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守山一路はヒーローになれない  作者: 依近
【番外編】ラゼル外伝
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【番外編・ラゼル外伝】風の呼ぶ声③


 昼の内に地上を存分に焼く太陽は、夜にまで温度を残さない。

 手足を縮めて縮こまる。肌を掠める冷たい風にクシュンとくしゃみが出た。

 その拍子に、ガツンと頭蓋骨を揺さぶる衝撃。

 蹴られたらしい頭を押さえて、ラゼルはのそりと身を起こした。

 立ち上る炎が、漆黒の夜をオレンジ色に照らしている。

 ラゼルは上手く開かない目を送って、招く手に従い立ち上がる。


「おら、ちゃんと目開けろよ」


 重力に逆らわず、ガクンと垂れたままの肩に触れる手。欠伸を吐いて見上げた先には、呆れ顔のフウがいた。


「んぁ、フウも起こされたの?」

「お前のくしゃみで起きたんだよ」


 フウに肩を揺すられて、ようやく背骨が役割を思い出す。

 焚火の囲み、円座を組む一団。上座にいる盗賊団のカシラに頭を下げて、ラゼルはフウと共に開いているスペースに座る。フウの逞しい二の腕に寄りかかるように身体をつけると、心地よい体温のせいか重い頭がグラグラと揺れ出した。


「……おい、寝るなよ?」

「んぅ……がんばる」


 夢の中と現実を行き来する間に、話が始まった。

 ぼんやりと霞む思考に、断片的に話が滲んでくる。

 炎の爆ぜる音がやたらと大きく聞こえるのは、誰一人物音を立てないせいだった。

 カシラの話が進むたびに、緊張は高まり、静寂は濃くなっていく。

――なんだ?

 ひりついた空気に、ラゼルはようやく傾けていた身体を起こす。

 傍らにいるフウを窺おうとしたタイミングで、仲間の呼ぶ声がした。

 ラゼルはカシラの前に進み出て、片膝をついて深く頭を垂れる。


「お前か――速いやつは」


 低く、太い声。ラゼルは肩を強張らせ「へい」と短く返事をした。


「狩りに加われ。絶対に手に入れてこい」


――なにを?

 聞くことは許さない。空気がそう告げていた。

 ラゼルはさらに深く頭を垂れて、拝命の返事をする。

 周囲からいくつも聞こえてくる、呼吸を止める音。小さく舌打ちする音。力の抜けた笑い声。

 背中を冷たい汗が伝った。

 ラゼルは喉奥で詰まる息を無理に押し出しながら、フウの元へと戻る。

 呼吸が上手くできない。


「……フウ?」


 フウは、緑眼に動揺の色を浮かべて、青ざめた顔をしていた。

 冷えて硬くなる指先を握って、ラゼルは周囲に視線を走らせる。

 皆、ラゼルと目が合う前に顔を背けた。

 背後で、炎の音だけが大きく聞こえる。

 足元がグラつく。必死に握り締めていたものが解けて、バラバラと剥がれ落ちていく感覚。

 もともと誰かのものだったアクセサリーが重く、首を圧迫する。


「は……は……は」


 吸い込むばかりで、息が吐けない。


「――ラゼル!」


――フウ。呼び返そうとした声は、音になる前に口の中で消えた。

 不意に襲ってきた暗闇の中へ、ラゼルは成すすべなく意識を手放した。



 夜明けの少し前。

 どん底まで冷えた空気の中を、重い身体を引きずり歩く。

 風が暴れている。打ち付ける細かい砂礫が頬を打ち、乾燥した皮膚を容赦なく傷つけた。

 ラゼルは首に巻いたストールを引き上げ、その内側で呼吸する。

 傍らを歩く盗賊団の仲間がすすり泣く声を上げるたびに、バサードに乗った別の仲間が彼を鞭打った。


(地獄へ行くんだ)


 本能が告げる。

 盗賊団が襲った商人の妻が、最後まで抱いて離さなかったいう赤ん坊。

 それをカシラに無断で物好きな古参の仲間が拾い、匿って育てたというのが――ラゼルだった。

 親の仇である一団に育てられ、物心ついたときから盗みや殺しは日常茶飯事。

 ろくな環境じゃなければ、自身もろくな人間じゃない。

 ラゼルは自嘲気味の笑いを吐く。

 バサードの上から睨んでくる仲間には、両手を挙げて首を振ってみせた。


(でも、もし、本当に上手くやれたら)

(生きてていいって、思えるかもしれない)


 心の底に燻ぶったまま残る欲望の欠片に、ラゼルはまた低く笑う。


「……おい」

「さーせん。なんでもないですって、兄貴」


 歯を見せて力の抜けた笑みを浮かべれば、相手も毒気を抜かれたように正面に視線を戻す。

 先を歩かされているやつらが、なにをそんなに悲愴でいるか分からなかった。

 樹木がうっそうと茂るエリアに足を踏み入れたとき、ラゼルはバサードに乗った仲間と共に入口で待っているように命じられる。

 バサードに乗った仲間は、固い表情のまま影の中に消えていく仲間を見つめていた。


(……風の音が、なんか変だ)


 引っ掻くような音。そして、生々しい温度を感じる。首筋を撫でる風は吐息のようで、思わずブルッと背筋が震える。


(逃げようか)


 右手がずっと、チリチリしていた。呼吸が浅くなり、執拗に胸が上下する。


(――逃げたところで)


 重く圧し掛かる、予感。ここまで足を踏み入れた時点で手遅れだという、根拠のない思いが拭えない。

 地面が低く振動する。風の音が重く、湿り気を帯びた。

 傍らにいるバサードが狂ったように鳴いて暴れ出す。

 呼応するように、樹木にとまっていた鳥たちが一斉に飛び立った。

 空気が、裂ける。

 風の音じゃない。これは――咆哮だ。


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