避難
― カルディバ君、ちょっといい?
― はへ?
反応はされたが、意味の分からない返事だ。まあいい。とりあえず聞きたいことを聞かなければならない。
― 今日のお告げで、エルデンシティの市民へ、町を捨てて逃げるようにと言うのよね? 具体的に避難先は決まってるの?
― あああぁ、ミトラ王ですか。失礼しました。今、一仕事終わってちょっとくつろいでいたもので…。でへ。
お告げの仕込みは終わったらしい。彼の今日の仕事は終わりと言うことなのだろう。「一杯やってた」ところだったらしい。
― えー、避難先はですねぇ、確保してありますよぉ。大陸の南東部にある、…何だっけ、えーっと、とにかく廃れた鉱山の町をそっくり再利用するんです。
― 移動方法は?
― 北側の砂漠の中に、亜空間都市を一つ用意してあります。とりあえずエルデンから出てきた人は片っ端からそこへ収容し、人数がまとまり次第空輸です。
こちらも人海戦術らしい。こういう時に使う反重力とテレキネシスを組み合わせた飛行システムの航空機は、アオが数人がかりでないと動かせないのだ。
― 避難を拒む人はどうするつもり?
― かなり強制的に避難させますよぉ。あの墜落した人工衛星には感染力も致死率も高い病原菌が仕込まれていた。新エルデン建設に携わっている人々が次々倒れているというお告げ内容なんです。って、うちの王からお聞きでしたっけ?
― 何よそれ? それってデマよね?
― そうれす! が、新旧エルデン間はそもそもほとんど交流がないので、確認するひまもなく避難は始まる見込みれす。エルデンシティの市庁舎はうちのアオで押さえてますんで、文句は言わせませんよぉ。ふひひ…まあ猶予をいただいた3日間で9割以上を避難させられる予定れす。
― ありがとう。そのお告げにミトラも便乗させてもらうわ。
カルティバ君に、この前の過去旅行で何の能力値が下がったのか聞き損ねたが、また次の時に尋ねてみよう。
― さて、みんなも聞いたわよね。
わたしはみんなの顔を見回す。カルティバとのやり取りは共感応でみんなと共有していたのだ。
― カルティバ、酔っぱらい。
と、イクセザリアが笑う。
― 昔からああいう人ですよ。落差が激しいんです。
と、ウロンドロスも苦笑する。
― で、どのようにそのお告げを使いますか。
サグが尋ねる。
― ヴァンセルガでも、人工衛星墜落の時の乗組員を強制隔離するわ。犯人はヴァンセルガの外から来た者で、未知の病原菌を一緒に持ち込んでいたってことにすればどう?
私の返事に、サグはにやりと笑った。
― 惑星上と違って交易都市では避難先がないですからね。大パニックになりますよ。
― まず、ヴァンセルガの外からやってきた傭兵たちは、違約金払ってでも逃げ出す。まちがいない。
イクセザリアもうなずく。傭兵たちは自分たちの持てる能力では戦えない相手に対しては仕事をしない。病原菌も然りだ。
― そうね、隔離した時点で何人かに発病してもらうといいかもしれないわね。
― 偽病薬ですね。
と、ウロンドロスが言う。最近、特に打てば響くようにわたしの言いたいことがわかるようになってきた。副官も板についてきた感じである。
要は病気のような症状を引き起こす物質だ。薬品もあれば、菌やウイルスもある。たいていは時間が立てば自然に回復したり、別に特効薬があったりして、体に入れても命に別状はないという代物である。広いリゼア連合の中には、その文明圏の種族は平気だが、他の種族には命取りになるようなもの、激しい症状を起こすものなどが存在するのだ。だから殺菌された人工混合気体の中で生活できる交易都市でしか、別の種とは交流できないようにしているのだ。もっとも徹底的に殺菌されすぎた交易都市の空気中では、逆にほんの短い時間だけしか過ごせない種もあるのだが、そのへんはお互い様だ。
― では、隔離した者の種族を見て、合う偽病薬を探しておきます。
「偉大なるエルデンの神のもとに集えし兄弟姉妹たちよ。これより最後の言葉を伝えます。人工衛星が落ちた町で災厄の病が起こりました。それこそが我らへの攻撃です。皆、このエルデンを捨てて北へ逃げなさい。一人もこの地に残ってはなりません。幼子の手を引き、老いたる者を背負って、みな北へ去るのです。」
切望されていたお告げの、とんでもない内容に、エルデンシティは大騒ぎになった。何代か前の、ほんの一握りのエルデン教徒が避難したのとは比べものにならないほどの人数が、避難を求められたのである。
市内の教会は一斉に鐘を鳴らした。直に教会でお告げを聞いた人は、信者ではない人々にもお告げの内容を知らせた。真偽を確かめようにも、外からの情報は一切とだえていた。
「南の工事中だった都市は、建設作業員がみんな死にかかって、連絡が取れないらしい。」
「あの人工衛星は、カシャ防衛軍がエルデンを攻撃するためにわざと落として、ゼカイル・ナウトに罪を着せたのだ。あれはエルデン教に対する迫害だ。」
「北の砂漠には、もうリゼア人が来ていて、避難民を安全な所へ運んでくれるそうだ。」
「カシャ防衛軍には、市庁舎から連絡が取れないらしい。かれらはエルデンを守ってはくれない。」
さまざまな噂が飛び交い、パニックが起こりかかった町に、ライラーザとその配下のアオたちは繰り返し低い帯域の共感応で、言い換えれば素養のない人にも受け取りやすいように変換されたテレパシーで、単純なメッセージを送り続けた。サブリミナル誘導である。
― キタヘ ニゲヨ。 ココハ キケン。




