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Trompe-l'œil ー二人の太陽王ー  作者: 燎 空綺羅
第1話 快男児トロンプ・ルイユ
11/47

1-9

 フィリップを呼んで、夫婦の自室に帰ったアンリエットは、つわりを起こし、フィリップが慌ててさすった。


「まぁ、大丈夫ですの、アンリエット?貴方も、美味しくて食べ過ぎましたの?」


 アンリエットは涙ぐみながら、ドレスを脱ぎ、コルセットを外した。


「フィリップ殿下」


 フィリップは驚いた。


「まぁ。痩せている貴方がそんなに膨らんで。コルセットの締めすぎでしてよ。苦しいのは、当たり前ですわ。」


「違うのよ、フィリップ。お腹に、赤ちゃんが出来たの……」


 フィリップは瞬きして、ため息をついた。


「……お兄様の赤ちゃんですね?アンリエット。赤ちゃんを生める貴方が、正直羨ましいですわ。わたくしは、いずれは殿方に戻るのかもしれませんが……母親になれる幸せは、ありませんもの。」


 アンリエットは訴えた。


「不実の赤ちゃんを、助けて、フィリップ……」


 フィリップはアンリエットの恐れに気づいて、両手を握って安心させた。


「元々、わたくしには赤ちゃんが出来ませんもの。絶対に貴方の赤ちゃんを守りますから、安心なさって。こういうのはいかが?わたくしとアンリエットが、どちらもお母様になって……二人共忙しい時は乳母に。わたくしが遊びたい時はアンリエットが赤ちゃんをみる。アンリエットが遊びたいときは、わたくしが赤ちゃんをみる。」


 アンリエットはフィリップの優しさに涙した。


「責めないのね。わたしを。」


「うーん。わたくし、父を知りませんが、お母様から聞いた限りでは、良い父とは思えませんでした。わたくしは、確かにアンリエットを愛せませんし、愛する殿方が出来たら、そちらに走ってしまうかもしれません。父のように、わたくしも殿方に恋を探します。でも、だからといって、最初っから父のようには、なりたくありませんわ。アンリエットとわたくしで、赤ちゃんを抱えて幸せを探すのは、ひとつの道です。わたくしはお兄様も好きです。アンリエットとお兄様の子を、大事にしたいですわ。」



 アンリエットとフィリップが結託し始めた頃。


 翌日も、傷心のルイは政治の為に、コルベール、コンデ親王、テュレンヌ元帥らの部屋に籠るが、心はスカスカに風が吹き荒ぶ。


「イギリスですが、チャールズ2世の信仰自由論に議会が猛反発し、王のカトリック思想は禁じられ、国内はイギリス国教会のみと定められております。親フランス外交へも敵視が及び、内政が波乱を呼んでいます。政権は王では無く議会へ。オランダをめぐる戦争では、我が国との秘密条約を破って敵対致しかねません。チャールズ2世自体が絶対王政をなし崩されて、財政難状態、ほぼ軟禁され、決定権は議会持ち。行き詰まりです。ですが、イギリス植民地は増えています。」


「今のうちにイギリスを叩いてしまってはいかがでしょう?オランダ戦争で敵対せずに済みますし、東インド会社の独占にも繋がります。イギリスの支配は莫大な利益にもなりますが。」


「……チャールズ2世は余の友だし、彼はアンリエットの兄だぞ?」


「ですが、チャールズ2世には力が無い。イギリスは実質議会のものです。今更でしょう。」


「カトリック国としてイギリス国教会も潰すべきでは?」


「陛下のお気持ちはわかりますが、これまでのように信頼をいただきたい。必ずや、戦績を挙げて見せましょう。」


 ルイはとてもアンリエットの祖国と兄まで奪う気にはなれず、立ち上がった。


「ルイ陛下?」


「外の空気を吸いに行く。一時休憩せよ。すぐ戻る。」


 ルイはヴェルサイユ宮殿を歩き去り、中庭に駆けつけた。


 美しい花々に、緑豊かな景色だ。

 癒される。


 ルイが空気を吸っていると、誰かが中庭で楽しく歌っているのに気づいた。


 ルイが声の主を探して歩くと、木に寄りかかって座り、鼻歌を歌いながら、穏やかに裁縫をしているルイーズを見つけた。


 やはりだ。


 ラファエロの描いた聖母子画のような、清らかな光景。


「ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエールよ。」


 ルイーズはルイに気づき、慌てて鼻歌をやめた。


「国王陛下……!あの、勝手に中庭に入ってしまって、申し訳」


「よい。……隣に座っても、よいか?」


「勿論です!わたしがどきますから、わたしは不法侵入ですし」


「よいのだ。此処にいてくれ、ルイーズよ。」


 ルイーズは、ルイが何か追い詰められた表情であることに気づいた。


 自身が聞いていいのかは、わからないが。


 なんとなく、ほうってはおけない。


「……何か、ございましたか?お辛いことが?」


「あぁ。色々とな……アンリエットを不幸にしてしまったし、今政治上では、アンリエットの兄が危うい。フランスの利益から見れば、議会に支配されたイギリス本国を叩かねばならんが、それは人としてはおかしい。余はアンリエットを不幸にした。なのに、更にアンリエットの兄まで、殺したくは無い。」


 ルイーズは、ルイの人間らしい心を理解し、聖母のように微笑んだ。


「ならば、国王陛下のお心に従うべきです。陛下は、アンリエット様のことで、傷ついていらっしゃいます。それ以上踏み込んで、アンリエット様のお兄様を殺めたら、きっと悲しみは悪化してしまいますから。どうか、フランス王としてではなく、人間として、心を自衛なさってください。」


 ルイは温かさに包まれた。


 ルイーズの優しさは、フランス王のルイでは無く、人間としてのルイを尊重してくれた。


「そうする。余は心を優先しよう。……前々から不思議だったのだが、そなたはなぜそんなに優しくなれるのだ?そなたとて、野心はあろう。富と名誉の為か?」


 ルイーズは首を振った。


「優しくなど。わたしは現状に満足していますよ。野心が無いから、勉学の高みに追いつかないのだーって、わたしを叱る人もおりますけどね。働いて得る達成感や、親切をして満足する気持ちを、わたしは大切にしております。」


 ルイは、ルイーズのようなタイプを初めて知った。


 働いて、現状に満足すること。

 満足など、歩みを止めてしまうだけの病だと思ってきたが、ルイーズはこんなにも穏やかだ。


「そなたのような人と話すことが、こんなに楽になれるとは知らなかった。ルイーズよ、歌いながら、裁縫をしていたのか?」


「あ……はい。アンリエット様のドレスを、ワンサイズ大きく仕立て直しております。室内では、フィリップ殿下も同じお裁縫をなさっておいでです。」


「フィリップが……そうか。」


 しばし、沈黙し、ルイはルイーズの裁縫を眺めていた。


 それは、穏やかな時間だった。


「国王陛下!此処におられましたか!そろそろお戻りください、我らで勝手に話し合っても、決めるのは陛下です、我らのフランスは、ルイ陛下の絶対王政でなければなりませんから!」


 ルイは立ち上がり、ルイーズに告げた。


「余は戻るが……ルイーズよ。」


「はい?」


「そなたを余のものにしたい。何らかの障壁があるなら、いま申すが良い。」


 ルイーズはびっくりし過ぎて固まったが、やがて我に返って、ルイに申し上げた。


「お気持ちは、有り難いのですが!わたしには既に、将来を約束した人がおります。」


「余が勝つぞ。勝ってそなたを迎えよう。ではな。」


 ルイーズは焦り出した。


 王は、ラウルに、勝つ?

 ラウルと決闘でもする気なのだろうか。


 ラウルは勝っても反逆罪、負けては引き離される。

 いいや。

 ルイ陛下と接触した感じ、そんな横暴な感じは無かった。


 でも、ラウルは強く逞しい。

 逆に王が怪我をしてしまうかもしれない。


 ルイーズからしたら、どちらも嫌だ。


 ラウルが手加減してくれて、勝つと、信じるしかない。


 政治に戻ったルイは、きっぱりと断言した。


「余はイギリスの政権が議会のものであろうと、イギリス本国を叩きはせぬ!東インド会社独占も許さぬ。王弟妃アンリエット・ダングルテールはフランス王家の家族であり、チャールズ2世は余の友、そしてアンリエットの兄だからである!余のすべきことはチャールズ2世への支援であり、敵対では無い!余が例え神に選ばれていようが、王が人道から大きく道を外せば、余も処刑される王の二の舞となろう!民は人道から外れた王には従わぬ!よって、フランスは今のイギリス本国に攻撃もしなければ、チャールズ2世への支援を続行する!ただし、オランダ戦争への軍事加担には、フランスはイギリス側に敵対してでも、フランスに有利な側の戦争を行うものとする!余りに見過ごせぬイギリス、フランス間の不和、イギリス議会の横暴が起きれば、我が家族であるアンリエットを使者として派遣し、必ずイギリス、フランス間の友好関係を持続し、チャールズ2世とアンリエットを守りきる!!これは、フランス王としての決定である!!」


 コルベール、コンデ親王、テュレンヌ元帥らは、その決意に息を飲み、やがて拍手し始めた。


「王としての、素晴らしい信念でございます!」


「貴方様の絶対王政に祝福あらんことを!」


「フランス王の人道に、栄光あれ!」


 皆、公には言わなかったが、ルイは家族の家長としても、責任を果たしたのだ。


 ルイはまた1歩成長し、未来の栄光の太陽王に近づいて行く。

Copyright(C)2026 燎 空綺羅

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