第42話・ディープコア②
ハッと強く息を吐いた守山は、目の焦点を失い、その場に倒れる。
弾けた水が、衣服に染みてきて気持ちが悪かった。それでも、指先のひとつも動かせない。
「……結局、力尽きてるじゃないですか」
倒れた位置から見上げる、遥かな高さ。
冷ややかな青眼を視界に入れて、守山は力なく苦笑を浮かべる。
「ああ、大抵のやつは弱いさ。振るえる力も限られてる。ましてや俺は何かを倒すために戦った経験なんて、こっちの世界に来てからが全部なわけだし、弱くて当然だろ」
「……あなたが力の価値を主張するのは、単に憧れているということだけですか」
「ばっか、違げえよ」
空気を吐き出すように、笑いがこぼれた。
セトは理解できないとでも言いたげに、複雑に表情を歪める。
「弱い自分でも、誰かの力になれんだよ。でも、本気で信じてなきゃ、届かない。力を託すのだって無責任じゃいられねえんだ。絶対勝てるって確信を託すんだ。そうすれば、力を振るうやつは、何倍だって強くなるんだよ」
「さっき、あの褐色の人が主張していたことですか」
セトの青眼が、水飛沫が上がる方を向いた。
黄金の光を取り戻したウインドエッジが水の中を舞い、光が躍る。
「それを……私は、先代にかけることをしなかった、と」
「……力を憎んでんなら、当然だと思うぜ。さっきも言ったけど、力を託すのには責任がいる。相手を戦いの真ん中に送り出すんだ。そんなの、怖くて仕方ねえよな」
守山は目を瞬いて、崩れた天井を見上げる。礼拝堂の石像が、物も言わず虚空を見つめていた。
脳裡に、百花の不安そうな顔が過ぎった。屈辱を覚えても、言葉一つで笑顔を見せたその顔。
「それでも、剣を振るえんのはさ。そいつに戦う理由があるからだ。絶対に叶えたい願いがあるからだ。ひとりで立ち続けるのはものすごく痛いけど、それでも倒れない力ってのは尊くて、誰かの胸にずっと刻まれんだよ」
石像の足元で、微かに滲色が反射した。
徐々に強く、大きくなる光を見つめて、目を細める。
「たとえ倒れても――残るんだ。言葉や、想いや、願いが。それが、どんな形で残っていくかは、受け取る側次第だけどな」
姿を現したアウロラと、目が合った。
浅くなる呼吸を吐いて、そっと微笑む。
「俺は、アウロラの覚悟を信じてる。あいつは、ものすごくデカいもんを背負ってるけど、それでもちゃんと自分の足で立ってんだ。あいつの技術はまだまだだけど、絶対に強くなる。世界を変えられる。俺は、あいつをヒーローにしてみせる」
見下ろす赤眼に、炎が燃える。
守山は大きく息を吸い込んで、喉に力を入れる。
「いけぇぇぇぇぇっ! アウロラァ――ッ!!」
ブツンッ、と。喉奥で何かが裂ける音がした。
声の余韻が頭を揺らす。現実の感覚が泥の中に沈むように鈍くなる。
強く響いていた鼓動が、遠ざかっていく。
薄れていく意識の中で、また、百花の姿が浮かんだ。
顔を真っ赤にして、震える声で告げられた言葉。
本当はあの時も、ちゃんと聞こえていた。
――守山さんが好きです。わたしと付き合ってください。
言葉の意味をなぞって、心が冷えた感覚を思い出す。苦味が、舌に滲んだ。
(好きとか、そういう言葉じゃない)
(俺が早志に……そして、アウロラに抱いた気持ちは、そういうのとは違う)
眩しくて、直視できない。手を伸ばしても届かない。
それでも、見上げずにはいられない。
(俺の……憧れなんだ)
「嬢ちゃん! ダミーの核はたぶん全部潰した! ここ、狙え!」
ラゼルの声が暗闇の中で響く。薄っすらと開いた視界に、虹剣イリスを天に向けて掲げるアウロラが見えた。
表情は凛として険しい。吐く息が白く形を結び、緩やかに解けながら流れて行った。
アウロラの瞳に、光が揺れる。ラゼルが示した核を真っすぐに見据えている。
ブーツの爪先が崩れた床を蹴り上げた。彼女の降下に合わせて、赤いマントが翼のようにはためく。
イリスの切っ先を真下に向けたアウロラは、空間を刺し貫く声で叫んだ。
「虹天穿――!」
膨れた水肉を突き破り、ラゼルが突き止めた核の一点目掛けて突き下ろされる刃。
飛び散る飛沫のひとつ一つまで虹色に染めるような、美しい一撃だった。
モンスターは水の中で響くような太い咆哮を上げながら、自ら空けた穴の中へ沈んでいく。
「ちょ、おい、嬢ちゃん!」
ラゼルが慌てて叫び、モンスターが沈む水の中へと潜っていった。
守山は霞む視界の中で揺れるセトの姿を捉える。
表情は、もう見えない。
口元に刻んだ勝利の笑みさえ、上手く作れていたかどうか分からなかった。




