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守山一路はヒーローになれない  作者: 依近
第3章・アクアランス編
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第42話・ディープコア②


 ハッと強く息を吐いた守山は、目の焦点を失い、その場に倒れる。

 弾けた水が、衣服に染みてきて気持ちが悪かった。それでも、指先のひとつも動かせない。


「……結局、力尽きてるじゃないですか」


 倒れた位置から見上げる、遥かな高さ。

 冷ややかな青眼を視界に入れて、守山は力なく苦笑を浮かべる。


「ああ、大抵のやつは弱いさ。振るえる力も限られてる。ましてや俺は何かを倒すために戦った経験なんて、こっちの世界に来てからが全部なわけだし、弱くて当然だろ」

「……あなたが力の価値を主張するのは、単に憧れているということだけですか」

「ばっか、違げえよ」


 空気を吐き出すように、笑いがこぼれた。

 セトは理解できないとでも言いたげに、複雑に表情を歪める。


「弱い自分でも、誰かの力になれんだよ。でも、本気で信じてなきゃ、届かない。力を託すのだって無責任じゃいられねえんだ。絶対勝てるって確信を託すんだ。そうすれば、力を振るうやつは、何倍だって強くなるんだよ」

「さっき、あの褐色の人が主張していたことですか」


 セトの青眼が、水飛沫が上がる方を向いた。

 黄金の光を取り戻したウインドエッジが水の中を舞い、光が躍る。


「それを……私は、先代にかけることをしなかった、と」

「……力を憎んでんなら、当然だと思うぜ。さっきも言ったけど、力を託すのには責任がいる。相手を戦いの真ん中に送り出すんだ。そんなの、怖くて仕方ねえよな」


 守山は目を瞬いて、崩れた天井を見上げる。礼拝堂の石像が、物も言わず虚空を見つめていた。

 脳裡に、百花の不安そうな顔が過ぎった。屈辱を覚えても、言葉一つで笑顔を見せたその顔。


「それでも、剣を振るえんのはさ。そいつに戦う理由があるからだ。絶対に叶えたい願いがあるからだ。ひとりで立ち続けるのはものすごく痛いけど、それでも倒れない力ってのは尊くて、誰かの胸にずっと刻まれんだよ」


 石像の足元で、微かに滲色が反射した。

 徐々に強く、大きくなる光を見つめて、目を細める。


「たとえ倒れても――残るんだ。言葉や、想いや、願いが。それが、どんな形で残っていくかは、受け取る側次第だけどな」


 姿を現したアウロラと、目が合った。

 浅くなる呼吸を吐いて、そっと微笑む。


「俺は、アウロラの覚悟を信じてる。あいつは、ものすごくデカいもんを背負ってるけど、それでもちゃんと自分の足で立ってんだ。あいつの技術はまだまだだけど、絶対に強くなる。世界を変えられる。俺は、あいつをヒーローにしてみせる」


 見下ろす赤眼に、炎が燃える。

 守山は大きく息を吸い込んで、喉に力を入れる。


「いけぇぇぇぇぇっ! アウロラァ――ッ!!」


 ブツンッ、と。喉奥で何かが裂ける音がした。

 声の余韻が頭を揺らす。現実の感覚が泥の中に沈むように鈍くなる。

 強く響いていた鼓動が、遠ざかっていく。

 薄れていく意識の中で、また、百花の姿が浮かんだ。

 顔を真っ赤にして、震える声で告げられた言葉。

 本当はあの時も、ちゃんと聞こえていた。


――守山さんが好きです。わたしと付き合ってください。


 言葉の意味をなぞって、心が冷えた感覚を思い出す。苦味が、舌に滲んだ。


(好きとか、そういう言葉じゃない)

(俺が早志に……そして、アウロラに抱いた気持ちは、そういうのとは違う)


 眩しくて、直視できない。手を伸ばしても届かない。

 それでも、見上げずにはいられない。


(俺の……憧れ(ヒーロー)なんだ)


「嬢ちゃん! ダミーの核はたぶん全部潰した! ここ、狙え!」


 ラゼルの声が暗闇の中で響く。薄っすらと開いた視界に、虹剣イリスを天に向けて掲げるアウロラが見えた。

 表情は凛として険しい。吐く息が白く形を結び、緩やかに解けながら流れて行った。

 アウロラの瞳に、光が揺れる。ラゼルが示した核を真っすぐに見据えている。

 ブーツの爪先が崩れた床を蹴り上げた。彼女の降下に合わせて、赤いマントが翼のようにはためく。

 イリスの切っ先を真下に向けたアウロラは、空間を刺し貫く声で叫んだ。


プリズマティックヘヴン穿フォール――!」


 膨れた水肉を突き破り、ラゼルが突き止めた核の一点目掛けて突き下ろされる刃。

 飛び散る飛沫のひとつ一つまで虹色に染めるような、美しい一撃だった。

 モンスターは水の中で響くような太い咆哮を上げながら、自ら空けた穴の中へ沈んでいく。


「ちょ、おい、嬢ちゃん!」


 ラゼルが慌てて叫び、モンスターが沈む水の中へと潜っていった。

 守山は霞む視界の中で揺れるセトの姿を捉える。

 表情は、もう見えない。

 口元に刻んだ勝利の笑みさえ、上手く作れていたかどうか分からなかった。

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