和平
「みなさん、こんにちはー。遠くからこの音楽の祭典に来てくれて、どうもありがとう!」
ジュイ・エメロードこと、フレミーがステージから満員の観客に呼びかける。2日間にわたるイベントのスタートだ。彼女は自分のステージの他に、この最初の部分の司会も担当している。彼女の周りには1日目の前半のステージを担当する出演アーティストがずらりと並んでいる。最初から観客席はすごい盛り上がりだ。一通りの紹介や挨拶が終わったところで、フレミーはちょっと言葉を切った。
「始める前に、このイベントの後援者、リゼアの方々から皆さんに大切なお知らせがあるそうです。聞いてください。」
出演者が左右に分かれて舞台の端に引くと、どこからかステージ中央に4人の人物が現れた。ライラーザに伴われてやってきたカシャ大統領カートス・ハミルトと、アルシノエと一緒にやってきたゼカイル・ナウトだ。二人とも初めての長距離テレポートのあとで、まだ少しふらついている。ライラーザがカートス・ハミルトの肩にそっと手をかけた。
― ではカートス、お願いした停戦協定を発表してください。今、リゼア連合中があなたの言葉を待っていますよ。
二人の王は衆人環視の中、静かにいなくなった。
ジュイ・エメロードに渡されたマイクを握りしめて、カートス・ハミルトは、ゼカイル・ナウトを見つめた。若造とののしり続けていた、自分の息子より若いヴァンセルガ市長は、以前よりやつれた風貌になった気がする。誘拐されたということだし、きっと何日も眠れぬ夜を過ごしてきたのだろう。この年で自分と同じ責任を負わされるのは、さぞや重かったに違いない。
ゼカイル・ナウトも、カートスの視線に気づいて、目を上げた。カシャという一つの惑星の権力を一手に握ったこの老人を、以前は自分を見下ろすエルデンの山並みのように思ったものだ。重圧をはねのけて飛び出してきたヴァンセルガで、見つけた自由な考え方を、この人にもわかってもらいたい。世界は広いのだから。
「わたし、カシャ大統領カートス・ハミルトは、ここにいるすべての人の前で宣言いたします。カシャと交易都市ヴァンセルガは、ただいまを持って無期限停戦いたします。」
しん、としていた客席から、割れんばかりの歓声が上がった。ゼカイルはマイクを受け取ると、会場に呼びかけた。
「ヴァンセルガのみなさん、ご心配かけました。ここで楽しんだら、元気にヴァンセルガへ戻ってきてください。もう安全です。われわれ交易都市ヴァンセルガとカシャ政府は、新たなエルデンの建設に向けて協力し、より一層の発展を目指していく所存です。」
「がんばれ、市長!」
「応援してるぞ、俺たちのゼカイル・ナウト!」
観客席から口々に声がとんだ。カートス・ハミルトは目をみはった。この巨大なホールにいる、他種多様な人々に支持されているこの若造は、同時に一人のエルデン教徒でもあるのだ。かなわない、と思った。カシャという一つの惑星、リゼア流に言うなら一つの文明圏のトップにいる自分よりも、彼はずっと大きく広い世界を知っていて、しかも彼を支持する人々はお互いの信条をめぐって争うことはない。
カートスとゼカイルは固く握りあった手を高く掲げて、歓呼の声にこたえてからステージを下りた。
― お疲れ様、みんな。すごいイベントだったわね。盛況でよかったじゃない。
カシャ政府と交易都市ヴァンセルガの停戦宣言から5日後、白砂宮のお茶の間で、久しぶりに6人は顔を合わせた。
― もうへとへとですよ、姫様。ヴァンセルガで裏方仕事をしていた方がどんなに楽だったかしれません。
― 音楽というのはある種の薬物のように作用しますのね。わたしたちにはうるさいだけなのですけど、あんなに人を興奮させたり感情を揺さぶったりするものだとは思いませんでしたわ。
エルクリーズも珍しく疲れた顔をしている。無理もない。ミトラのアオを数十人使っていたのだ。その管理だけでも大変な仕事だっただろう。
― まあ、今回わたしはお膳立てだけしかしなかったものね。3人だけでよくやりきってくれたわ。ほんとにご苦労様。次は?
― ヴァンセルガには避難していた人が、戻り始めている。テュアルズも、傭兵たちを返して通常営業に戻った。
イクセザリアも通常どおりの報告だ。慣れない折衝仕事までやって、彼女も大変だっただろう。
― テュアルズも相当打撃を受けたんじゃない? 経済的に。
― かなり。でも伝染病騒ぎでだいぶ大勢が違約金払って帰ったから、丸損ではなかった。
― じゃ、ゼカイル・ナウトもほっとしたでしょう。
― 避難した人たちが他の交易都市でお金を使ってきたから、みんな今度は自分たちが稼ぐ番だって、張り切ってる。ゼカイル・ナウトも同じ。キャンペーンをやって、今度はヴァンセルガに客を呼ぼうとしてる。
― たくましいねぇ。転んでもただじゃ起きない。
サグがにやにやする。こういう外宇宙の人々のしたたかさのようなところがサグは好きなのだ。
― カシャはどうなってるの?
― エルデンから避難してきた人たちは、元はホテルや別荘だった建物に落ち着いたようです。これから丘陵地を切り開いて新しい街を作っていく予定ですが、ヴァンセルガからの技術支援で半水上都市を作るらしいですよ。これがうまくいけば新しい観光資源にもなりそうです。
ウロンドロスは報告しながら、やや浮かない顔をしている。例の偽伝染病は複数の弱い菌を組み合わせて使ったとかで、誰も原因を特定できなかった。そのあたりの采配はうまいものだったのに。
― シムオーベルのほうは?
― それなんですが…。彼は死にかかっているようなのです。理由はわからないのですが。




