第21話・風の正体
「おれ……?」
涙声が繰り返す。喉が引き攣る音が重なった。
「それは俺らが探してたもんでもあるから、見つけられたことは正直助かる」
ラゼルの表情が仄かに緩む。こんな些細なことでも、彼は人の役に立つことを喜ぶようだった。
守山はそっと息をつき、ラゼルに笑顔を返した。
「それに。あんた、まだちゃんと生きてんだろ?」
ラゼルの琥珀の瞳が瞬く。
「生きてる限り、負けじゃない。負けなきゃ、それが正義だ」
「なに、セイギって」
「ヒーローの絶対条件だよ」
守山はニッと歯を見せて笑う。そして、目線を上げて竜巻状のモンスターを見上げた。
目は在る。けれども、中心から見上げても本体らしき影は見えなかった。吹き上げられた砂が実体のような形を成しているだけ。
遥か頭上に、金色に光る刃が見える。あれがラゼルが見つけたという王家の武器――ウィンドエッジだろう。陽光を翻し届く光が、アウロラが持つ虹剣イリスの輝きに似ていた。
「ラゼル、いったんそれ俺に貸してくれ」
「それって、ウィンドエッジのこと? ダメだよ兄貴、危ないよ」
「だからってずっとお前の腹の下に隠しとくわけにもいかねーだろ。この状況、なんとかしねえと」
ラゼルはうめき声のような低い音を立てる。ジリジリと動く腕。砂を掻く刃の音。情けなく眉尻が垂れた琥珀の瞳が振り仰ぎ、懇願するような色が向く。
「俺はヒーローになれないけど、大丈夫。ヒーローは遅れてやってくるもんだからさ」
「なあ兄貴、そのヒーローって、何?」
「……ぜんぶ終わったら教えてやる」
発育はいいのに、ラゼルはまるで子供のようだった。流されて生きてきたせいか、瞳にはずっと迷いが消えない。出会ったばかりの守山の言葉さえ信じて、「価値あるもの」というだけで禁忌の武器に手を出した。
(愚かすぎって叱ることはできるけど、そうするだけじゃこいつの今後のためにならねえ)
(生きてるやつを生かす。それができるのが、ヒーローだ)
なれないと何度も言ってはいるけれど、思うだけなら自由だろう。
胸の奥が、熱く燃えた。指先まで伝わる熱。
守山が地面スレスレの位置に差し出した手に、ラゼルの手から金色の刃が触れる。
ボゥと眩く光る刃。渦巻いていた気流が、動きを止める。
遥か頭上にある双対の眼球が揃ってこちらを見下ろし、猫の爪にように細い眼球が守山を捉えた。
「オラ、欲しいのは――これだろ?」
刃が光を放つ。動きを止めた風が形を変えて、刃の形になり一直線に守山へと向かう。
守山は胸の前に刃を構えた。金色の双眼が鋭く光り、風の音が咆哮に変わる。
吹き付ける風。轟音が耳を塞ぐ。けれども目だけは閉じることなく、迫ってくる刃を見据え続けた。
「――ッ、そこだぁ!」
声を上げて身体の反射速度を上げる。勢いで突き出した掌の先、黄金の刃が交錯する。
――ギィン、と耳をつんざく音。掌が焼けるように熱い。骨に伝わる衝撃は重く、骨が揺れた。守山は強く奥歯を噛みしめて、後退する足を踏んばって留める。
「ふん……ぬぁァッ!」
気合を吠えて、ぶつかっていた刃を弾き飛ばした。
「すっげ……」
傍らで這いつくばっているラゼルの間の抜けた声が聞こえて、思わず苦笑した。
力負けはしなかったが、肩の関節まで麻痺したように痺れている。掌はグローブの生地が裂け、その下の皮膚も捲れたようで、剥き出しの神経は風に触れるだけでジンジンと痛んだ。
(一撃でこんだけダメージ食らってるとか、ダサすぎる)
(でも、ハッタリは効いた)
弾き返された竜巻型のモンスターは、威力を弱めて距離を取っていた。上部に浮いている金の刃の数が減っている。代わりに、守山の手の中にある刃の数が増えている。
(こいつを上手く使えば、もう一撃くらい防げるか?)
一か八かの手段。守山は増えた刃を両手に握り、低い姿勢から地面を蹴った。
「うぉぉぉぉ!」
吠えながら突進する。金色の目がギョロリと向いて、守山の攻撃を受ける構えになった。
(ラゼルはこの刃があれば風が避けるって言ってたな)
(上手くすれば、裂けるかも)
両手を交差させ、切っ先を構えた。そのまま地面を蹴って跳びあがり、立ち上がった風の中央へと突っ込んでいく。
が、風は中央に空洞を作り、二つに割れた。
攻撃は当たり所を失い、勢いがついたまま地面が眼前に迫る。
「あ……ぶね……!」
守山は咄嗟に上体を丸め、首を縮こまらせて背中で着地した。勢いよく転がるのだけは避けられなかったが、なんとか受け身を取ることに成功する。
「クソが……変幻自在かよ……」
舌打ちと同時に、口内に入り込んだザラつく砂を吐いた。
二つに割れた竜巻型モンスターは、またひとつに戻り、勢いを蓄えていく。
見る間に巨大に育っていく影。低い風の音が圧倒的な力を見せつける。
守山は地面に膝をついて、自身の身体を呑み込む影の内で金色の双眸を見上げた。
金色の双眸は静かに守山を見下ろすが、力の差は分かり切っているとでも言いたげな目をしていた。
守山は奥歯を噛んで、その眼をじっと見据える。決して、怯んだ色は見せない。力で負けないことの証明は済んでいる。つけ入る隙など与えて堪るか。
スゥ、と。息を吸い込む。再び刃を両手に構えた。
「――来いよ。俺はまだ倒れてないぜ」
言葉が通じるかなど分からない。それでも竜巻型モンスターは咆哮を上げ、風の威力を増した。
地鳴りで地面が震える。竜巻の果ては見えないほど高くなり、巨大な影が周囲を覆う。
守山は竜巻型モンスターに見せつけるように刃を掲げた。ギラリと鈍く光を放つ刃。モンスターの瞳が遥かな高度からその光を見据え、吠えながら迫ってくる。
「……やっぱりな」
守山は小さくつぶやいて、浮き立つ喉をゴクリと鳴らした。
地面につけた靴裏に体重を乗せ、膝を深く沈める。肺いっぱいに満たす空気。迫る風の音にタイミングを合わせて、目を見開いた。
――ガキィン! と、再び鋭くぶつかる刃。守山は迫る黄金の目を至近距離で覗き込み、口元に笑みを浮かべる。
「お前、上が本体だな?」




