第41話・ディープコア①
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黒い影が、全容を表す。崩れた床を掴む手のような部位。滴る水は纏っているというより、身体を形成する要素のようだった。
足音は、ほぼ波の音。ザバン、と。暴力的な水音が霧を散らし、不穏な静寂を低い呼吸音が満たす。
守山は前傾姿勢のままでモンスターを観察した。
(海坊主みてえ……)
実物を見たことがあるわけではないけれど。
妖怪の絵本か何か見た生き物にそっくりだった。
「うぇええ、無理無理無理! デケェし! 怖すぎるって!」
「踏ん張れラゼル、ガチで逃げんな!」
反射で叫んだものの、喉に血の味が滲んですぐに後悔した。
霞む視界を上げた先で、ラゼルはなんとも情けない姿勢のままで踏みとどまっている。
守山は鋭い目を向けてラゼルに釘をさしてから、モンスターに視線を据えた。
崩れた床下を満たす水面から這い出る巨体。全体的に黒く見える姿は、水風船のように不安定に揺れた。
(水が主成分の身体の中に、コアがあんのか……?)
予測は概ね当たっているだろうが、問題があった。
(つって、どれが核だかわからねえ……)
揺れる巨体の中に、白い光が無数に散っている。大きいものから小さいものまで。明滅の感覚もバラバラで、その中で急所となる核を見つけるのは困難に思えた。
守山は傍らに立つセトに目を向ける。
セトは温度のないままの瞳で、じっと守山を見下ろしていた。
ふと、遠くで膨れ上がる気配。反射的に目を向けると、モンスターの身体がはち切れそうなほど膨らんでいた。半透明の胴体の中で、白い光が増幅していく。
「やっば……アウロラ! ラゼル! 避けろ!」
狙いは読めていた。弾かれたようにラゼルが動き、アウロラの肩を掴んで横に跳ぶ。数秒前まで二人が立っていた床が崩れ、そこからも水が噴き出した。
「兄貴ぃ……」
ラゼルの情けない声を聞きながら、思考を回す。心音がうるさい。上手く呼吸ができないせいで、詰まる喉が鬱陶しい。
守山はブルッと頭を振り、ひたすらモンスターを観察した。巨大な図体。移動速度は遅い。その代わり、体内に溜め込んだエネルギーを増幅させ、ピンポイントでの中距離攻撃が可能――弱点は。
守山はスゥと大きく息を吸い込む。衣服を強く掴んで痛みを誤魔化しながら、出来る限りの声を張り上げた。
「アウロラ! 上に行け!」
「は……ちょっと、こんな時までなに言って」
「あんた今丸腰だろうが!」
ビクッと身体を跳ね上げたアウロラは、何かを言いたそうな唇を結んであごを引いた。
「ねえ、待って、待って兄貴! 俺ひとりでなんとかしろってこと!? 俺だって……」
「あんまり嘘吐くとパーティ追放すんぞ」
守山が低い声で言うと、ラゼルは身体の動きをピタリと止めて、明後日の方向へと視線を逸らす。
「持ってんだろ、ウィンドエッジ」
傍らで息を呑む音がする。しつこく視線を据え続けた先で、ラゼルが背中に手を回した。
「ったく、お見通しだよなあ、兄貴は」
背中から正面へと戻した手には、三本の刃が握られている。
「……回収したはずです」
セトが低い声を出した。ラゼルは動じないどころか、どこか楽しげに返す。
「一本はちゃんと本物渡したよ。けど、残りの三本はダミーだ。ダミーのナイフは、あんたが溜め込んでた武器の中から拝借したぜ」
セトは顔を歪めて舌打ちをした。
ラゼルはあごを上げて、狡猾な笑みを浮かべる。
「俺なんかを選んでくれた可愛い武器だぜ? 離すわけねーだろ」
刃の切っ先に、ちゅっと唇を添えながら。
すっかり臆病な色が抜け落ちた表情に苦笑しつつ、守山は唾を呑んで息を整えた。
「ラゼル、敵さんよく見てみろ。相手は与えられる餌ばっか食ってデカくなったいわば養殖モンスターだ。攻撃の威力はデケェが、よーく太ってるせいもあって、動きはものすごく――遅ぇ」
ラゼルの琥珀の瞳に、少しずつ野性味のある光が宿っていく。
勝てる、という確信が、戦士を強く大胆にする。
守山はそっと口角を上げた。
「いちばん相性がいいのはなんだ?」
「……速さ」
「速さにかけては負けねえんだろ?」
「それ早く言ってよ、兄貴」
吊り上がった口角の隙間から八重歯が覗く。蹴り上げた床の上で、薄く張った水の膜がパシャンと弾けた。
ラゼルは軽い動作で詰み上がった瓦礫の上を上っていく。
途中、アウロラに手を貸して上のフロアに上げると、視線を交わして頷きあった。
「一方的になぶっちゃう感じでいいの?」
「いきなりデカい口叩くじゃねえか、やってみろ!」
煽りに答えるように、軽い笑い声が弾ける。瓦礫の上から高く飛んだラゼルの刃は、一直線にモンスターへと向かった。
バシャン、と、派手に弾ける水音。
モンスターの鈍い咆哮が、空間を揺らす。




