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守山一路はヒーローになれない  作者: 依近
第2章・ウィンドエッジ編
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第23話・上昇気流


 咆哮を上げる竜巻は、また元の大きさ程に育っていた。

 風の中で翻る虹色。アウロラが剣を振るたび、竜巻は怯えたように形を変える。

 虹剣こうけんイリスの力はもとより、アウロラの気迫が勝っている証拠だった。


「はぁ……は……はぁ……」


 アウロラは息を切らしながら、剣を構え直す。消耗の色は濃くとも、目立った傷は負っていない。


「アウロラ!」


 呼びかけて、彼女の傍らに添う。ハッと視線を向けたアウロラは紅玉石の瞳を一瞬じわぁと潤ませ、すぐに頭を強く振った。


「もう、遅い!」

「ごめんって。でもちゃんと持ちこたえたじゃねえの。強くなったな」

「……当たり前じゃない」


 白い頬が赤く染まり、口元がもごもごと動く――歓喜を堪えている顔だ。守山は密かに目を細める。


「全然まだやれるけど、正直、手ごたえはあんまりない感じ……どうしたらいい?」


 一度伏せた瞼が再び開くと、決意の色を宿した瞳が向いた。

 戦士の目を見せるようになったアウロラを頼もしく思いつつ、守山は目の前の竜巻を見据える。


「手は打ってんだ。少しだけ、信じて待ってろ」

「信じるって、なにを?」


 風の質が変わる。咆哮が、悲鳴のように空気を裂き、地面を揺らした。


「なに……?」


 アウロラは目を見開いて虹剣イリスを構える。守山は顎を引き、口元に薄っすらと笑みを浮かべる。


「あいつは絶対上手くやる。だから、合図が聴こえたら思いっきり答えろよ、アウロラ」

「答えるって、私が? っていうか、あいつって……」


 戸惑う声を上げるアウロラの肩に自身の肩を重ねてぐっと押した。


「あんたが決めなきゃ誰が決めんだよ。みんなの声援がない分、俺がめいっぱい応援してやるから」


 触れた部分がじわりと熱くなる。微かに伝わる震えに、かける言葉をミスったのでは、と一瞬不安が過ぎる。

 そっと目線を上げて窺う横顔。そこにある表情を目にして、守山は唇の端を深く吊り上げた。


「声援を受ける意味、分かってきたんじゃねーの?」

「……あなたはもっと、自分の言葉が持つ力を知った方がいいわ」

「おぅ、俺の声はデケェからな! どんだけ離れても、絶対に届けんぜ」

「……もう」


 最後は不満げにそう吐いて、アウロラは吹っ切るように虹剣イリスを構える。

 守山は竜巻を見据え、細い呼吸を繰り返した。意識を全て、風の音へと向ける。

 巻き上げられた砂がぶつかり、細く弾ける音が何度も立つ。一定のリズム、ゴゥゴゥと唸る風の音が変化する一瞬を待つ。


「……まだ?」

「ああ……でも、必ず来るさ」

「うん――信じるわ」


 触れ合った箇所がじわりと汗ばむのを感じた。永遠のような時間。口の中に入り込む砂を吐くのも億劫で、唾に混ぜて呑み込む。

 ザラついた感触が胃まで落ちて行くの感じたとき、耳がわずかな変化に反応する。

 守山はハッとして顔を上げた。動作につられてアウロラも顔を上げる。呼応する動作を心地よく受け止めて、守山は目を見開いて竜巻を見つめる。

 唸りを上げて渦を巻く風が一瞬、止まった。

 高く積み上がっていた風が解け、再び崩れた結び目を繋ぐように縫い合わされていく。

――一瞬。


「――()()!」


 立ち込める砂埃を裂いて、通る声が砂漠中に響いた。

 守山はドンッと肩が押される衝撃に二三歩バランスを崩しながらも、離れて行った熱の方を見上げた。

 駆けていく赤いマントが揺れる背中。黒いブーツの靴底が白い砂を蹴り上げる。右手に携えた剣が、強い光を弾いた。


「いけぇぇ! アウロラァァ――!」


 腹の底から声を張り上げる。アウロラは再び積み上がっていく竜巻の前で地面を跳ね返し、高く飛び上がった。


「ぅ、きゃあああ!?」


 アウロラの身体は風圧に飲まれ、立ち上がっていく竜巻の中でもみくちゃになる。


「アウロラ、風に飲まれんな! 利用しろ! 上まで昇れ!」


 一瞬だけ目があったアウロラの瞳には恨みがましい色がこもっていた。守山は彼女の批難を甘んじて受ける意味も込めて、その目を強く見つめ返す。

 体重が軽いのは利点。身長の割に体重の重い守山の身体も浮かして見せたのだから、少女の身体を吹き上げるなど造作もないだろう。

 金の双眸はアウロラを捕らえ、鋭い目を据えていた。

 呑み込んだことでもう勝ったものと思っている。虹剣イリスさえその身に取り込もうと思っているかもしれない。


「イリスを絶対離すな! そいつはお前だけの味方だ! 俺でさえ持ち上げられないんだから、モンスターなんかに持っていかれるなよ!」

「わかって……る、わ、よ……!」


 柄を握った剣先が下を向く。イリスに裂かれた風は解け、竜巻モンスターはその度に焦るように自らの体を修復し続けた。

 どこまでも高く伸びていく竜巻。雲さえ巻き込んで、曇っていた空が一気に晴れる。

 雲が取り払われた快晴の空に、強く輝く陽光。見上げた先、七色のプリズムが網膜を焼く。


「……やれ、ヒーロー」


 守山が小さく呟くのに重ねるように、もう一つの声が轟いた。


「シャア! 見たか、モンスター!」


 拳を振り上げ、興奮した声を上げる褐色肌の男――ラゼルだ。

 ラゼルは鼻先を天に向け、興奮に頬を赤く染めて叫んでいた。

 遠目にも分かる、傷だらけの全身。しかしその眼は希望に満ちて、空高く昇りきったアウロラを見つめている。


「いっけぇぇぇ! ヒーローォォォッ!」


 ヒーローの意味など知らないはずなのに。純粋なその言葉は大地を揺らし、空に響き渡る。

 声援は、ヒーローを強くする。

 守山は叫びそこねた大声を胸にしまい、代わりに強く拳を握った。


「プリズマティック――ヘヴンフォォォール!」


 澄んだ高い声が上空から真っすぐに空気を切り裂く。

 カッ、と弾ける虹色の光。

 光る剣先は竜巻を空から地へと一直線に貫いた。

 咆哮が上がり、一閃の落下点を中心に爆発したような砂埃が弾ける。

 白い噴煙が膨れ上がり、周囲の砂をすべて吹き飛ばした。


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