第18話・悪人の定義
守山の声は周囲にも響いて、介抱する人だけを残し、人群れは解散を始める。
アウロラは先を歩く守山の隣に並んだ。
「ねえ、あなたあの派手な人のこと探してたんじゃなかったっけ? 結局会えたの?」
「ん? ああ、会えたぜ。でももういいんだ」
「なんでよ。今回のこととなにか関係あるんじゃないの?」
アウロラに図星を突かれ、守山は言葉に詰まる。
「んー、まあ……そうだと思うんだけど。やっぱりそこは説得するってより、あいつ自身の意志で動かなきゃダメじゃね? って思って」
「はあ? ケガ人まで出てるのにそんな悠長なこと言うわけ? それに……みんなの話から考えたら、あの人、やっぱり悪人なんじゃないの?」
声のトーンを一段落として。守山は、傍らに並ぶアウロラの瞳を見つめた。
王家のものらしく、潔癖な光を宿す紅玉石の瞳。守山はその色を黙って見据え、小さく息を吐く。
「あいつ自身が悪人かどうかってことは、正直分からない。だから、賭けてみようと思うんだ」
アウロラに負けないくらい、真摯な光を宿して。守山は立ち止まり、アウロラと正面から向き合った。
「見誤ってたら、その時は俺がケツを持つから」
アウロラは形の良い唇を引き結んだあとで、ハァと吐く息と同時に閉じた隙間を解く。
「……一晩だけだからね」
「へへ、さんきゅ!」
「だから、その顔やめてってば」
白い頬を赤く染めて、そっぽを向いたアウロラは足音も荒く歩き出す。
太陽はまだ空高く上がったばかり。一晩というのはずいぶん気の長い話だと思いつつ、守山は小走りでアウロラの背中を追いかけた。
陽も沈み、辺りは群青の闇に包まれる。
守山はアウロラが飯屋からもらったというハンバーガーを齧りながら、地面に座って星空を眺めた。
「昼間は現れなかったわね」
「うん……まあ、白昼堂々はこないだろうよ」
「やっぱり、守山もあいつが悪人だって思ってるんじゃない」
小動物の肉を挟んだバンズを齧りつつ、傍らで立ったままでいるアウロラを見上げた。彼女は白い頬をプクッと膨らませて、腕を組んでいる。薄汚れているが上等な生地のスカートの裾が、風にふわりと浮き上がった。
「悪人なあ……まあ確かに、人のもの奪ったり、対価を払わず飲み食いしたりするのはよくないな」
「でしょ?」
「でもそれも、人を困らせようと思ってやるのか、そうでないのかによっても変わるよな」
「悪人に同情するってこと?」
大きな一口。アウロラの手の中でハンバーガーの半分が消え失せた。
「なあ、言い方……まあ、悪いことは悪いことだって、裁くのは簡単だし、被害者にとったら当然の権利だわな。それで頭ごなしに断罪したところで、なにか変わるのかなって思ってさ」
「……何言ってるの? 守山らしくない。そんな曖昧なこという人じゃないでしょ」
次々と齧り取る塊。ついにアウロラの頬の内側はハンバーガーでいっぱいになる。
守山はそれを見て、ふっと息を抜いた。
頬袋に食べ物を溜め込む小動物に似ている。
「あはは。お前的には罪が裁かれて悪人が捕まれば平和でオッケーってとこか?」
「なによ、人をばかみたいに言って」
「んなこと言ってねえだろ。世の勧善懲悪ストーリーの分かりやすい形はそれだよな。ただそれを成立させるのは、悪人が本物の悪である場合だけだぜ」
「本物の、悪?」
ゴクン、と。大きく喉が上下した。
「あの人は違うっていうの?」
「わからんよ。でも、なんかそんな気がする。悪いことがなんなのかも分かってないような感じだった……そういうの、教わってないやつだっているだろ?」
ハンバーガーの残りに齧りつきながら、守山は自分を見上げるラゼルの瞳を思い出していた。
速く走ることだけが取り柄だと言いながら、その脚を逃げるためだけにしか使ったことがないような口ぶりで。
「……ねえ、あの人が戻ってきたら、どうするつもり? 悪人として捕まえる?」
「俺にそれをする権限はねえだろ。でもまあ、話は聞いてやるかなあ」
「……それで、上手くいくの?」
無言の時間が過ぎる。風の音すら、どこか遠い。
東の空が白み始めるまで待ち続けたが、ついにラゼルは姿を現さなかった。
――不気味なほどに、静かすぎる夜だった。




