第37話・力の価値
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音の余韻が消えるせいか、呼吸のたびに命が吸われる錯覚を起こす。
(あながち、間違ってないのかもしんねえけど)
毒づく言葉は表に出さずに唾を呑んで、瞬きをして汗を弾いた。
神官は守山の頭からつま先まで視線を這わせる。そして、侮蔑を込めた息を吐いた。
「立っているのもお辛いでしょうに。あなたは大事な取引の材料なんですから、無駄に消耗しないでください」
「どの口が言うんだよ」
「……死にますよ?」
冷ややかな声が突き刺してくる。守山はじわりと湧く唾液を呑み下して、ハッと強く息を吐いた。
「俺が限界っぽくなると治癒の力かなんか流し込んでるくせに、よく言うわ。あんた、主導権握ってるような顔してるけど、実質消耗戦だ。違うか?」
青眼が鋭さを増す。滲むのは、明確な敵意。
神官は杖の上部を無造作に振り上げる。繋がった金糸がピィンと張り詰めて震え、同時に内臓を締め上げるような痛みが襲った。
「う、ぐ……かっ、は……!」
喉奥までせり上がる熱い塊を床に吐き出す。口内を染める鉄の味。地面に濃い染みを作る赤に、守山は口元を手の甲で拭いながら神官を睨みつけた。
「テメェ……」
「見くびらないでいただきたい。あなたひとりの命を繋ぎとめるのに消耗などしません。それは、奪うにしても同じこと」
胸から喉に掛けて、燃えるように熱い。胃液と血液が綯い交ぜになって器官を焼く。
守山は擦り切れる喉の痛みを無視して、本能のままに呼吸した。
「……あんた、本当はめちゃくちゃ強えだろ?」
氷の瞳は溶けないどころか、さらに硬く、凍てついていく。
「強さなど……無価値です。それどころか、害悪だ」
「力を憎む、ねえ……この世界の住人なら誰もが一度は抱く感情だろうな」
気を抜けば意識が飛びそうになる。痛みつけられた内臓は呼吸のたびに鈍く軋んだ。
「だが、人の価値観なんざそれぞれだ。力を憎むやつもいれば、力に希望を見出すやつだっていんだろ」
「その存在自体が禁忌です。災厄の元です」
「それが事実だとしても、何の権限があってお前の一存で潰せると思うんだよ。希望を潰してなんになんだ。奪われる恐怖におびえながら、息を殺して隠れて生きていくのか? 棄てられた武器の浸食が進み続ける世界で、モンスターに食い荒らされんのを許して……そんなんのどこに別の希望があんだよ」
「力を持った時点で潰される希望など、無価値だと言っているのです」
「なんで潰されるって言い切れる。力がなきゃ抗えない。希望は作れない。あんたのいう力を持たない世界で、みんなちゃんと――目線を上げられてんのかよ」
膝に手をついた前傾姿勢で、守山は神官の青眼を見つめる。
「ヒーローは、人の目線を上げさせる存在だ。希望を持つ人はうつむかない。
だからヒーローは、間違いなく希望なんだよ」
目線を上げろ、上を向け。
繰り返し自分に言い聞かせてきた言葉。
異世界でも通じるかは知らない。それでも、アウロラと出会い、行く先々で目にしてきた上を向く目線は、希望に満ちていた。
「それを無価値だと呼ぶあんたには、どうしても賛同できない」
「賛同してもらわなくて結構です。結局あなたも、自分の都合を通したいだけのようだ」
神官の瞳は、尚も些細な熱さえ宿さない。底なしに冷え切っている。
「力など……無価値だ。その意味を、あなたも知るといい。あなたの心の奥底にあるでしょう? 力に、絶望した瞬間が」
杖と繋がった金糸が、不意に光を失う。痛みが一瞬引いたかと思うと、急速に強い眠気が襲ってきた。
「ぅぐ……なに、を……」
「ほら、杖とあなたが共鳴している……一度眠るといいです。そして、思い出すといい。力に、希望などないということを」
「く、そ……っあ……ぅ……」
伸ばした手が、何も掴めずにただ空を掻く。
その様を捉えたのを最後に、守山の意識はまた暗闇の底へと引きずり込まれていった。




