きのめして、半額でいただくぜっ!!!」
ユスターシュの強さに男はボッコボコ。
「やっちまえー!!ユスターシュ!!!」
男が白目を剥いてふらつくと、ユスターシュはトドメのぶん殴り。
「よっしゃ!これでメニューは半額ぅッ!!」
男は倒れて動かなくなった。
「……おい?」
看板娘が叫んだ。
「きゃあああ!!人殺し!!!」
ついに、野郎を殴り殺してしまったのだ。
「あ……」
「死んでる」
ユスターシュは頭を抱えて叫んだ。
「……やっちまったぁ!いや、だが!近隣の噂やゴシップ雑誌では、俺は親父とアンヌ皇太后の子供説だってあらァ!!国王のルイが兄弟分の俺を死刑にする訳が、無いッ!!……無いよな??」
次に、ユスターシュは拘束され、ヴァスティーユ監獄に馬車で輸送されていた。
「被告ユスターシュ・ドージエ・ド・カヴォワ、刑期120年ッ!!残りの人生全部ムショ!!事実上、死刑ッ!!」
高等法院は裁判すら行なわず、ユスターシュに終身刑を課した。
ヴァスティーユ監獄では、ユスターシュの顔を隠す為の、鉄の仮面が嵌められ、接合部を溶接し、決して外せないようにされた。
「おいおい!見えてきたぜ!?これ、殺人罪じゃねぇッ!!ルイの奴、自らが絶対王政のただ一人である為に、そっくりさんの俺を死ぬまで閉じ込めるって腹だろ!!?」
まさに、その通りであった。
ルイは話に聞いていた、自分にそっくりだと言うユスターシュを捕える機会を、虎視眈々と狙っていたと言えよう。
王令だから高等法院は助けられなかったのだ。
ユスターシュは独房に閉じ込められた。
直ぐに牢屋にしがみつく。
「出せ!!コラァーッ!!国王の横暴冤罪監禁反対ーッ!!!」
お隣さんが尋ねた。
「よ。オタク、新入りか?いきなりヴァスティーユだなんて、何やらかしたんだ?ここに入んのは政治犯だぜ?」
「うっせーぞタコゴルァ!!」
一人のゲスをうっかり殴り殺してしまったとはいえ、まさか国家転覆を測る政治犯にされようとは。
「おいおい。監獄を知らねぇな?大人しく、従順にしてれば、俺なんか葉巻ももらえたし、飯だってマトモになる。ここのマカロニグラタンはうめーぞ?刑期も二年短くなったぜ。ちなみに俺はユグノー教徒だ。刑務所じゃ信仰は自由ってな。」
ユスターシュは葉巻やマトモな飯、刑期が短くなると聞いて、椅子の座り方も優雅に足を組み、いきなり態度を改め出した。
「どうか、色んなお話を教えてください、親切なお隣さん。」
「ハッハッハ!アンタ、おもしれぇ奴だな。刑期は?」
「120年」
「そりゃダメだな。二年短くなったって生きてられまい、兄さん?まぁ、マトモな飯にありつけるよう、伝授はしてやるがよ。」
「何か、国の役に立てば!俺の刑期をコツコツ清算するチャンスが!だが、ルイの野郎はただじゃおかねぇからな……!!」
ユスターシュは大人しく刑務所暮らしを過ごし、ただ祈り、待つしか無かった。時が、来るのを。
ルイ14世はまだ傷心ながらも、夜には舞台でバレエを披露した。
モリエールとリュリのタッグで織り成されるコメディ・バレエである。
プロ意識が高く、壇上では決して、内面の悲しみは見せなかった。
バレエは演劇でもある。
ルイは、一級のバレエ俳優なのだ。
素晴らしいバレエに、そして楽しいモリエールの作風。拍手喝采を送る貴族達。
無論この時は悲しい盛りだが、平常時ならば、モリエールのギャグにはルイすら弱く、国民を愛しながら、貴族を嫌いながらも、ルイは国民を嘲笑するブラックなコメディ・バレエはツボってしまう。
音楽はルイに心酔するジャン・バティスト・リュリである。
(王……)
ルイの舞はまだ中性的な四肢を高々と伸ばし、見事なつま先立ちだ。
(王……!王ッ!!おぉぉぉうッ!!!)
演奏もクライマックスだぜ。
リュリ、絶頂である。
フィリップ殿下は、今夜はルイーズがいるからと、アンリエットからの許可をもらって、お兄様の舞台の観劇に来ており、兄の美しいバレエに感動していた。
「ああ、麗しのお兄様……!いつか、赤ちゃんが育ったら……わたくしにも、お兄様のような王子様は現れるのかしら?ね、ショワジー?聞いていて?」
美しきアヴェ・ド・ショワジー神父は、谷間も露なドレスを着て、フィリップ殿下に同伴し、微笑みを返した。
「フィリップ殿下ならばきっと、素敵な殿方がお現れになりますわ。天の父に誓って。慈愛の人は、主によって報われますのよ。」
「まぁ、お上手なこと。さて、お兄様の楽しい舞台は終わりましたし、この後、ショワジーは舞踏会にはいらっしゃいますの?ご馳走を食べながら、また演劇が見れましてよ。今宵はどこの美姫がアフロディーテ役なのでしょう。」
ショワジー神父は悲しい素振り。
ちょっと前まで遊び回っていたショワジーだが、深い信仰に目覚めた。
母親が死ぬ前に息子を心配し、聖職者権利と数々の修道院を金で買い、一時期丸刈りになって神学校には行ったものの、その収益で贅沢をしていた。
お飾りのサロンの聖職者だったのが、改めて神学の本を書いたり、きちんと神父になり、コツコツとミサを開いたり、きちんと活動を始めたのだ。
「フィリップ殿下のお気持ちは有難く受け取っておきますわ。ですがこの身は神に捧げた聖職者にございます。わたくしは華美な舞台も楽しい舞踏会も大好きですが、今夜は教会に戻って就寝の祈りをしたら、明日のミサの用意をしなければなりませんわ。」
「まぁ、立派な神父様になられたこと。幼なじみの貴方とは、もっと遊んでいたいですのに。貴方のクラヴサンが聴きたいですわ。きっと一度限り羽根を伸ばしても、神様はお許しになられると思いますのに。」
「またの機会にぜひ、同伴致しますわ。ではフィリップ殿下、あまり飲み過ぎませんように。また、明日の朝に教会で、お待ちしておりますわ。」
フィリップ殿下は悩ましげにため息をついた。
神様は好きだし、真夜中の赤ちゃんの夜泣きだって、フィリップ殿下には愛せたが……。
「教会もショワジーも好きですが、早起きだけは、苦手ですわ……」
ショワジーは貴族並の馬車に乗って、ヴェルサイユ宮殿から街の教会に帰ると、就寝の祈りを済ませ、燭台の灯りを消して回る。
ミサの支度は程々に。
ショワジーは鏡で鬘を整え、耳飾りをつけ直し、つけボクロを直す。自身の美しさを再調整した。
教会のドアが開く。
ショワジーよりも若い少女が入って来た。
男装しており、少年にも見える。
ショワジーは、自分の恋人に男装させ、夫と呼ぶ癖があった。
「ショワジー様。ああ、美しい方。ようやく会えました。」
少女がショワジーに抱きつくと、ショワジーは慈愛の眼差しで頬を撫でた。
「愛しいクロエ、わたくしの旦那様。ああ、なんて勇ましくも可愛らしい貴方。今宵は神も許されます。さあ、寝室にいらっしゃい。愛の時間は夜半限り。わたくし達の恋は、時間に追われるものですわ。」
そこで教会のドアが開き、燭台の灯りが2人を照らしだした。
「待ちなさい!」
「!!」
「野暮な方。何処のどなたでしょうか?」
サンソンは歩み寄った。
「今夜は悪いが、密会を解散して欲しい。ショワジー神父、貴方に用がある。」
「嫌です。見知らぬ方、わたくしにものを申すならば、法王庁の許しをお取りになってください。いいえ、仮に法王様が許さずとも、神はお許しになられますわ。」
サンソンはクロエの腹をさすり、忠告した。
「法王庁を懐柔でもしたとでも?だが、そもそもが、君たちは密会どころではないな。この男装の娘は妊娠している。わかっていたのか?」
「え。クロエ……」
「……ショワジー様の赤ちゃんです。私には、愛する人の赤ちゃんを殺せませんでした。ごめんなさい、ごめんなさい。」
サンソンはクロエの側に寄る。
「少し触るぞ」
「男は嫌ッ!!」
「ふむ……母子共に健康だな。ショワジー、貴方の倫理観にかけて問おう。この母子を人質にいただく。貴方に、我々側のスパイになってほしい。」
「……わたくしは」
「わかっている。我がサンソン家は人体を何度も解剖し、仕組みは知っているつもりだ。貴方は男性だ。あえてふくよかに太ることで、胸の谷間を形成している。だが性的嗜好は男装した少女を好む。貴方と別れたばかりのロザリー君の件から洗った情報だ。」
「なら何故。わたくしを平穏においてください。愛する人を失う悲しみに、まだ包まれているのですよ?クロエ、赤ちゃんは里子に出しましょう。わたくしを、愛していますよね?」
クロエは目を逸らした。
「ショワジー様……わたしは、母親になります。」
ショワジーは冷たい眼差しでクロエを見た後、すぐに見切りをつけ、慈愛の表情を取り戻した。
「幼子の純心無垢は神が与えられた最も清い心だとか。クロエ。お腹の中のわたくし達の天使に祝福を。マリア様の如く、良き母となってあげてくださいまし。」
ショワジーのワガママにサンソンが怒り出した。
「いい加減にしないか。聖職者でありながら、性的嗜好で人を孕ませておいて、赤ん坊を捨てさせようとして、何が神の道だと?クロエ君、出産までは当院が君を守る。わたしはこの不祥事を大目には見れない。君が協力者にならないならば、わたしは遠慮なく王に告発しよう。ショワジー。明るみに出ていいのか?」
「……あぁ、なんて意地悪な方でしょう。わかりました、えぇ、協力致しますとも。それで?わたくしがスパイで?一体誰の為の任務でございまして?」
「我々はルイ14世陛下を未来の暗殺者からお守りする護衛だ。君は、懺悔室を利用して情報を流してくれ。またある時は誘惑してみるといい。直に敵が現れたら、殺害は辞さない。生かして捕らえたいが、君の細腕に理想論を頼んでは、返って君が危ういだろう。銃士隊長カステルモール殿も我々の仲間だ。」
「ルイ陛下の護衛の為のスパイですって?まぁ、それならば……わたくしも、陛下には恩義がございますし……ですが、殺害は神の道に反しますわ。」
サンソンが厳しく言った。
「わたしとて殺人犯であろうと、死刑に異議を抱く。だが、赤ん坊を里子にだすより、悪漢と戦うことは、貴方には意義があるぞ?ともあれ、君は今日から王の護衛隊、その身にフランスの命運がかかっていることをお忘れなきよう。では、私には次の使命がありますので。クロエ君、ついてきなさい。出産までの安全な滞在場所に案内しよう。ではショワジー、アディオス。」
クロエを連れて行かれてしまったショワジーは、仕方なく自室でせっせと作品の執筆をした。
「わたくしが、戦い……?」
剣すら触った事が無いのに、無茶を言う。
仕込み武器が必要だ。
叫ばれては不味いから、おぞましいことだが、喉を切り裂く必要がある。
ショワジーは作品の執筆の手を止め、知人の、法王庁のスパイであるフランス国内の売春婦宛に、仕込み武器調達の申し込みの手紙を書き始めた。
相手は直に法王様にお仕えする方で、ショワジーより身分が高い為、高貴な方に使うカラーの、ブルーのインクを使用した。
Copyright(C)2026 燎 空綺羅




