第19話・聲
大口を開けて欠伸を吐き、ぐるりと首を回す。
「また、朝だなあ……」
大きく伸びをして、乾いた空気を吸い込んだ。足元には血で汚れた財宝と衣服。周囲に人影はない。
眠そうにしていたアウロラも、深夜の内に宿屋に下がらせていた。
早朝の冷え込みにブルッと身体を震わせ、ひとつ息を吐く。風の音だけが聴覚を撫でる。視界を過ぎる砂が、いつもより少ない気がした。
肌をチリチリと焼く、違和感。身体の内側まで、乾いていくような感覚。守山は周囲を見回して、目的地を定めて歩き出す。
途中から速足に変わり、最後は駆け足になる。内側を叩く鼓動が不穏に脈打っていた。
(おかしい。なにかが、変だ)
とにかく、高い場所。異常が起きているのはこの集落の中ではない。どこか遠くから、災厄が迫っている予感。
集落を一直線に駆け抜けて、エリアの外れに出る。目の前に聳える高い塀を睨みつけ、守山は姿勢を低くして助走をつけた。
「……ほっ!」
気合を吐いて、建物の壁を蹴る。そこから崩れかけた鉄の手すりを掴んで身体を浮かせた。
振り子のように下半身を揺らして、塀の厚みへと飛び移った。ふらつく上体のバランスをとって、視界を安定させる。
ゴクリ、と。喉が鳴った。呼吸が上手くできない。
心臓の音が大きく響いて、こめかみの辺りで血管が音を立てて脈打っていた。
冷えて硬くなった指先を握り締める。
「なん、だ……あれ……?」
風の音が遠い。周囲に吹いていた風は一か所に集められて、巻き取られ、巨大に育っていた。
ゴォォと地鳴りの音がする。育った風は渦を巻き、天空高く立ち上る――竜巻だ。
地面の砂だけではない、空そのものを削り取るように、色が歪む。
あれほど巨大な竜巻を目にしたことはない、というよりも、勘がたしかに「何かが違う」と告げていた。
音が、どこか遅れて聞こえる。まるで、竜巻が声を上げているかのように。
「……生き、てる?」
背中を冷たい汗が伝う。
自分で呟いた言葉なのに、確信が持てない。
半信半疑のまま目を凝らす。真っ白になる頭を強く振って、耳を澄ませた。
やはり、咆哮のような声が聞こえる。風の音ではない。
「――モンスターだ」
確信を持って呟いた瞬間、荒れ狂う風の中で、金色の目が――こちらを見て、一瞬光った。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
階下からかかる声。ハッとして見下ろすと、集落の子供が集まって見上げていた。共同の水場へ洗濯にいく途中なのだろう、両手に汚れた布らしきものを抱えている。
守山はゴクリと唾を呑んで、一瞬顔を強張らせる。
意識して息を吐きながら、ふっと表情を緩めた。
「おぅ、手伝いか? えらいな。兄ちゃんの頼みもいっこ聞いてくんねえかな?」
「いいよ!」
子供たちは口々に言う。守山は歯を見せて笑って、見上げる子供たちの瞳を覗き込んだ。
「兄ちゃんと一緒に来た髪が長くて赤い目の姉ちゃんいるだろ? その姉ちゃんに、兄ちゃんはこの塀の向こうに行ったって伝えてくれ」
「塀の向こうに行くの? なんで?」
子供たちは目を丸く見開いて首を傾げる。欠片でも、不安にさせたらいけない。
守山は努めて軽い声を出した。
「ちょっと用があって。すぐには戻れないと思うから、言っといて。頼むな!」
顔の前にピンと立てた小指を掲げる。子供たちはみんな真剣な顔になって、同じポーズを返した。
守山は子供たちに手を振って、塀の向こうへと跳びおりる。靴裏に伝わる痺れが収まるまで待って、ふっと強く息を吐いた。
(相手が自然現象とかでないなら、やりようはある……たぶんだけど)
根拠のない憶測を胸に呟いて、砂埃が薄れた大地を一直線に駆けた。
竜巻が巨大なせいで近づいているのか、離れているかさえ分からない。たぶん、昨日ラゼルに追いついた場所よりももっと遠いはず。
(被害が出る前に、食い止める)
眉間に力を入れて、駆ける足を速めた。風の音が地鳴りように大きくなった。砂が跳ねる。大地が揺れている。引き寄せられる濃い砂埃。強い風圧に持っていかれそうになる足を踏ん張って、口布を引き上げ固く縛った。
鳴く音は、風の音か、モンスターの咆哮か。
守山は一度足を止めて、こちらを見下ろす金色の目を見据える。




