第12話・八つの武器
男はあからさまにホッとした顔をして、守山の手を握り何度も頭を下げた。
「銀貨三枚って……いくらなんでも少ないよね」
男が離れて行った後で、アウロラが小さく呟く。
「もちろん、イリスのせいでモンスターを呼んでしまっているのはあるけど……それでも、命を懸けてるんだし、討伐も成功してるのに」
「まあな……んでも、こうやって稼いでいったら食い扶持に困ることもないだろ。モンスターも順調に倒せてるわけだしさ。ほら、顔上げて行こうぜ! ヒーローだろ?」
「……またそれ」
呆れたように返しながらも、アウロラは唇に小さく笑みを浮かべる。
守山は全開の笑みで返して、銀貨を巾着の中へとしまった。
「おーい、兄ちゃんたち! せめてもの礼だ、飯食ってってくれよ!」
モンスターの影から、飯屋の主人に話をつけたらしい集落のリーダーが呼ぶ。守山は大きく手を振って答えた。
「まさかこのモンスターの肉じゃないっすよね?」
「まさか。ちゃんと食える肉だから安心しな!」
「助かります。すげー腹減りました」
「だろうよ。兄ちゃん、強えのに身体小さいもんなあ! たくさん食ってでかくなれよ!」
「うぐ……」
守山が唸って顔を顰めると、アウロラが可笑しそうに笑う。
その笑顔に周囲の空気が緩むのを察して、守山は密かに口角を上げた。
案内された店の中で席につくと、次々と料理が運ばれてきた。
飯屋の主人が言った「食える肉」とは、トカゲや小動物の肉を指していたらしい。調理して紛れさせるでもなく、そのままの姿で出される料理に思わず頬が引き攣った。
「なんか、ちょっとグロいな……あんたはこういうの平気か?」
「最初は確かに躊躇したけど、まあ、慣れよね」
そう言ってアウロラは肩を竦める。そして、カエルらしき姿の焼き料理にズブリとフォークを突き刺した。
国が滅びたとはいえ、元王族の皇女が身ひとつで生き抜くにはたいへんな苦労があったことだろう。
守山は喉元までこみ上げる嗚咽をぐっと堪えて、アウロラの皿に料理を多めに取り分けていく。
「……ちょっと。見た目悪いからって全部わたしに押し付けないでよ」
「そういう意味じゃねえよ。たんと食え。大いに食え。それがヒーローの務めだ」
「そのヒーローってやつ、なんか便利に使いすぎてない?」
「んなわけあるか。そもそもヒーローっつーのは」
トカゲの唐揚げにフォークを突き立てながら、ヒーロー論を展開させようとした――瞬間。
バーン、と。飯屋の扉が音を立てて開き、派手な団体客が入ってくる。
「……なんだあ?」
唐揚げをかみ砕くと、焦げた尻尾の先がポキリと折れて床に落ちた。
対面に座るアウロラは、あからさまな嫌悪を滲ませムゥと唇を歪ませる。分かりやすく目を逸らして、彼女は自身の衣服の襟をギュウと握って肩を窄めた。
その仕草と対極にいる一団を、守山は咀嚼を続けながらぼんやりと眺める。
「親父、酒持ってきて。あと肉ね、ちゃあんと人数分な」
よく通る甘い声に、きゃあと甲高い歓声が続いた。一団は砂漠の民らしく、極端に肌が露出した服を身に着けていた。
中央にいる男はほぼ半裸で、上半身に身に着けた衣服は肩にかけた白く柔らかそうな布だけ。首元には砂避けの黄色いスカーフ。腰回りだけ厚みがあり、幾重も巻いたベルトの隙間に大きさの違う短刀が四本刺さっていた。
(投げナイフか……?)
観察が終わらない内に、男は空いているテーブルのひとつを陣取り、横柄な仕草で椅子に座る。項の辺りでひとつに括ったサンドベージュの髪が、尻尾のように揺れた。
彼に従ってきた女たちは、銘々に椅子を集めてきて、男の肌に張り付くように身を寄せる。皆踊り子のような衣装を身に着けていて、身体を揺らすたびにアクセサリーがシャラシャラと繊細な音を奏でた。
「……どこ見てるのよ」
正面から不意に聞こえる不満げな声。視線を戻して見ると、グラスの縁に歯を立てたアウロラが、恨めしそうな視線を向けていた。
「どこって……あれだけ派手なやつらが入ってきたら見るだろ。よその集落から来たっぽいな?」
「たぶん、ウィンドエッジ近くのエリアの人だと思う」
「ウィンドエッジ?」
聞き返す守山に、アウロラは顎を引いて頷いた。空の取り皿を用意して、その上に切り分けたトカゲの身体をバラバラに並べていく。頂点に頭を置いて、周辺に計八個。砦を守る陣形のような位置どりだった。
「騎士団がいたって言ったでしょ? かつては八つのエリアに分かれて国を守っていたって。砦はわたしたちの王家、虹のエリア……ヴェスペリア」
言いながら、アウロラはトカゲの頭部を弾く。ついで、頭部から遠いところから順番に、フォークの先で指し示していく。
「最前線がファイアブレイド。その次がアクアランス。三番目がウィンドエッジね。砂漠の国よ」
「剣に槍に刃……か。全部武器の名前がついてんだな。虹剣イリスの仲間か?」
皿の上を見つめていた紅玉石の瞳が上を向く。上目遣いの視線を見返すと、アウロラは小さく唇を噛んだ。
「モリヤマって、すごいのね。理解が早いわ」
「なんかそういう武器の名前覚えたり考えたりするのすげー好きっていうか、まあ嗜好の問題だからそんな褒めなくていいぞ?」
「あら、そう?」
アウロラは小さく息を吐いて、フォークを置く。
「武器は、災いをもたらす」
「……ん?」
形の良い唇がポツリと呟いた言葉。アウロラは、身体の前に掛かるイリスのバンドをギュッと握りしめた。
「力は、魔族を引き寄せるから。騎士団が壊滅したあと、人々は魔族を呼び寄せるからと言って王家の武器をエリアの外に棄てたと聞いたわ」
「うぇ……もったいねえな」
迂闊に挟んだ一言に、アウロラの睨みが飛んだ。
守山は両手を上げてハンズアップの姿勢を示し、視線で続きを促す。
「……武器の属性によって地質も変化して、各地で火山が出現したり、巨大な沼ができたり、より砂漠化が進んだり、異常な気候が生まれてる。しかも武器を棄てた場所には魔族が棲み付いて、人が住むことはできない。どんどん侵蝕されてるのよ」
「……なるほどな」
各地で棄てられた王族の武器。かつて人の命を守ったそれらは今、災厄の根源のように扱われている。
「棄てられた場所が分からないから、元の地図も役に立たないの。でも、この辺り一帯にも、ウィンドエッジの影響が出てるんだと思う。気候の特徴が一致してるわ」
「そういや集落のおっさんも砂漠化が進んでるっつってたな……そのせいか」
「たぶんね」
「んじゃこれからの目的は、武器が棄てられた場所を探して、そこに棲みついてるモンスターを倒して、王家の武器を回収する……とか?」
ビクッ、と。アウロラは身体を震わせ、怯えた瞳を守山に向ける。
「無理か?」
真剣なトーンで問うと、アウロラは顎を引いて首を横に振った。
「無理とか……言えない。それが、世界を救うためにやらなきゃならないことだもの」
ハァと吐き出す息には、重い責任が乗っているようだった。
想像をめぐらすだけで、幾つもの困難が付きまとうのが分かる。それをすべて理解した上で、ひとりで背負おうとしていた少女の憂鬱を思うと、胸が焼かれる思いがした。
「アウロラ」
ひとつ、呼んで。上げさせる目線。
その目を受け止めて、守山は歯を見せて笑った。
「んなビビんなって。大丈夫だ」
アウロラの瞳に熱が滲む。確かな信頼の温度に、守山は大きく頷いて親指を立てた。
「ほら、どんどん食えよ」
「うん!」
切り分けたトカゲを一か所に集めてフォークを突き刺すアウロラ。残りの五つのエリアについて聞きそびれたが、今後いやでも知ることになるだろう、と、守山もカエルらしき生き物の唐揚げを噛みちぎった。
不意に、甘い香りが鼻腔を掠める。
傍らで、透ける布が誘うように揺れた。顔を上げた先で、チラとこちらに視線を向けた褐色肌の女性と目が合う。胸と腰にだけ布を纏い、揺れる薄い布で覆っただけの服装。彼女は琥珀色の瞳を三日月型に細めて、すれ違いざまにウィンクを投げた。
彼女は先ほど入ってきた客の取り巻きのひとりらしく、派手な集団の末席に加わる。
「あの人たちは全員ウィンドエッジに近いエリアからきたってことか? 上手く話し聞いたら場所教えてくんねえかな」
「……しらない。女の人たちのほうはどこにでもいる感じだし、こっちで口説いたんじゃないの?」
「え、あんな人たちがどこにでもいんの?」
「露出高い格好して、男の人に媚び売ってる女の人。どこでだって見るわ」
ガンッ、と鋭い音を立ててグラスを置くアウロラ。一団の視線が一斉にこちらを向いた。
すぐに目を逸らした女たちに反して、中央の男だけはしつこく琥珀色の目を据え続けていた。口元には何かを楽しむような笑みが浮かんでいる。
「……なんだよ?」
守山は小さく息を吐いて男に問いを向けた。男は一層口角を吊り上げて、両サイドの女たちの肩に腕を回す。
「羨ましいか? 少年」
「あ?」
思わず低い声が出た。視線の温度も氷点下まで下がったはずだが、男は動じていない。
(さては若いな、こいつ)
守山は無言で立ち上がる。男の琥珀色の瞳が大きく見開き、守山の頭の天辺から爪先までを一往復した。
「……小さ」




