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守山一路はヒーローになれない  作者: 依近
第2章・ウィンドエッジ編
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第11話・ヒーローの仕事

挿絵(By みてみん)


 何処までも広がる荒野に、怯えた顔で見守る群衆。

 乾いた空気が頬を切る。呼吸のたびに、喉が渇いた。

 背後から巨大な影が差す。全身をすっぽり包む大きさに、守山一路はひきつった顔で振り返る。


「モンスターってのはよお……」


 猫の爪のように細い瞳孔がギョロリと動いて守山を射た。守山は持ち上げていた口角を収めて、スゥと細く息を吸い込む。

 咆哮が空気を乱す。叩きつける足が埃を巻き上げ視界が曇る。守山は反射で目を細めて、握った拳に力を込めた。


「んでこう……どいつもこいつもデケェんだよっ!」


 気合と怒りを込めた拳はモンスターの腹にめり込み、鈍い衝撃が腕に返ってくる。

 圧し掛かる荷重を踏ん張って堪え、奥歯を食いしばって膝を伸ばした。


「ふんっ!」


 振りぬく拳。殴打力は荷重に勝利して、モンスターの身体はズゥンと音を立てて地面に沈んだ。

 遠巻きに見ていた群衆から歓声が湧く。

 守山は血管が浮くほど強く握りしめた拳を開いて、掌をパパンと打ち鳴らす。

 砂埃が晴れていく中で、虹色が一瞬反射した。守山は掌を翳して目を焼く光を避けながら、徐々にクリアになる視界に目を凝らす。

 アウロラは虹剣(こうけん)イリスの刀身を真下に向けて、モンスターの頭部に向けて突き刺した。

 潰れたカエルのような声が上がり、一度ピンッと突っ張ったモンスターの四肢が、完全に弛緩する。


「すげー! 倒した!」

「やるなあ、兄ちゃん、姉ちゃん!」

「ありがとー!」


 指先まで沸き立つ熱。守山は大きく手を振り、群衆の歓声に答えた。

 次いで背後を振り返り、そこにいるアウロラに全開の笑顔を向ける。


「ナイスフィニッシュ」

「……」


 一方のアウロラは、プクッと小さく頬を膨らませていた。無言のまま、イリスの刀身を布で拭う。守山は首を傾げつつ、彼女のもとへと走り寄った。


「どーしたよ? こういう小規模の討伐でもしっかりヒーロームーブはしとけって。みんなの希望になんだろ?」

「だって、わたしほとんどなにもしてないもの」


 膨らんだままの頬。けして合わない視線。

 明らかに不機嫌を全面に押し出した彼女の態度に、守山は軽く頬を掻いた。


「戦闘不能にするとこまでは、な。あんたにはトドメ刺してもらわなきゃならないし」

「だからって! わたしのやってること簡単すぎない!?」


 迫ってくる美しい顔立ち。守山はぐっと背中を反らして距離を保つ。


「んなことねえだろ。あんたの虹剣イリスが最強だから、最後一撃で仕留められてんだからな? 串刺し一発もどんどん精度上がってきてるし、なんの問題もねえだろうよ」

「嘘! あなた自分より大きい敵が出たとき明らかにテンション上がってる! なんか鬱憤とかそういうの発散してるでしょ、絶対」

「……うっ」


 アウロラの白い頬がより膨らんだ。守山は不本意ながら身を屈めて、彼女の追及を躱す。

 白目を剥いて伸びているモンスターの全身を隈なく観察して、念のために腹を裂く。

 ドロリと漏れ出る体液。酸い匂いが鼻を突く。どうやら裂いたのは胃のようだった。


「うぇ……っ」


 原型を留めていない内容物の中に、人の衣服が溶け残っている。

 モンスターが存在する世界の現実は、背筋をゾクリと震わせた。


「どこかの集落の人たちかしらね」


 いつの間にか傍らに立っていたアウロラがポツリと呟く。痛みの影も滲まない表情は、彼女が生き抜いてきた凄惨な現実を映すようだった。


「たしかに、ぜんぶ似たような柄の服だな」


 改めて目を落としてみる。黒く変色した衿の部分に、渦巻模様のような刺繍が施されていた。


「昔の騎士団の名残ね……同じ紋様を入れて仲間の証にするの、聞いたことある」

「騎士団なんているのか?」

「昔の話。わたしが生まれた頃には、ほとんど壊滅していたわ」


 アウロラの瞳が遠くを見る。守山は諦めと悔しさが同時に滲む横顔を眺めて小さく息を呑んだ。


「みんな一生懸命生きてるけど……これじゃあ」


 肉体は、骨まですべて溶けてしまったようだった。爪の欠片も、髪の毛の一本さえ残らない。圧倒的な力を前に、滅ぼされるしかない現実。

 静かに目を閉じて両手を合わせる横顔。守山はアウロラの瞼が上がるのを待って、声をかけた。


「んでも、あんたが世界を救うんだろ?」


 アウロラの紅玉石の瞳が大きく見開いて、やがて決意の色を宿して引き締まる。


「うん。そう」

「それでこそ、俺のヒーローだ」


 歯を見せて全開の笑顔を向けた。アウロラは白い頬を仄かに赤く染め、わずかに口角を持ち上げる。


「ま、俺のってだけじゃダメだけど。いずれみんなのヒーローにならないとな!」

「わたしは別に……モリヤマだけのでも」

「ん?」


 もごもごと尻すぼみに消えていく声は、集まってきた人々の賑やかな声にかき消される。

 人々は口々に礼を言いながら、モンスターの死骸を切り刻んでいく。肉は食えないが、加工によっては薬になったり農薬として使えたりするらしい。

 解体には女性も子供も加わっていた。


「おーい、兄ちゃん!」


 モンスターの足元の方から呼ぶ声。集落のリーダーであり、守山たちにモンスター討伐を依頼した男だった。守山はすぐにモンスターの身体から飛び降りて、男のもとへと駆け寄る。


「いやあ、本当に倒してくれるとは思わなかった。助かったよ」

「いいえ! 困ったときはお互い様ですから!」

「困った……ね。本当に。ここいらも随分砂漠が進んで生活も厳しい上に、近くで盗賊も出たっていうし、それに加えてモンスターまでとか……踏んだり蹴ったりだよ」


 遅れてついてきたアウロラがキュッと唇を引き結ぶ。

 アウロラが所持する虹剣イリスには、魔族を引き寄せてしまう力がある。討伐するからと言って、危険を招いている罪は無には出来ない。


「それで……礼なんだがね。少なくて申し訳ないけど」


 守山が差し出した掌に、集落のリーダーは硬貨を落とす。銀貨が三枚。一食分を二人で食べたら即なくなる額だった。

 申し訳なさそうな視線を向けてくる男。守山はニッと晴れやかな笑みを返して、銀貨を握り締める。


「毎度あり!」

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