第28話・風の戦闘
隣に並ぶ仲間の鼓動が聞こえてきそう。
静かに運動を続ける霧の粒子さえ、鬱陶しく感じる。
それでも、払えない――目を逸らしたら負ける、と。本能が告げていた。
「あ……兄貴……」
震えた掠れ声で、ラゼルが呼ぶ。
「逃げんなよ、ラゼル」
「う、逃げない……けど、なんで、こんな何もないとこにモンスターが」
「お前のウィンドエッジ見てみろ」
「んぇ?」
琥珀の瞳を横に流し、ラゼルは刃へ目を落とした。
喉が擦り切れるような、息を呑む音がする。
「んな……めっっっちゃ光ってる……っ!」
「王家の武器っつーのは多分ぜんぶそうなんだ。戦闘で使ったあと、しばらく本来の力を喪う。そんで一定の時間が過ぎると、また力を取り戻すんだ。どうやら、アウロラの剣よりラゼルのがナイフのほうがチャージが早えみたいだな」
「うお、マジか……もしかして、俺のウィンドエッジがモンスター呼んじゃった感じ……?」
ラゼルの声にほんの少し涙の気配が混じった。
「受け入れなさい、ラゼル」
毅然とした声が打ち破る――下のほうから。
覆い被さる守山の下から這い出たアウロラは、長い黒髪を左右に振って息をついた。
「力を持てば脅威が来る。この国で生まれたなら十分わかっているはずよ。それを手にして進むと決めたなら、受け入れるの」
体勢はやや不格好ながら、真っすぐな芯が通った言葉。丸まりかけていたラゼルの背中がわずかに伸びる。
「兄貴……俺、やれるかな」
「今、やるって決めろよ」
琥珀の瞳がこちらを向く。守山はモンスターから目を離し、ラゼルの視線に答えた。
ラゼルの表情から、恐怖の色が抜けていく。
代わりに、狡猾で恐れ知らずの盗賊の笑みが浮かんだ。
「……シャア! 俺が相手してやんよ、モンスター野郎!」
咆哮を上げるモンスターの白い腹目掛けて駆け出すラゼル。
風の余韻が顔面に吹き付け、守山は反射的に両手で風圧を防いだ。
「はっや……」
金の軌跡がモンスターの胴回りを一閃する。モンスターは青い血を撒き散らしながら叫び声を上げた。
「やるじゃない、彼」
守山の下から完全に這いだしたラゼルは、虹剣イリスを胸に抱いて呟く。
そっと、布に包まれたイリスを見下ろす。透けて見える光はなく、沈黙したままの刀身。
「……アウロラ、この場は俺らに任せてくれるか?」
紅玉石の瞳が丸く見開き、小さな唇が引き結ばれる。
「モリヤマが、そう思うなら」
「ああ。でもヤベー時は助けてくれよな――俺のヒーロー」
白い肌が真っ赤に染まる。我ながらキザすぎたなと反省を抱きつつ、守山は駆け出した。
霧の中で全身が見えないほどの巨体。白黒の岩場に紫の鱗が異様な存在感を放っている。全身から滴る異常な量の水は、おそらく彼の生息域を示すものだ。
「両生類……か?」
低くつぶやいた守山は、モンスターの巨体の周りを円を描くように飛ぶ金の軌跡の元を目で追った。
終着点に向かって駆けると、肩で息をするラゼルがいる。
「ラゼル!」
「兄貴! ダメージは与えられてんだと思うけど、どう倒す?」
背中に肩を付け、守山は相手を観察する。
見上げた先、霧の中にぼんやりと光る黄金の双眸。その目は自身の体躯の周りを飛ぶ黄金の刃を追っていた。
(声で挑発はムズい……か。けど、ウィンドエッジしか眼中にないっつーなら、やりようはあるか)
ゴクリと唾を飲む一瞬、足場が揺らぐ。
視線を落として観察する。硬い岩盤が溶け、泥のような質感に変化していた。
慎重に踏み込む足。沈んだ先に足場はない。
(地面の性質変える特性も持ってんのかよ……)
(なら、速攻で決める)
「ラゼル、そのまま攻撃続けろ。絶対に取られんなよ」
「うっ……頑張る。兄貴は?」
「ああ――最高の見せ場を作りに行く」
ニッと深く吊り上げる口角。守山はラゼルが刃を放つタイミングに合わせて、逆方向――モンスターの死角となるほうに駆け出す。
全身は見えずとも、背中から垂れた巨大な尻尾で背後は分かる。どれだけ柔軟性のある生き物でも、180度首を回転することは大抵不可能だ。
(ヒーローの掟に反するっちゃ反するが……やらせてもらう)
守山は地面に垂れた尻尾を踏みつけ、モンスターの背中を駆け上がる。
違和感に気づいたらしいモンスターの首がわずかに振り返るが、彼の興味はすぐに逸れて、再び正面を向いたのが分かる。
(足場崩されても、デカブツの上なら問題ねえ)
硬い鱗に足を引っ掛けバランスを取る。
霧の中に目をこらし、前方を見据えた。
霧を裂く刃の音。粒子を弾く水音が、少しずつ大きくなる。
白い視界に一粒、瞬く光。
守山は大きく目を見開いて、息を止めた。
「……ぐっ……」
真っすぐ飛んでくる刃を、左肩で受け止める。
勢いよく噴き出す血液。防護用に銀貨の入った財布を仕込んでいたとはいえ、鋭い切っ先は身体まで届いて肉を裂いた。
短い刀身と防護のお陰で、傷はそこまで深くない。柄の部分を掴み、勢いのまま引き抜く。
ウィンドエッジはズシリと重く、ラゼルの手の中にあるときのような黄金の輝きもない。
「……ったく、本当に素直な武器だよ」




