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守山一路はヒーローになれない  作者: 依近
第3章・アクアランス編
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第29話・ラストライン


 守山は柄を強く握り締め、モンスターの身体を更に駆け上った。

 モンスターはせわしなく首を振る。守山が身を以て刃を止めたことで、ウィンドエッジを見失ったらしい。

 硬い岩肌をビリビリと震わせる咆哮が立つ。めちゃくちゃに尻尾を振り回すせいで、岩肌が溶けて崩れていく。


「くっそ……、暴れんなっつの……!」


 守山はモンスターの太い首に刃を突き立て、それを支えにぶら下がった。


「兄貴!」


 咆哮の隙間に聞こえるラゼルの声。守山は握った柄にグッと体重を乗せる。

 モンスターの咆哮が、一段高くなった。


「テメェの巨体じゃかすり傷かもしれねえけど……!」


 大きく息を吸い込み、吐き出さずに止めて。

 腹筋に力を入れ、大きく身体を折り曲げる。

 限界まで引き上げた身体。爪先を、できるだけ遠くを意識して投げ出す。


「ふ……っ!」


 両脚が、突き立てたナイフとほぼ平行の位置まで浮き上がった。

 見た目よりも重い体重と、限界まで引き上げた位置エネルギー。そこから振り子の要領で両足を振り上げながら、柄を握る右手に全体重を乗せる。


「うぉりゃああああああ!」


 ブチブチブチィ――と。筋と肉の切れる音。深く突き立てたナイフの刀身が肉を切り裂きながら一直線に降下する。

 肉を通過する抵抗。生温い血が飛び散り、指先が滑った。


「……フンッ!」


 振り下ろした両脚の靴裏をモンスターの身体に押し当て、両手で柄を握って残りの肉を切り裂いて離れる。

 途中、太い血管を傷つけたらしく、青い体液が噴水のように吹きだした。

 霧の粒子をねじ伏せ地上に注ぐ青い液。

 岩肌が抉れ、歪な断面からジュウと嫌な音が立つ。


(マズい……)


 守山は咄嗟に口布を引き上げ、背中を丸めて身を縮こまらせる。

 避けきれなかった体液が背中に降りかかり、針を刺すような痛みが襲った。燃えるような熱を持って神経を食い破る刺激。

 奥歯を強く噛んでいなければ、確実に悲鳴を上ていた。


「う……ぐ……っ」


 地面に膝をついて見上げる。

 モンスターは狂ったように咆哮を上げ、足を踏み鳴らして暴れた。


「ラゼル! 聞こえたら返事しろ!」


 モンスターの声にかき消されないように、腹の底から叫ぶ声。

 聴覚に意識を集中して、ラゼルの声が返ってくるのを待つ。

 予想よりも近い位置で返ってくる声に、守山はそっと口角を上げた。


「持ち主んとこ帰んな……頼むぜ」


 手にしたウィンドエッジに囁きかけて、守山は大きく半身を引き、振りかぶる勢いに乗せて刃を投げる。

 濃い霧と吹きだす体液が行方を隠し、見えなくなる刃。守山はモンスターの体液が滴る前髪を払い、黄金の光を見据えた。


「いけぇぇ、ラゼル! 突き刺せ――上からだ!」


 声が、霧の粒子を震わせ響く。一瞬の、無音。静止したような空気の中を、光の影が過ぎった。

 閃く黄金が、霧の中を駆け上がっていく。

 ラゼルなら、もう分かるはずだった。

 遥か頭上で強い光を弾く四つの切っ先。ラゼルの黄色いストールが風に乗ってはためき、逆さまになった長身がモンスターの頭目掛けて落下していく。

 一瞬だけ、その顔が見えた。

 琥珀の瞳が揺らぎ、唇の端から八重歯が覗く。

 舌が前歯を弾き、呼応するように切っ先が瞬いた。


「ウィンドエッジ……ラストライン――!」


 通りの良いラゼルの声が霧を裂いた。高速で繰り出される四つの刃。二つは突き出した両方の眼球に。一つは脳天に。そしてもう一つは喉元を貫く。

 ほんの、一瞬。息を呑むくらいの短い時間、モンスターの身体が静止する。

 天地を裂くような叫びが轟き、固い岩の地面がビキビキと音を立てて割れた。

 モンスターの身体に刺さったまま、ウインドエッジが強い閃光を放つ。

 光の柱が扇状に弾け、モンスターの身体を裂いた。

 モンスターはもはや声を発せない口を空に向けて開いたまま、全身から体液を噴き出しゆっくりと傾いていく。

 霧の粒子が暴れるように乱れて、巨大なモンスターは岩の地面に鈍い音を立てて沈んだ。


「はは……やった」


 漏れた声が掠れる。

 息を吐いて、強張らせていた肩の力を抜いた。

 途端、身体の奥が、鼓動とは違うリズムの脈動を伝え始める。

 意識しないようにしていたダメージが、じわじわと侵蝕を始めた合図だった。

 途中から、体液を浴びないようにすることなど忘れていた。どこが痺れて、どこが熱いかも判別が付かない。

 腰を下ろした地面に広がる青黒い液体。掌にもべったり付いた色に、後悔の文字が頭を過ぎる。


「……やっべ……」


 仲間が増えたという安心感がどこかにあった。

 温泉に浸かってだいぶ回復したということもあったかもしれない。

 言い訳が巡る思考が、鈍く歪んでいく。

 グラリと揺れる頭を掌で支えたのが間違いだった。

 鼻腔にスゥと入り込んでくる酸い匂い。脳天まで突き抜けて、鋭い痛みが走る。


 喉奥で自分のうめき声が聞こえたのを最後に、守山の意識は暗闇に呑まれて途切れた。

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