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守山一路はヒーローになれない  作者: 依近
第2章・ウィンドエッジ編
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第15話・追跡①


 まだこの辺りにいるという確証はなかったが、なんとなく勘が告げている。


(あんだけ派手に遊んで、何もせずに帰るタマじゃねえだろ)


 途中路上で何人かに聞き込みをしながら、目星をつけた場所を探っていく。

 いくつかの住居が並ぶ通りを折れて、背の高い教会の前にたどり着いた。

 最初に訪れたエリアでもそうだったが、集落のある場所には象徴のように教会が建っているようだ。


(教会といや、回復エリアとか補給拠点とかなんだろうけど……どこももう機能してねえようだな)


 暗い入口に、乾いた風が抜ける。白い砂が石の床を撫でるだけで、人の気配はまるでしない。

 縋る神は存在しないと告げるように。

 石の床に残る血の跡。剥がされた聖印。壁は焼け、黒ずんでいる。

 朽ちた教会の足元に落ちた影。そこに同化するように蹲っていた黒猫が、にゃあと声を上げて逃げて行った。

 湿った匂いが充満している。澱んだ空気の匂いの隙間に混じる、独特の甘ったるい香油の匂い。


「この辺だろうな……」


 昨夜、ラゼルを取り巻いていた女たちを思い出す。アウロラは、似たような女はどこにでもいると言っていた。

 アウロラ自身はよく分かっていないのだろうと思うが、彼女たちは明らかに娼婦だった。

 アルコールと煙草、そして、甘ったるい香油の匂い。

 硬い砂の音を立てて影に沈む通りを歩く。どの建物も門はピタリと閉じたままで、人の気配がしない。

 こうした街の活動時間は、夜と相場が決まっている。


(異世界でもまあ、変わらんわなあ)


 新宿や渋谷、池袋の街なんかと似ている。狭いエリアに雑多に詰め込まれた、空虚な欲の世界。

 周囲を見回しながら視線を上げると、ベランダの鉄柵に凭れかかり、煙草をふかす女と目が合った。

 女は薄い頃も一枚を引っ掻けた姿で、白い脚を投げ出しけだるげな視線を向けている。守山を見ると、血色の悪い唇の端をゆっくりと持ち上げた。

 守山は女に軽く頭を下げると、先へと足を進める。


「……あ」


 何本目かの路地に差し掛かったところで、探していた背中を見つけた。

 暗い路地の真ん中に現れた男は、今しがた路地裏にある石造りの建物から出てきたばかりのところのようだった。

 寝起きで跳ねた髪を撫でつけながら、クワッと大口を開けて欠伸を吐いて。

 眠たげな眼が守山を捉えると、琥珀色の瞳が驚きに大きく見開いた。


「……げ、兄貴」

「見つけたぜ、ラゼル!」


 ギョッと目を剥いたラゼルは、肩からズレかけた布を慌てて引き上げて、守山に背中を向けて走り出した。


「な、おい……!」


 一瞬で遠ざかっていく背中。その褐色の肌とヒラヒラ揺れる白い布を見ていたら、頭の中で不意にパァンとピストルの音が弾けた。

 守山は低い構えから地面を蹴り、出だしからトップスピードをつけて駆けだす。


「おい、待てコラァ! んで逃げんだよ!」


 追いつかれると思っていなかったらしいラゼルは、肩越しに振り返って反論してくる。


「なんでって、あんたが追っかけてくるからだろうよ!」

「ああそうか……って、いいから止まれこら!」

「じゃあ追っかけてくんのやめろよ!?」

「そしたら逃げるだろうが! 止まれっつーの! さっさとお縄につけえ!」

「なんだよ縄って! 縛られんのはごめんだね!」


 ラゼルは語尾を強く言い、集落の周りに張り巡らされた塀に手をついて飛び乗る。


「その身長じゃ、この塀越えらんねえだろ?」


 挑発的な瞳ともの言いに、守山の頭でプツンと何かが切れる音が鳴る。


「……見てろよ、クソガキ」


 塀の向こうへと姿を消すラゼル。低く呟いた守山は、周囲に視線を走らせ足場を探した。

 左手にある建物。ベランダに掛かる外れかけた鉄の手すり。助走をつけて近寄る勢いのまま、壁に靴裏をつけて壁を登る。手すりを掴んで身体を揺らし、タイミングを合わせて離した反動で身体が宙に浮き上がった。


「……っく……」


 伸ばした手で塀の一端を掴み、すかさず両手で掴みなおし、グンッと身体を引き上げる。

 顔を覗かせた先で、先に地面に降りていたラゼルと目が合った。


「奈落落ちは得意なんだよ」


 口角を吊り上げて、空中に身体を躍らせる。ヒッと短い悲鳴を上げてたじろぐラゼルの足元の位置を狙って着地を決めた。

 ザァと派手な音と、一瞬で立ち上がる砂埃。俯けていた顔を上げて砂埃の向こうに目を向けるも、既にラゼルの姿はなかった。


「……クッソ……」


 残されていたのは砂の上に薄っすらと刻まれた足跡だけ。しかもこの数秒の間に、足跡はどこまでも遠く伸びていた。


「速え……」


 シンプルな感想を口にして、守山はゆっくりと身体を起こす。

 口の中に入り込んだ細かい砂が、舌の上で不快な感触を立てる。守山は噴き出す汗を拭って、ラゼルの足跡が続く方向を見つめていた。


「……行ってみっか」


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