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Trompe-l'œil ー二人の太陽王ー  作者: 燎 空綺羅
第1話 快男児トロンプ・ルイユ
13/47

1-11

挿絵(By みてみん)


ラウルは、戦争で初めての実戦を体感していた。


 銃弾が飛び交い、大砲が放たれる。


 剣術で何が出来ようか?

 敵兵の脚を狙って、倒れたところを刺し殺したって、罪に問われるはずも無い。


 銃士は、たかが歩兵だ。


 敵も味方も、皆が皆、命懸けだ。


 剣術しか知らないラウルには、勝ち目が無い。

 逃亡か、戦死かの、二択だ。


 だが、敵前逃亡の汚名を背負って生きるなど、ラウルの気高過ぎるプライドが許さない。


 自身は誉れ高き四銃士ダトスの息子だ。


「我が生涯の愛を、ルイーズ、君に捧げる!!」


 ラウルにとって、ルイーズは愛なのか?意固地の言い訳なのか?


 定かでは無い。


 ラウルは言い残し、剣をかざして敵陣に突撃した。


「うぉぉぉぉぉおお!!!」



 ダトスは息子が初陣で前線送りと聞いて、国王ルイに怒りを湛え、昔愛用していた剣を持ち出し、磨いた。


 ルイを殺してやる。


 だが、まずは親友のバッツ、銃士隊長カステルモールの話を聞かねばなるまい。


 彼は裏切るような男では無い。


 そこで、ダトスの家の玄関に、ノックが響く。


 ダトスが剣を置いて、玄関のドアを開けて応じる。


「これを。お悔やみ申し上げます。」


 配達人がダトスに手渡したのは、ラウルの戦死通知だった。


 ダトスは、真っ青になり、息が荒くなる。


 呼吸器が異常を来たした。


 息子が、死んだ。


 愛するラウル。


 生き甲斐であった、我が子。


 ダトスは絶望の中、息が激しくなり、ベッドに倒れた。



 今のルイには、愛妾ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエールがいた。


 ルイは戦争から帰ると、ややこしい政治や軍議を持ち込む臣下たちを後回しにして、飛ぶように早歩きでルイーズに会いに行き、二人の中庭で花々に囲まれながら、遊び、休んだ。


 血飛沫の舞う戦場にいたのが、悪夢だったように。悪い夢から覚めたかの、安堵。


 ルイは、ルイーズが編んでくれた花の冠をかぶってみせた。


「似合うか?ルイーズよ。」


「ふふ。わたしは、フランス王の王冠よりも、花の王冠の貴方が、人間らしくて好きです。」


 ルイは笑いながら言った。


「ならば、花の王冠が絶えぬよう、もっと花々を育てねばな。ルイーズよ、土いじりをしよう。」


 二人で、中庭の土を掘り、花の苗を植えていく。


 夢中で土いじりし、無邪気な子供のように、ジョウロで水やりしていく。


 余った水を相手にひっかけて、遊んだ。


 ルイとルイーズは、花々の中で横になって休んだ。


 幸せな時間だ。


 ルイは、伝えたくはないが、話さなければならないことがあった。


「ルイーズよ。」


「はい?」


「……ラウルが死んだ。逃亡せず、大砲隊に突撃したのだと聞いた。そなたへの愛を、叫んでいたそうだ。」


 ルイーズは一筋の涙を流し、起き上がった。


「ルイーズ」


「やめて」


 ルイーズは泣きながら、ルイを拒絶した。


「ラウルが死んだのは、国王陛下のせいよ!前線に送ったのは、貴方だわ!」


「ルイーズ……」


「……ごめんなさい。誰かのせいだなんて、わたしがおかしいわ。部屋に帰ります。わたしを、一人にさせてください。」


 ルイーズが立ち去り、ルイは悲しみで胸が締め付けられた。



 銃士隊長カステルモールは、戦争から帰るなり、ダトスの家に馬を走らせた。


「バッツか!」


「久しいな、ダトス。こんな形での再開だが……」


「入れバッツ。会いたかった、やりきれん思いだ、酒を飲みながら話そう。」


 すっかり生きる気力を無くしたダトスを慰める為、銃士隊長シャルル・ド・バッツ=カステルモールこと、ダルタニアン伯は、ダトスのアパートで酒を飲みながら、ラウルの死に到る事情を、ラウルの誉れを汚さぬように話した。


「フランスにおいて不倫は文化だ。ルイは自分が寵姫を抱えながら、何故ラウルを殺めた。ルイーズの愛人くらい認めていいはずだ。」


「いいや。ラウルは不倫を良しとしない、ラウルがルイを許せないんだろう。逃亡すれば生きられた。だが、ラウルはルイーズへの生涯の愛を言い残して、大砲隊に突撃したという。」


「後から手出ししたのはルイだぞ。王弟妃殿下の直後だ。彷徨い過ぎではないのか?」


「……否定出来んよ。ルイのハートは、脆く、王の器では無いのかも。」


 ダトスはカステルモールの意見を、自分に巻き込んでしまったことに気づき、諭した。


「おい、バッツ。俺の為だろうが、お前は銃士隊長だぞ。危険な発言はよせ。国家反逆罪は俺一人で充分だ。親友を死なせたくはない。」


 しかし、酒に酔ったカステルモールは次々と、内心を暴露した。


 親友だ。決して誰にも口を割らない男だと、知っているからこそだ。


「ダトスよ。俺には陛下がまるで違う世界に見える。武人と宮廷人、まさに違う世界なのだろうよ。皇太后アンヌ陛下が住まうヴェルサイユ宮殿で、寵姫にうつつを抜かすルイ陛下は……あの馬鹿王め。何が舞踏会、何がアポロンの扮装か。」


「バッツよせ。俺の心臓をおかしくする気か?お前は近衛銃士隊隊長なんだぞ。俺みたいな、過去のしがらみじゃあない。誰が聞いてるかもわからない街中の家だ。馬鹿王はやばい、フランス王がお前まで殺したら、残された俺はどうなる?」


「……すまぬ、ダトスよ。愚痴に愚痴で返してはならぬ身と、わかってはいながら、な。」


「違う世界で上等なんだ、バッツよ。俺たちは剣に身を捧げたもの。……忠誠を誓った王に息子は殺された。俺はお前まで殺されたら、かつての銃士隊制服を着て、ヴェルサイユ宮殿にルイを殺しに行くぞ。」


「悪かった。すまないダトス、慰めるはずが、あぁ。俺を育ててくれた父親代わりの親友よ。せめて希望を無くさず、生きて幸せになってくれ。あぁ、こんな時あのエセ神父がいたら心強い。あいつなら上手いこと言ってまとめるだろうからな。ダラミツは今やどこで何をしてるんだか。」


「スペインで公爵に。あいつの野心は相変わらずのようだ。ポルトスしか連絡が取れない。」


「やはりしぶとい男だ。公爵様ならば、俺達にアヒル一羽でもご馳走してくれても良いものを。」


「野心家だ、期待するな。それに、俺の歳ではアヒルは胃に重い。税も増えたし、ラウルに飯を作る日課も消えた。日に日に、粗食になっていくばかりだ。」


「食欲が無くても食わなくては。ダトス、何も食えぬでは死んでしまう。俺を一人にしないでくれよ。」


「ハッハッハ……バッツ、若いな。飯は三日食わなくても死なんよ。だが、病は別だ。身体も心も、病には勝てぬ。」


「心……」


 カステルモールは、以前ルイが建てた介護施設を思い出した。


 話しかけても何も言わないような、死んだ目の民や、イカれた奇人変人を、魔女迫害から助けてやり、ルイは彼らを「精神疾患」と断定し、悪魔つきでは無く「病気」と言った。


 彼らを世話する介護施設にいれて、ベッドを与えて休ませたり、飯を食わせたりを、国民の税金で行っている。


 もしかしたら、息子を失ったダトスも?


 余りの悲しみで、心が病に犯されているのか?


 王に話してみよう。慈悲があればダトスが安全になる。


 ダトスがいきなり立ち上がった。


「はっ、はっ、はっ」


(やはり……!)


 息が荒くなり、苦しそうに、胸を抑え込む。


「どうした、ダトス!?」


「わか、らん。はっはっ、息子の、死亡通知が、はっ、はっ、来た、時間帯だ。あの日、から、はっはっ、息が、はっ、はっ、はっ」


「なんてこった。待っていろ!直ちに医師を……」


 ダトスの家の玄関にノックが三回響く。


「誰だ、こんな時に!」


 カステルモールがドアを開けて怒鳴ると、老齢期の身なりのしっかりとした男が立っていた。


「カステルモール殿ですね?私はシャルル・アンリ・サンソンと申します。平常時は、自宅の医院で医師を務めている。友人を診せてください。」


 カステルモールは眉を釣り上げた。

 サンソンの名は、王家に仕えていれば知っている。


「死刑執行人のサンソン家か?」

「はい。だが、同時に医師でもある。」


「入ってくれ。急患がいる!」


 ダトスを診たサンソンは、ダトスの胸を触り、ただちに吸引薬を処方した。


「これを一日に三回吸って。良くなるまでは、ベッドで安静に。彼の身内は……誰か、看護できる者は?入院よりも、親しい人が必要だ。」


「彼の息子が死んで、看護できるのは俺しかいない。……ダトスは、息子を失ってからこの症状だという。心の病なのか?」


 サンソンは真剣に語った。


「きっかけが心の病でも、身体が連動する。喘息だ。彼は、本来ならば、入院してもらいたいぐらい重めだ。長らく発作を放置したんだろう。」


「ダトスは喘息持ちではなかった。」


「息子さんを失って、心労で過呼吸が続き、喘息まで至ったケースだ。発見が早ければ喘息まではには至らなかったはず。」


「……戦場から帰るまで、ダトスに会うための時間が作れなかった。すまない友よ。ルイが、ラウルの死のきっかけになってしまった……。不甲斐ない俺を許してくれ。」


 サンソンは、きっぱりと尋ねた。


「貴方に聞いておきたい。戦場でも宮殿でも、ルイ陛下の傍を離れなかったのは、貴方が本当の父親だからか?」


「!!」


「ルイ陛下の父親候補はバッキンガム公、ドージエ公、そして、貴方だ。」


 かつて、カステルモールは若かりし日に、アンヌ王妃と恋に落ちた。


 バッキンガム公との恋が終わり、アンヌ王妃は自分を助けてくれた銃士に惹かれたのだ。


 叶わぬ恋と、身分の差があった。


 二人は密会し、一度きり愛し合った。


「……可能性はある。だがそれが何か?」


 だからカステルモールは、ルイのことを父親として見ている。


 だが、それを言ったら、ルイと顔が似たカヴォワ公や、そしてアンヌが愛したバッキンガム公だって可能性がある。


 三分の一だ。


 顔はハプスブルク家の面影で、ルイが誰の子かは判別がつかぬもの。


「可能性を踏まえて言う。貴方はこの時代最強の剣士の一人に間違いは無い。貴方に、ルイ陛下の味方になって欲しい。私のように、未来から来た者らがいる。未来人は恐らく、ルイ陛下を狙うだろう。私はサンソン家四代目の死刑執行人シャルル・アンリ・サンソン、王に向けられた刺客を捕える任務で、未来からこの時代に来たのです。」


 未来?


 カステルモールには、よくわからないが。


 こういうのは、銃士隊なら、シラノが詳しい。

 未来だとか、星だとか。あいつの書いてる作品自体が、カステルモールには難しいが。


「……この時代に?サンソン殿、貴方がルイを守る側で、未来からは、ルイを狙う刺客が?」


「はい。それから、王に伝言が。安全確保を。ヴァスティーユ監獄ですり変われ、と。では、他にも協力者に呼びかけねばならないので。アディオス。」


「ヴァスティーユ監獄……?おい!」


 カステルモールがまだまだ理解が及ばぬうちに、サンソンは去ってしまった。


 しかし、サンソンからわかったことは、王が暗殺の危機にある事だ。


 カステルモールは銃士隊を呼び、心配なダトスを馬車に寝かせて銃士隊宿舎の自身のベッドに連れて行き横たわらせてから、自らは銃士隊と共に、ヴェルサイユ付近の異常を調べた。

Copyright(C)2026 燎 空綺羅

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