第25話・未完成なヒーロー
砂嵐が頬に当たらないのは久しぶりだと感じる。乾いた粒子は時折吹く風に巻き上げられ、白い砂原の上を踊るように跳ねて行った。
光を収めたウィンドエッジが、再び力を取り戻す前に。
守山はラゼルの不満そうな視線を項の辺りに感じながら、その刃に古布を巻き付けていく。
「……これで良しっと」
「なんかやっぱ、ダサくね?」
唇を尖らせ呟くラゼルを、アウロラの鋭い睨みが突き刺した。
ラゼルは「ひぇっ」と小さく悲鳴を上げ、守山の背中に隠れるようにしゃがみ込む。
「あなた、何度言ったらわかるの? この地上で武器は災厄のもとなの! 持っているだけでモンスターに襲われるんだから、隠しとかなきゃダメなんだからね!」
守山はアウロラの主張を聞きながら、背後に聳える壁を見上げた。
壁の向こうには集落がある。風に乗って子供たちが走り回る声が聞こえてきた。
手の中のウィンドエッジに改めて視線を落とす。災厄を呼ぶ武器。
ふと、肩に掛かる荷重で、深く沈みかけていた思考が現実に戻る。
「分かってる。めちゃくちゃ分かってるよ! ……身を以て、な」
言葉尻のトーンを落として言うラゼル。アウロラはラゼルの事情を知らない。戸惑う目を向けるアウロラに小さく頷きを返すと、彼女は一度唇を引き結び、小さな声で言う。
「あ……その、ごめんなさい」
頭の上に腹が乗る。ぐぇっと上げそうになる声を堪えつつ、守山は頭上で交わされるふたりのやりとりを黙って眺めた。
「ううん、ぜんぜんいーよ。お嬢ちゃん、素直で可愛いね」
「……そのお嬢ちゃんっていうのやめて」
「んー? じゃあ、アウロラちゃん」
「もっと嫌」
「ぉん……」
ぷいっと顔を背けるアウロラに、守山は声を上げて笑う。声でようやく存在を思い出したのか、ラゼルが頭の上から退いた。
守山はブルッと首を振り、布で覆ったウィンドエッジを掲げる。
布の隙間に覗く銀の腹。今まで目にしたことのあるどの金属とも違う。血が通ったような温度を宿す刃だった。
「……さて。このウィンドエッジはどうすんのが最適だ? アウロラ」
呼びかけた先で、アウロラがビクッと肩を跳ね上げる。
数秒の間宙をさ迷った視線は、やがて地面の一点で止まった。
「……もともと、武器を回収することが目的だったし、このまま持っていく。けれども、道中の危険は増すわ」
「んだろうなあ……でもそれも、想定の内だろ」
目線をチラと上げて、守山と目を合わせたアウロラは小さく頷いた。
「わたしも剣士としてはまだまだ未熟だし、モリヤマに持っててもらうのがいいと思う……けど」
アウロラの瞳に逡巡が浮かんだ。守山はあえて言葉を挟むことはせず、彼女の判断を待つ。
「モリヤマも、それは使いこなせないのよね」
「……まあな。得物を扱うこともないわけじゃなかったけど、所詮俺はヤラレ役だ」
「それに……ウィンドエッジは、そっちの人を選んだ」
守山は肩越しに振り返り、ラゼルと目を合わせた。
握ったウィンドエッジは、体積の割にズシリと重い。
「ラゼル」
呼んで、彼の手にウィンドエッジを握らせた。ひょいと軽く持ち上がる手の動作。布の内側で、刃が仄かに光を放つ。
「ああ……間違いねえな」
ラゼルはしばらく刃をじっと見つめて、やがて琥珀色の目を上げた。
視線の先にいるのはアウロラ。彼女は小さく息を吐き、ラゼルに視線を返す。
「あなたの意志を尊重する……と言いたいところだけど……その」
言葉を呑み込む沈黙に、軽く空気が爆ぜるような明るい音が落ちる。
「いーよ、嬢ちゃん。危ないとか、俺の命とか、心配してくれなくても。俺は一度死んだようなもんだし……っていうかたぶん、今生まれたばっかってほうがしっくりくるかも」
「さすがに、それは」
「いいんだって。俺がそう思いたいの! 過去にやっちまったことを帳消しになってできるとは思ってないけど……胸張って、あんたらの仲間だって言いたい」
アウロラの瞳が光を弾いた。守山の背中を離れて前に歩み出たラゼルは、アウロラの前で膝をつく。
「俺も、あんたらの仲間にしてよ。これからは、あんたのために走る――俺の、ヒーロー」
聞き覚えのある言い回しに、胸の奥がじわりと熱を帯びる。
息が詰まる音がして、アウロラの首から上が真っ赤に染まった。
ホゥ、と淡い息を吐いて、アウロラは虹剣イリスの柄を握り締める。
背筋がまっすぐに伸びた立ち姿。長い黒髪が流れ、艶を帯びた黒が風を染めた。
小さな唇がわずかに動き、音をこぼす。
「……ラゼル」
呟かれた名前に、ラゼルは深く垂れていたサンドベージュの髪を跳ね上げた。
「やっと名前呼んでくれた!」
「うっ、それは、その……」
アウロラは視線を泳がせて俯き、唇を引き結ぶ。
ラゼルは地面に尻を着き、首を反らした逆さまの姿勢で守山を見た。
「あはは、まだ未完成なヒーローだな! 兄貴!」
アウロラがむっと唇を尖らせるのを視界の端に入れつつ、守山は苦笑を返す。
「ああ……けど、俺が絶対、この世界で一番のヒーローにするから」
紅玉石を真っすぐに見据えて。アウロラは瞳に浮かべた光を揺らし、大きく頷いて虹剣イリスを抱きしめた。
守山は膝を打って音を響かせながら立ち上がる。
「さて、飯食いに行くかあ! ラゼルの奢りでな」
「は? なんで俺?」
「お前、俺の財布から銀貨盗んだだろ。分かってんだぞ」
瞼を半分下ろして睨みつける。ラゼルはばつが悪そうに宙に視線を泳がせた。
その横を通過しながら、アウロラは冷ややかな視線を向ける。
「その手癖直さないと、仲間だって呼ばないからね」
「えぇ!? そりゃないって、嬢ちゃん! もうしない! しないから!」
砂を蹴り、慌てて追いかけてくるラゼル。
ひと跳びで距離を詰め、後ろから守山とアウロラの肩をがっしりと抱く。
バランスを崩しかけたアウロラは、恨めし気な視線をラゼルに向けた。
「もうっ、ちゃんとヒーローの自覚持ちなさいよね!」
「え、俺もヒーローでいいの? なあ、兄貴、本当?」
キラキラの琥珀色を向けて問うラゼルに、三角耳とブンブン揺れる尻尾の幻想を思い浮かべる。
守山との身長差は多分、少なく見積もっても20センチ以上。
否応なしに見上げざるを得ない視界に、守山は小さく溜息を吐いた。
「……あんたも十分ヒーローだよ」
「なんでそんな覇気ない感じなわけ? なー兄貴ぃ」
じゃれつくラゼル押し返しつつ、集落の入口から中へ入った。
住民たちは、久しぶりに止んだ砂埃に沸いていて、守山たちを明るく迎える。
布に包んだ王家の武器が二つ。
風の音に、モンスターの低い咆哮が混じるのが聞こえた。
《第二章・END》




