第22話・ふたりのヒーロー
ぶつかる刃のひとつを力尽くで剥ぎ取った。
三本に増やした刃の刃先を広げ、腕を思い切り横に払う。甲高い咆哮が轟き、金色の目が左右に振れながら離れて行く。
風が強くなる。
地鳴りは轟音を立てて砂を巻き上げる。
空は噴き上げられた砂に覆われ、陽光さえ遮られた。
影が一面を覆い尽くし、風の音に混じって低い咆哮が空気を揺らす。
守山は手の中で光る刃を見た。全部で三本。目の前の竜巻型モンスターが持っていた刃はすべて回収したらしい。
「これで全部……か?」
(全部揃ったらなんかこう、ピカーッて光ったりすんのかなって思ったんだが)
予想は外れ。守山は砂を被ってじゃりじゃり音を立てる頭を掻いた。
背中を冷たい汗が伝う。見上げた先の竜巻は、人間ひとりの力ではどうにもならない大きさまで育っていた。
「やっべ……」
風の音に紛れるくらいの声量で、小さく呟いた。
ウィンドエッジが全て揃って未知の力が炸裂することに懸けていた、なんて今さら言えない。
「そんでも……やるしかねえ」
頭を過ぎる「敗北」の予感を振り払い、三本に増えた刃を構える。
金色の目は執拗に守山を見据えたまま、周囲のものを砂をすべて吸い上げるように勢いを増す。重心を置く位置を間違えれば、風に持っていかれる。守山は奥歯を噛みしめながらも尚、唇に薄い笑みを浮かべた。
「絶望の中でも、希望を捨てるな……最後まで立ち続けているやつに絶対、勝機はくる!」
奮い立たせるように叫ぶ。構えた金色の刃が一瞬――虹色の光を反射した。
守山は目を見開いて、背後を振り返る。
「……ほらな」
濃い砂埃の中に一筋差し込む光。虹色の輝きに目を細めて、守山はゆっくりと目尻を窄めた。
「ヒーロー様の登場だ」
強い意思を宿した赤い目。艶黒の長い髪が風に煽られ閃く。白いスカートの裾をはためかせ、アウロラは虹色の剣を一閃した。
虹剣イリスが纏っていた古布が解け、虹色の刀身が露になる。
アウロラが剣を高く掲げると、砂埃がサァと割れ、一面を覆っていた影が光に染め変えられていった。
「はぁ!」
鋭く空気を震わせる気合の声。アウロラが振り下ろした切っ先の軌跡をなぞるように光が竜巻型のモンスターを引き裂く。
ブワッと巻き起こる強風。しかしその勢いは攻撃的なものではなく、どこか包み込むような温かさを持っていた。肩に触れる体温。守山は踏ん張っていた足の力を解き、触れた熱に身体を寄せる。
ちょうど、背中合わせになるような位置関係。守山は横顔を振り仰ぎ、笑顔を向けた。
「待ってたぜ、アウロラ」
「ボロボロじゃない、バカ……わたしのこと置いてったりするからよ」
「あんたに声かけに行ってる暇なかったんだって。それに、まだ寝たんじゃねーの?」
揶揄う口調で添えた一言に、アウロラは黙った。守山は苦笑して、三本の刃を顔の横に構える。
「……それ、ウィンドエッジ……!」
「やっぱり、そうか」
「一本足りないけど」
「……なるほどな」
守山はアウロラの傍を離れて走り出す。
「ちょ、モリヤマ!? あいつまだ倒してないんだけど!?」
「いずれにせよお前の串刺し一発がなきゃ倒せねえんだよ! 必ず《《上》》に行かせるから、ちょっとそこで踏ん張っててくれ!」
「はぁぁ?」
アウロラの声が風の向こうに掻き消える。アウロラの戦闘力は微妙だとしても、手にしているのは地上最強の武器・虹剣イリスだ。イリスがアウロラを主人と認めている限り、モンスターに負けはしないだろう。
守山は倒れた姿勢のままでいるラゼル前に立つ。
ラゼルは変わらず、途方に暮れたような瞳で見上げてきた。じっと見つめる内に、琥珀の瞳の奥に微かに光が揺れるのを目にする。
「なあ、俺が闘うの、見てただろ?」
「……うん、すごかった。勝てそうにないのに、一歩も引かないで」
「勝てそうにないは余計な? まあ、そう見えたならあんたいい目してるよ。なあ、いい加減立てよ。怖くて腰抜けたか? それとも――立てない理由があんのか?」
守山は睨みつけるようにラゼルを見た。ラゼルは唇を引き結び、ゆっくりと身体を起こす。
「……やっぱりな」
腹の下から、金色の光る刃――ウィンドエッジの最後の一本が現れた。
ラゼルは迷子の子供ような表情になって、しきりに首を振る。
「盗ったとかじゃない! 本当に兄貴が心配だったんだ……全部渡したら、兄貴だけが狙われるって……」
怯えた瞳。声が喘ぐように惑い、時折喉が引き攣る音が混じった。
守山はフッと力を抜いて笑う。そしてその場にしゃがみ、ラゼルと目線を合わせる。
「別に責めちゃいねえだろうが。あんたの意図がどうであれ、これでウィンドエッジが全部揃ったってことなら、結果オーライだろ」
「んぇ、いいの……?」
「まあ、いいかどうかは、これからのお前次第だ」
守山はラゼルの琥珀の瞳を覗き込み、口の端を吊り上げた。
ラゼルの顔に不安が滲む。どうやら、勘のいい男のようだ――嫌な予感ってやつをしっかり感じ取っている。
守山はラゼルの手を取り、その手に握られた刃の上に、残りの三枚を重ねて置く。
「あ、兄貴……?」
「あんたに託す。あんた、投げナイフ使うんだろ? だったらこれも扱えるはずだ」
「んぇ、ちょっと……! 確かに形は似てるけど、俺みたいになんもないやつに王家の武器持たせるなんて無茶……」
「そうでもねえだろ」
守山は刃を押し返そうとするラゼルの手を押さえつけ、上から強く握る。
「ちゃんと握ってみ?」
言い含めるように、ゆっくりと言葉をかける。ラゼルは泣きそうな目を瞬いて、浮き立つ喉をゴクリと鳴らした。
そろり、と。押さえつけていた掌を外す。ラゼルは呆然と守山を見上げたあとで、自身の掌へと目を落とした。
微かに動く指先。躊躇う指が刃に触れると、4本の刃は共鳴し合うように刀身に光を宿し、やがて眩いほど強く光を放った。
「うわ……っ!」
「ッシャア! 来ただろこの奇跡級の発光! ばっちり狙い通りだぜ!」
興奮に叫ぶ守山とは裏腹に、ラゼルは狼狽えた声を上げる。
「ちょっ……、あぅ、あにき! 何言ってんだよ! なにこれ、すげー光ってる!」
「それが狙い通りだって言ってんの! アウロラ風にいうとアレだ、その武器がお前を主人に選んだってこと! お前にその武器を扱える適正があんだよ!」
「俺、に……?」
光に照らされたラゼルの顔に、希望の色が広がっていく。ハッと息を吐いたラゼルに応えるように、刃は一層光を増した。褐色の頬が紅潮する。琥珀の瞳の奥に、微かな決意の光が揺れた。
「……走れんだろ?」
ラゼルは小さく顎を引いた。その手は強く、四本の刃を握りしめている。
「じゃああの竜巻目指して走れ。そんで、あんたの攻撃が届く位置でその刃を風の向きとは逆に投げるんだ」
「……それで?」
聞き返すラゼルの瞳に、もう不安の色はない。
(無茶だって言うかと思ったけど、むしろ「それだけでいいのか」って顔してやがる)
(さすが、王家の武器が気に入る器だ。やるじゃねーの)
「もう一個。刃を投げたら叫ぶんだ――昇れ、ってな」
「昇れ……」
ラゼルは口の中で小さく繰り返す。そして再び、今度は深く顎を引いた。
「俺、やるよ」
「ああ。ちゃんとできたら全力で逃げていいぜ」
「そうする。生きてるのが、セイギだもんな!」
笑った口元に八重歯が覗く。初めて見た時と変わらない無邪気な笑顔は相変わらず眩しかった。
きっと、言葉さえいらない。ラゼルはもう、ひとりでに掴んでいる。
「今にお前は、ヒーローになる」
走り出すラゼルの背中に向かって、守山はひとり呟いた。




