第20話・まいご
「よお……デカブツ。一段とデカくてむかつくなあオイ」
空間を引き裂くような低い咆哮。風が勢いを増し、守山の身体は軽々と持ち上げられ、叩きつけられる。
「うわっ! くっそ……」
重心を下にして、落ちた地面の上に這いつくばった。礫が頬を掠め、熱い痛みが走る。
(全身風かよ……物理攻撃は効かなそうだ……どう倒す?)
ジリジリと這いながら進む。礫はしつこく当たり続けるけれども構ってはいられない。
モンスターはさっきから幾度か吠えるが、移動する気配はなさそうだった。
(この場所になんかあんのか?)
反射で瞑った瞼を、薄っすらと開く。砂埃が覆う視界の中に、ぼんやりと浮かぶ――影。
「……なっ……!?」
反射で身体が動いていた。両手で地面を掻き、後ろ足で砂を蹴って身体を前に押し出す。
頬を裂く礫。頬を生温い感触が伝う。以上に乾いた空気が流れた血を一瞬で干上がらせた。
「……ッ――ラゼル!」
風の音が途切れた隙間に、腹の底から声を張り上げる。
褐色肌の指先がピクリと動いた。ようやく届いた距離に、守山はラゼルの頭を抱き込むように覆い被さった。
「ラゼル! おい、しっかりしろ!」
「あ……に、き……」
琥珀の瞳が薄っすらと開く。力なく開いた唇が砂を擦り、じわりと赤が滲んだ。
傷は、そこだけではない。元から衣服らしい布を纏っていない背中には無数の裂傷が走り、褐色の肌と地が混じり真っ赤に染まっていた。
自身が負った傷とは比べ物にならないほど傷めつけられた身体に、思わず顔が歪む。
「なにしてんだよ、あんた……このデカブツ、いつから」
「お、れの……せいだ」
ラゼルは掠れ声で言いながら、身体の下に隠していた手を守山の鼻先にそっと差し出した。
ゆっくりと開く指の隙間から、金色の光が漏れ出す。
「ん、だ……これ……?」
彼の指の影に、金色に光る刃が見える。光は、その刃が発しているようだった。
ラゼルは守山の目がそれを捉えたのを確かめてから、再び刃を握って自身の身体の下に拳ごと隠す。
「ウィンドエッジ」
ポツリと呟いたその言葉が、守山の耳朶を打つ。
「ウィンドエッジって……棄てられた王家の武器、か?」
「さすが兄貴……知ってんだね。これ持ってると、不思議と、竜巻が避けんだ。でも、持ってるとこ見られたら、襲われる」
守山は遥か上空にある金色の目を見上げた。
金のは今、こちらを向いていない。守山はそっと安堵の息を吐く。
ラゼルが刃を隠す理由と、彼の周りだけ会話ができるほど風が弱い理由を知る。
「んでそんな危ないもん持ってんだよ……」
「あるとこ、知ってたから」
「……お前、やっぱり盗賊か。その服も、盗賊の仲間の印だな?」
ラゼルは小さく唇を噛む。そして、ふっと力なく噴き出した。
「なんだ……やっぱり兄貴、分かってたんじゃん……」
こぼれた笑いは風に掻き消されるほど弱々しく、鼓膜を揺らすたびに胸が痛む。
「ああ、そうだよ。ウィンドエッジも、俺らが盗んだ。価値のあるお宝だって聞いて、モンスターの棲み処に入って掘り出したんだ。足の速いやつらで組んで、見つけたら、全力で走って逃げられるようにって」
ハァ、と。吐き出す息に嗚咽は混ざっていなかった。ラゼルはただ淡々と、過去の記憶を語る。
「そんで、見つけて、盗って、走った。モンスターはすぐにおっかけてきた。それで、後ろから悲鳴が聞こえて。一緒に走ってたやつが、必ずカシラに渡せって、俺にウィンドエッジを渡したんだ」
声が、硬くなっていく。ラゼルはスゥと短く息継ぎをした。
守山は、集落で倒したモンスターを思い出していた。
肉も骨も残らない。衣服だけが残る末路。
「そいつの姿も、見えなくなって。とにかく逃げて。そんで、俺の帰りを待ってた仲間がいて……そいつが、俺に『隠せ』って言ったんだ。俺、そいつに言われた通りに埋めた。そいつは、死んだけど……。でも、隠したお陰なのか、モンスターは急に襲ってこなくなった。そんな簡単なことでいいのかよって、ガチで絶望した……だってさ、誰も残ってなかったんだ。俺以外、誰も……」
ついに、声に嗚咽が混じる。震える息の合間に、ラゼルは吐き出すように続けた。
「俺、マジで、なんもなくて……ガキの頃からずっと、逃げ続ける生き方しかしてないんだよね。それでも、重宝がってくれる仲間がいて、そいつらのために走ってたけど……そいつらもみんな、モンスターに食われちゃった」
笑い声の後に、ズッと洟を啜る音が続く。
「だから俺、本気で、わかんないんだ……生き方、ってやつ」
琥珀の瞳の表面に、光が微かに揺れた。息継ぎをした唇の下で、白い砂が微かに舞い上がる。
「だから、兄貴に言われた通りにしてみようって……走ったんだ」
ハッとして、心臓が跳ねた。
あの時、何もない荒野の真ん中で交わした会話。
(俺のせいか……)
ラゼルの息が震える。笑っているような音が立つのに、吐き出される声は乾いていた。
「あの時、砂の中に埋めたウィンドエッジ……一番価値のあるもん、もう一回取りに行こうって」
褐色の肩が身じろぎする。腹の下で、ラゼルが刃を握りしめたせいだ。
呼吸が浅くなる。言葉が、途切れ途切れにこぼれる。
「なあ俺、間違ってた……? もう、わかんねえよ」
嗚咽に呑まれる前に。守山はラゼルの頭を掌で掴んで、ワシャワシャとかき混ぜた。熱がしっかりと伝わるように、掌を強くと押し付けて。
「間違ってるかどうかを決めんのは――あんた次第だ」




