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Trompe-l'œil ー二人の太陽王ー  作者: 燎 空綺羅
第1話 快男児トロンプ・ルイユ
10/47

1-8

 ルイ14世は、この頃、頻繁に家族での集まりを作った。


 晩餐会や、舞踏会。


 集められるのは、皇太后アンヌ、王妃マリー・テレーズ、王弟フィリップ・ドルレアン、王弟妃アンリエット・ダングルテールである。


 家族会を言い訳に集まり、ルイとアンリエットは共に時を過ごした。


 寂しさを埋め合うように、愛し合った。


 その日の晩餐会も、ルイはアンリエットの隣に座って、たくさん語らいながら、食事がはかどっていた。


 まぁ、ルイは相変わらず、手掴みで食べているのだが。


「スペインがけしかけない限りは、明日も家族で集まろう。アンリエットよ、食後には余の自慢の庭園を見せてやろう。」


「まぁ、陛下のご自慢の庭園ですって?光栄ですわ。イギリスでもガーデニングは愛すべき文化です。陛下の美的センスですから、さぞかし美しい庭なのでしょうね。」


「うむ。庭師にはこだわったし、厳選したからな。まぁ、開拓中で、今後更に庭園を素晴らしいものにするつもりだが……余が自ら手入れをする場所もある。余は、薔薇を愛している。四季咲きであれば尚良い。果実の実りや花々は美しく、戦に疲れた余の癒しだ。」


「わたしも、薔薇は大好きですのよ。でもわたしの祖国と言ったら、薔薇好きは薔薇好きでも、テューダー朝が成立する前の薔薇戦争だなんて、妙な内乱を起こしていましたが。あのイギリスをまとめる兄も苦労してることでしょう。ルイ陛下のフランス統治は素晴らしいですわ。安定した絶対王政の中で、安心して薔薇を鑑賞出来ますもの。」


 ルイはこのアンリエットの賢さが好きだった。会話に躊躇う心配が無い、アンリエットは知識人だからだ。


「アンリエットのステュアート朝の前か。イギリスのテューダー朝の家紋は二重の薔薇であったな。薔薇戦争で王位継承争いをした両家の家紋を、合わせたのであろう?」


「はい。ですが、いらない内乱ですよ。初めから両家で結婚すれば済む話です。わざわざジャンヌ・ダルクに大敗した直後に内乱だなんて。あぁ、少し酔い過ぎたわ。ルイーズ、レモン水を。」


「かしこまりました。」


 ルイは大食漢で、アンリエットと会話を楽しみながらも、手づかみでご馳走を食べていたが、ルイーズがアンリエットにレモン水を運んでくると、ルイはルイーズに気づいた。


「アンリエット様、レモン水でございます。」


 アンリエットは更にルイーズに要求した。


「あと、靴が痛いわ。楽でも美しいものを探して来て。」


「大丈夫ですか?先に、お御足を手当て致しましょう。」


「そう?じゃあ、お願い。」


 ルイーズの優しそうな顔は、顔だけではなく、行動に表れている。

 ルイーズはアンリエットの足を手当てし、慈愛の眼差しで告げた。


「もう大丈夫です。わたしが、美しくても、柔らかい靴を取って参ります。すぐに、良くなりますわ。」


 ルイは思わず引き止めた。


「待つがよい。アンリエットの女中よ、名をなんと?」


 ルイーズは国王陛下に話しかけられて戸惑い、アンリエットに目で伺った。


「ルイーズ。わたしに対する以上に礼儀を払って、お答えしなさい。貴方が素晴らしい働きをしたから、陛下のお気に召したのでしょう。」


 ルイーズはアンリエットに一礼し、ルイに深々とお辞儀した。


「わたしはアンリエット様にお仕えする、ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエールと申します。」


 ルイは改めて、ルイーズの顔立ちや慎ましく健気な様子を見て取った。


 清らかな美しさが、そこにはある。

 まるでラファエロの描いた聖母子画のような。


「ルイーズよ。そなたの温かな優しさが、アンリエットに助力した。見事な働き、大義である。」


「有り難きお言葉をあやかり、光栄でございます。……あの。国王陛下。わたしは一旦失礼して、アンリエット様の靴を、取りに行っても?」


 アンリエットとルイが頷いた。


「いいわ。」

「良い。熱心な働きである、余とて邪魔はすまい。」



 晩餐会の後で、家族会とは名ばかりの庭の散策をした。


「お兄様……」


 アンリエットとばかり話しているルイに、兄に憧れるフィリップ殿下はしょぼくれて、アンヌ皇太后がフォローを入れた。


「ルイの厳選したシェフの料理は、とっても美味しいわね、フィリップ?でも、お腹がいっぱいでコルセットが厳しいわ。お花や果実の実りを見て、歩いて消化しましょうね?」


 フィリップ殿下は、基本は優しくて良い子である。母親の心配に気づいて、何とか笑って答えた。


「それは、その通りですわ。お兄様の選んだシェフは料理が美味しすぎて、食べ過ぎて病気になりかねませんもの。お庭も素敵です。この花なんて、お母様の今日のドレスにぴったりですわ。」


「あら。フィリップだって、このピンク色の花が相応しいわ。初恋を待ち続ける貴方に、ぴったりよ。」


 フィリップ殿下は母の愛に、微笑んだ。


 一方でアンヌ皇太后は、何とか持ち直したフィリップ殿下を連れて、独り打ちひしがれているマリー・テレーズ王妃の元に急いだ。


「マリー・テレーズ?晩餐会の料理は美味しかった?何度も、炭酸水を飲んでいたみたいだけれど……。」


 マリー・テレーズは青い顔で答えた。


「食欲がありませんでした。わたくしが、到らないばかりに、わたくしの実家は戦争をしますし……陛下がどれだけ寛大でも、わたくしを愛せる箇所が、余りに、ありませんから……」


 アンヌ皇太后とフィリップ殿下は慌てて励ました。


「そんなことない!!スペイン王家は昔からああなのよ、わたしだって貴方の父を兄に持って生まれた身だからわかるわ!それに、ルイがさまよってるのは、わたしとマザランのせいなんだし。貴方に魅力が無いなんてことはないわ。」


「そうですわ!マリー・テレーズは優しい子です!!わたくしはアンリエットより、マリー・テレーズに、お兄様は振り返るべきだと思いますわ。わたくしにも、アンリエットを戒めない責任がありますが……もしわたくしの奥様がマリー・テレーズだったら、きっといつまでもお茶会をして、仲良くするでしょう。」



 一方で、家族を置き去りにして、素知らぬ顔で庭を進んだルイとアンリエットは、ルイが見せたがっていた、ルイ自らが庭師となって手入れしている、小さなスペースに辿り着いた。


 勿論、この庭全体の素晴らしさには、庭師の腕があり、ルイのスペースなどは敵わないが。


 ルイが愛し、こまめに世話している、薔薇や花々、洋梨は、見るだけでも国王の癒しであることがわかる。


 戦に出なければ、フランスはハプスブルク家に支配されてしまうし、それでも、まだ若く未熟なルイは戦に勝てずに、ただの牽制にしかならず。


 国王自らが政治を行う事で、財務大臣のコルベールらと、政治の話で日が暮れて。


 ルイを愛するアンリエットには、その苦労は伝わってくる。


 ルイが庭に夢中になろうが、バレエに熱心になろうが。


 オシャレな服をいくらデザインさせようが、贅沢な食事を山盛り食べたって。


 誰が非難出来ると言うのか?

 フランスのすべてを、自力でこなしているこのルイに。


 税金が負荷になる第三身分の平民達ならばともかくとして、税金も払わない特権階級の聖職者や貴族には、口出しする権利など一切無い。


「この薔薇は、一輪、そなたに贈ろう。根から割いては、数日しか美しさは保てぬがな。」


「ありがとうございます、陛下。小さくても、素敵な場所だわ。」


 アンリエットは、いきなり吐き気に襲われ、慌てて口を抑えて堪えた。


「アンリエット?吐きそうなのか?」


 アンリエットは、何とか堪え切ると、事情を説明した。


「陛下。実は、もう医師にかかっております。お腹に赤ちゃんがいる……貴方様の子です、ルイ陛下。」


 ルイは、戸惑ったが、ありのままを話した。


「アンリエットよ。余には、その赤ん坊の父たる資格は無い。そなたは余を愛してくれた。以後も余はそなたを守る。だが、余がそなたに近づいたのは、悲しみを埋めるためである。余は、愛する人と引き離されて、今の妻と政略結婚をしたのだ。余はそなたを苦しめるだけの愛をそそいでしまったのだな……これ以後は、そなたの愛を利用はせぬ。フィリップとそなたの子として、余は我が子を遠目に愛し続けよう。」


 アンリエットは困惑し、ルイに縋り着いた。


「陛下!愛して無くてもいい!わたしはわかっています!わたしだって悲しみを埋める為に、貴方様に近づいて、貴方様を愛したのです!でも、この子だけは!陛下の養子でもいい、貴方様の子にしてあげてください!わたしは王位などはいらない、ただ、陛下の愛を、わたしの子に与えてください!」


 ルイは、アンリエットを抱え、諭した。


「アンリエットよ。フィリップを嫌うことは無い。今の余に自分の結婚が許されたなら、間違いなくそなたと添い遂げたであろう。我が子を、堂々と我が子として、愛し、育てただろう。だが、余はフランスの国王なのだ。そして、そなたもまた、王弟フィリップ・ドルレアンの妻なのだ。おそらくフィリップが男に戻れるまで、まだまだ長い時間が必要であろう。だが、弟は優しい子だ。そこは、余よりも秀でた長所である。アンリエットよ、フィリップを頼り、幸せな家庭を築くがよい。余は学習した。家族に不幸を味あわせるような、悲しみの埋め方は、やめる。次に近づくのは、家族とは無縁な者にする。」


 アンリエットは泣いたが、彼女は強く、賢く。

 泣き止んでから、この愛を割り切って、我が子の幸せを考えた。


「陛下。ありがとう。もう、いいわ。」


 ルイはアンリエットを抱える手を離した。

 アンリエットはしっかりと立っている。


「家族会は今まで通りに。でも、わたしの愛は、我が子に捧げて行きます。夫は確かに優しい人。フィリップを頼って、赤ちゃんを育てていくわ。」


「すまぬ、アンリエット。そして感謝する。そなたとの日々、余は悲しみを忘れ、幸せであった。」


「……わたしもよ、ルイ。以後のわたしは、母になる。貴方を裏切ってでも、子供を守っていくかもしれない。それでもこれは本当。愛していたし、幸せだったわ。」


 二人は庭で別れた。


 ルイは立ち尽くし、悲しみに、また心を塞いだ。

Copyright(C)2026 燎 空綺羅

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