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ルイ14世は、この頃、頻繁に家族での集まりを作った。
晩餐会や、舞踏会。
集められるのは、皇太后アンヌ、王妃マリー・テレーズ、王弟フィリップ・ドルレアン、王弟妃アンリエット・ダングルテールである。
家族会を言い訳に集まり、ルイとアンリエットは共に時を過ごした。
寂しさを埋め合うように、愛し合った。
その日の晩餐会も、ルイはアンリエットの隣に座って、たくさん語らいながら、食事がはかどっていた。
まぁ、ルイは相変わらず、手掴みで食べているのだが。
「スペインがけしかけない限りは、明日も家族で集まろう。アンリエットよ、食後には余の自慢の庭園を見せてやろう。」
「まぁ、陛下のご自慢の庭園ですって?光栄ですわ。イギリスでもガーデニングは愛すべき文化です。陛下の美的センスですから、さぞかし美しい庭なのでしょうね。」
「うむ。庭師にはこだわったし、厳選したからな。まぁ、開拓中で、今後更に庭園を素晴らしいものにするつもりだが……余が自ら手入れをする場所もある。余は、薔薇を愛している。四季咲きであれば尚良い。果実の実りや花々は美しく、戦に疲れた余の癒しだ。」
「わたしも、薔薇は大好きですのよ。でもわたしの祖国と言ったら、薔薇好きは薔薇好きでも、テューダー朝が成立する前の薔薇戦争だなんて、妙な内乱を起こしていましたが。あのイギリスをまとめる兄も苦労してることでしょう。ルイ陛下のフランス統治は素晴らしいですわ。安定した絶対王政の中で、安心して薔薇を鑑賞出来ますもの。」
ルイはこのアンリエットの賢さが好きだった。会話に躊躇う心配が無い、アンリエットは知識人だからだ。
「アンリエットのステュアート朝の前か。イギリスのテューダー朝の家紋は二重の薔薇であったな。薔薇戦争で王位継承争いをした両家の家紋を、合わせたのであろう?」
「はい。ですが、いらない内乱ですよ。初めから両家で結婚すれば済む話です。わざわざジャンヌ・ダルクに大敗した直後に内乱だなんて。あぁ、少し酔い過ぎたわ。ルイーズ、レモン水を。」
「かしこまりました。」
ルイは大食漢で、アンリエットと会話を楽しみながらも、手づかみでご馳走を食べていたが、ルイーズがアンリエットにレモン水を運んでくると、ルイはルイーズに気づいた。
「アンリエット様、レモン水でございます。」
アンリエットは更にルイーズに要求した。
「あと、靴が痛いわ。楽でも美しいものを探して来て。」
「大丈夫ですか?先に、お御足を手当て致しましょう。」
「そう?じゃあ、お願い。」
ルイーズの優しそうな顔は、顔だけではなく、行動に表れている。
ルイーズはアンリエットの足を手当てし、慈愛の眼差しで告げた。
「もう大丈夫です。わたしが、美しくても、柔らかい靴を取って参ります。すぐに、良くなりますわ。」
ルイは思わず引き止めた。
「待つがよい。アンリエットの女中よ、名をなんと?」
ルイーズは国王陛下に話しかけられて戸惑い、アンリエットに目で伺った。
「ルイーズ。わたしに対する以上に礼儀を払って、お答えしなさい。貴方が素晴らしい働きをしたから、陛下のお気に召したのでしょう。」
ルイーズはアンリエットに一礼し、ルイに深々とお辞儀した。
「わたしはアンリエット様にお仕えする、ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエールと申します。」
ルイは改めて、ルイーズの顔立ちや慎ましく健気な様子を見て取った。
清らかな美しさが、そこにはある。
まるでラファエロの描いた聖母子画のような。
「ルイーズよ。そなたの温かな優しさが、アンリエットに助力した。見事な働き、大義である。」
「有り難きお言葉をあやかり、光栄でございます。……あの。国王陛下。わたしは一旦失礼して、アンリエット様の靴を、取りに行っても?」
アンリエットとルイが頷いた。
「いいわ。」
「良い。熱心な働きである、余とて邪魔はすまい。」
晩餐会の後で、家族会とは名ばかりの庭の散策をした。
「お兄様……」
アンリエットとばかり話しているルイに、兄に憧れるフィリップ殿下はしょぼくれて、アンヌ皇太后がフォローを入れた。
「ルイの厳選したシェフの料理は、とっても美味しいわね、フィリップ?でも、お腹がいっぱいでコルセットが厳しいわ。お花や果実の実りを見て、歩いて消化しましょうね?」
フィリップ殿下は、基本は優しくて良い子である。母親の心配に気づいて、何とか笑って答えた。
「それは、その通りですわ。お兄様の選んだシェフは料理が美味しすぎて、食べ過ぎて病気になりかねませんもの。お庭も素敵です。この花なんて、お母様の今日のドレスにぴったりですわ。」
「あら。フィリップだって、このピンク色の花が相応しいわ。初恋を待ち続ける貴方に、ぴったりよ。」
フィリップ殿下は母の愛に、微笑んだ。
一方でアンヌ皇太后は、何とか持ち直したフィリップ殿下を連れて、独り打ちひしがれているマリー・テレーズ王妃の元に急いだ。
「マリー・テレーズ?晩餐会の料理は美味しかった?何度も、炭酸水を飲んでいたみたいだけれど……。」
マリー・テレーズは青い顔で答えた。
「食欲がありませんでした。わたくしが、到らないばかりに、わたくしの実家は戦争をしますし……陛下がどれだけ寛大でも、わたくしを愛せる箇所が、余りに、ありませんから……」
アンヌ皇太后とフィリップ殿下は慌てて励ました。
「そんなことない!!スペイン王家は昔からああなのよ、わたしだって貴方の父を兄に持って生まれた身だからわかるわ!それに、ルイがさまよってるのは、わたしとマザランのせいなんだし。貴方に魅力が無いなんてことはないわ。」
「そうですわ!マリー・テレーズは優しい子です!!わたくしはアンリエットより、マリー・テレーズに、お兄様は振り返るべきだと思いますわ。わたくしにも、アンリエットを戒めない責任がありますが……もしわたくしの奥様がマリー・テレーズだったら、きっといつまでもお茶会をして、仲良くするでしょう。」
一方で、家族を置き去りにして、素知らぬ顔で庭を進んだルイとアンリエットは、ルイが見せたがっていた、ルイ自らが庭師となって手入れしている、小さなスペースに辿り着いた。
勿論、この庭全体の素晴らしさには、庭師の腕があり、ルイのスペースなどは敵わないが。
ルイが愛し、こまめに世話している、薔薇や花々、洋梨は、見るだけでも国王の癒しであることがわかる。
戦に出なければ、フランスはハプスブルク家に支配されてしまうし、それでも、まだ若く未熟なルイは戦に勝てずに、ただの牽制にしかならず。
国王自らが政治を行う事で、財務大臣のコルベールらと、政治の話で日が暮れて。
ルイを愛するアンリエットには、その苦労は伝わってくる。
ルイが庭に夢中になろうが、バレエに熱心になろうが。
オシャレな服をいくらデザインさせようが、贅沢な食事を山盛り食べたって。
誰が非難出来ると言うのか?
フランスのすべてを、自力でこなしているこのルイに。
税金が負荷になる第三身分の平民達ならばともかくとして、税金も払わない特権階級の聖職者や貴族には、口出しする権利など一切無い。
「この薔薇は、一輪、そなたに贈ろう。根から割いては、数日しか美しさは保てぬがな。」
「ありがとうございます、陛下。小さくても、素敵な場所だわ。」
アンリエットは、いきなり吐き気に襲われ、慌てて口を抑えて堪えた。
「アンリエット?吐きそうなのか?」
アンリエットは、何とか堪え切ると、事情を説明した。
「陛下。実は、もう医師にかかっております。お腹に赤ちゃんがいる……貴方様の子です、ルイ陛下。」
ルイは、戸惑ったが、ありのままを話した。
「アンリエットよ。余には、その赤ん坊の父たる資格は無い。そなたは余を愛してくれた。以後も余はそなたを守る。だが、余がそなたに近づいたのは、悲しみを埋めるためである。余は、愛する人と引き離されて、今の妻と政略結婚をしたのだ。余はそなたを苦しめるだけの愛をそそいでしまったのだな……これ以後は、そなたの愛を利用はせぬ。フィリップとそなたの子として、余は我が子を遠目に愛し続けよう。」
アンリエットは困惑し、ルイに縋り着いた。
「陛下!愛して無くてもいい!わたしはわかっています!わたしだって悲しみを埋める為に、貴方様に近づいて、貴方様を愛したのです!でも、この子だけは!陛下の養子でもいい、貴方様の子にしてあげてください!わたしは王位などはいらない、ただ、陛下の愛を、わたしの子に与えてください!」
ルイは、アンリエットを抱え、諭した。
「アンリエットよ。フィリップを嫌うことは無い。今の余に自分の結婚が許されたなら、間違いなくそなたと添い遂げたであろう。我が子を、堂々と我が子として、愛し、育てただろう。だが、余はフランスの国王なのだ。そして、そなたもまた、王弟フィリップ・ドルレアンの妻なのだ。おそらくフィリップが男に戻れるまで、まだまだ長い時間が必要であろう。だが、弟は優しい子だ。そこは、余よりも秀でた長所である。アンリエットよ、フィリップを頼り、幸せな家庭を築くがよい。余は学習した。家族に不幸を味あわせるような、悲しみの埋め方は、やめる。次に近づくのは、家族とは無縁な者にする。」
アンリエットは泣いたが、彼女は強く、賢く。
泣き止んでから、この愛を割り切って、我が子の幸せを考えた。
「陛下。ありがとう。もう、いいわ。」
ルイはアンリエットを抱える手を離した。
アンリエットはしっかりと立っている。
「家族会は今まで通りに。でも、わたしの愛は、我が子に捧げて行きます。夫は確かに優しい人。フィリップを頼って、赤ちゃんを育てていくわ。」
「すまぬ、アンリエット。そして感謝する。そなたとの日々、余は悲しみを忘れ、幸せであった。」
「……わたしもよ、ルイ。以後のわたしは、母になる。貴方を裏切ってでも、子供を守っていくかもしれない。それでもこれは本当。愛していたし、幸せだったわ。」
二人は庭で別れた。
ルイは立ち尽くし、悲しみに、また心を塞いだ。
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