会談
ローエンジュと秘書官による引き合わせが終わり、友好の挨拶が済んだ後、大統領カートス・ハミルトはいきなり本題をぶつけてきた。
「セレタス王、エルデンの住人たちをいったいどうするつもりだ?」
― 大陸の南東、ウェインスル廃銅山の近くに古いリゾート地がありますね、湖のほとりに。
「はっ、あそこは水質汚染で、もう何十年も前に人が住めなくなっているところだぞ。あんなところへ移住させようというのか。」
― まあ落ち着いてください、カートス。湖の水質改善と環境整備は済ませてありますよ。建物に手を入れれば問題なく住めるはずです。
「それにしても、いったいなぜ移住させねばならないのだ? ヴァンセルガがエルデンを攻撃するとでも?」
― それはないですよ。ないはずです。
ライラーザは先ほど飲んだお茶と同じ香りのするカップを優雅に持ち上げた。取っ手に添えている指に物理的な力がこもってないことには、気づかれていない。
大統領も思わずカップを手に取った。複雑で立体的な模様と彩色で果実の実る庭園が描かれたカップだ。幼い孫と今朝も同じお茶を飲んできた。孫は苦みを中和する蜜を入れないと飲めないのに、祖父と同じものを飲みたがる。他にも子供の口に合う飲み物はあるだろうに。
ふと、お茶をすすりながら目の前の人の年齢はいくつなのだろうと考えた。自分の息子よりも年若いかと見える相手は実際には外見通りの年ではないことは知っている。ふと、ライラーザが言った。
― エルデン教のお告げはもうお聞きになられた?
「ああ、もちろん。」
― では、その意味はおわかりになられましたか。「これが最後のお告げだ」ということの。
「まさか、エルデンの町が再び壊滅するというのか。」
― いいえ、誰もエルデンに攻撃を仕掛けたりはしないのです。町そのものが損なわれるわけではないのですが。
― はじめましてゼカイル・ナウト。ミトラ王アルシノエ・ルシカです。
「あ、ああ…、えー、ヴァンセルガ市長のゼカイル・ナウトです。先日は誘拐されたわたしを助けていただきまして、本当にありがとうございました。」
カシャ流の両手を差し出して手のひらを合わせるという友好の挨拶をしながら、ゼカイルはぼうっとしていた。おとぎ話のお姫さまが目の前に現れたようだ、と思ったのだ。自分の手に触れた小さなてのひらは、わずかなぬくもりを残して離れると同時にドレスの袖の中に入って見えなくなってしまった。長い赤いドレスは足元はもちろん、両手の指先まですべて覆い隠していたのだ。
― お礼をおっしゃってくださるためだけに、呼んでいただいたわけではないですね。
「はい、それはもちろん…。その、リゼアは介入してくださるんですよね? 戦争を終わらせるために。」
― ええ、お聞き及びでしょうが、わたし、もうずっと前からヴァンセルガの住民を安全に避難させておりました。
「あれは、避難なんですか。じゃ、本当にここへカシャ防衛軍は攻めてくるんでしょうか。わ、わたしは…」
― 戦争をなさるつもりはないのですよね。
問いかけではない。断定だ。ゼカイルは黙ってうなずいた。
― あなたが守りたいのはどちらですか? ヴァンセルガ、それともエルデン?
「ヴァンセルガです、当然。エルデンは確かに故郷だし、家族も住んでいるけれど、今のわたしにとって大切なのはここ、ヴァンセルガです。」
― 結構。ではもう一つ質問させてください。故郷の町に住めなくなるのと、そこに残した家族に会えなくなるのとでは、どちらがつらいですか。
「そりゃ、家族を失う方がつらいに決まってます。…帰る先は、エルデンでなくても構わない。家族が無事なら…、両親や祖父がいるところが、帰るべきふるさとなんです。」
アルシノエは満足したようにうなずいた。
― そうやって、何かを失いながらわたしたちは前へ進んでいくのですね。つらいことですけど。
「失うって、ちょっと待ってください。まさか、エルデンはまた壊滅するんですか? ひょっとしてカシャ防衛軍は…。」
― いいえ、わたしたちは何一つ失わないよう、戦争の終結をめざしていますの。エルデンの町も、あなたのご家族も無事ですのよ。ただ…
― エルデンシティは、当面凍結します。
カシャ大統領カートス・ハミルトは面食らった。どういうことなのか理解できなかったのだ。
「と、凍結とはどういう意味だ?」
― 誰も住めない、入れないようにする、という意味です。もちろん町を破壊したりはしません。
「そんなことをして何になる? いたずらにエルデンの住民を怒らせるだけだ。」
― そうでしょうか。あなた方は新エルデンを大金をかけて一から建設してでも、元のエルデンを失くしたかったのではありませんか?
「いや、それはあそこが自然災害の起こりやすい土地だったからで…。」
― そしてエルデン教徒の聖地だったから、でしょう? 宗教や伝統を理由に、新しい技術や生活を受け入れることのない人々を持て余し、そこへさらに多額のお金をつぎ込もうとするヴァンセルガの市長が許せなかった。
カートスは黙った。そうだ。本当に攻撃したかった相手はエルデンシティでもヴァンセルガでもない。昨日と同じままで構わないという、伝統に固執しすぎる心だと。




