猶予
なんでこんな状況になることを承諾してしまったのか、自分でもよくわからない。行かなければわからない何かがあるのかと思っていたら、本当にお茶しかなかった。まあ、珍しいお茶を飲めたのを収穫としなきゃならないのだろう。あの人にふれられた頬を、まるで痛みでも感じているかのように手で押さえながら、わたしは立ち上がった。
テーブルに広げたままの観光パンフレットをかき集めて持つと、カフェのドアへ向かう。支払いはあの人が済ませていたはずだ。ドアの向こう、ホテルのロビーにはいったとたん、
― あれ、ミトラ王じゃありませんか。
と、後ろから呼ばれた。こういう時にすぐに振り返ってはいけない。アバター体は「テレパシーに反応する」などという力がないように見せかけているのだ。
― カルティバ君じゃない。何をしてたの?
― 今日の夕べの祈りのお告げの仕込みをしてました。
― 聞いたわ。後の避難誘導までしてくださるそうね。
ここでやっとぐるりと周りを見渡す。奥のエレベーターから降りてきたところらしい。
― で、ミトラ王は何をしにエルデンへ?
― お茶しに呼ばれたの。
― うちの王に、ですか? え、いつの間に仲直りされたんです?
― 忙中自ずから閑あり、というやつよ。あの人に伝えといて。猶予は3日くらいだって。
会話しながら入れ替わりにエレベーターに乗る。他の乗客がいなくなった時点でミトラへテレポートした。
― それで、ゼカイル・ナウトはどう動いてる?
お茶の分、遅くなった朝の報告会、場所はいつもの内院のお茶室である。最初の報告はサグだった。
― テュアルズの訓練とか示威行動は自由にやらせているようですが、戦略会議では、とにかくまずはカシャ側の出方を見る、という主張をしています。開戦のきっかけになった人工衛星への攻撃をした犯人が捕まらないので、テュアルズも強気には出られないようです。
― とくにエルデンには触れてないのね。
― キナンからきた情報です。テュアルズに潜入している者の情報によると、ゼカイル・ナウトは肌身離さずエルデン教のお守りを身に着けているそうです。そのまま戦略会議に出るんですから、エルデンシティを攻撃するなんて誰も言い出せるはずもないですわ。市長は誘拐される、勝手な開戦の攻撃はするで、今のところテュアルズ上層部にとってはいいところなしですからね。
と、これはエルクリーズ。
― 今日のお告げでどちらがどう動くか、ね。
― お告げというのは?
イクセザリアが尋ねる。
― セレタスが今日やるって、今聞いてきたわ。例の教会に仕込まれた装置を使って、エルデンを捨てて逃げ出すように、というらしい。きっと最後のお告げだというのでしょうね。
― 開戦のお告げがなかったから、エルデン教徒はみな不安になってる。今「逃げろ」と言われればパニックになる。
イクセザリアが心配顔になる。
― パニック対策も込みで、セレタスがやってくれるって。ところでアーセネイユは?
― すみません、王。まだグァダンにいます。明日が音楽祭初日なので、8か所の会場準備に大忙しです。
テレパシーだけならグァダンからでも届くというのはさすがにアーセネイユだ。8か所というならまた増えたらしい。
― そんなに会場が多くなりましたの? 一人で大丈夫なのですか。
エルクリーズが心配する。
― 総括はアーセネイユだけど、その下にかなり大勢のアオを動員して協力してもらってるから大丈夫。「リゼア連合後援」と銘打ったからには必ず安全でいいものにしなくちゃね。エルクリーズも手が空いたら手伝ってあげて。あなたならミトラのアオに顔がきくでしょ。
エルクリーズが承知すると、アーセネイユも喜んだ。
― ええ、ぜひお願いします。観客はヴァンセルガや各交易都市からだけじゃなくリゼア連合に所属するいろんな惑星からも来ているので。ヴァンセルガ以外は移動なんかの費用は自腹なんですが、それでも来たい人は大勢いるようなんです。これの共感応球、すごく売れますよ、きっと。
― 出演者にはそれで払うんだったよな。お前さんの彼女もほくほくだろう。
とサグが冷やかす。
― いや、彼女はともかく…、実はですね、王。この間際になって逆に出演したいという依頼が殺到しているらしいです。マイシーさんが断るのに必死で。
― だったら戦争騒ぎが終わったら、2回目を企画すればいいじゃない。それは、あなたやマイシーに任せるわ。じゃ、シムオーベルの聞き取りの方は?
ウロンドロスが話し始めた。
― 開戦のきっかけになった人工衛星のうち落としは、彼の計画の一部だったとわかりました。以前トトラナ王が使っていた従者、ニニと同じ種族の者を使って潜入させたようです。
― ああ、あれは見つけにくい。無生物をアバター体のように使うんだよな。
交易都市を中心に外宇宙暮らしの長かったサグが同意する。
― そうです。実行犯をいくらテュアルズが捜したところで、見つかりっこないでしょう。
― 訓練飛行が終わって帰ってきた時点で、もうヴァンセルガから逃げ出してしまっているだろう。かわいそうに前金はもらっただろうが、成功報酬はもらい損ねただろうな。こっちがシムオーベルを押さえてしまったから。
サグは面白そうににやにやしている。ウロンドロスが続けた。
― 実際に戦闘が始まればまだ何かをやるつもりはあったようですが、今のところはこれ以上両陣営に手を出してはいないようです。そういえば、本当は開戦のお告げをするつもりはあったようですよ。「エルデンを死守するように」と言うはずだったそうです。
― それはそれで、ややこしいことになりそうですわね。ところでシムオーベルの配偶者ですが、彼はこの戦争のためにミトラへ強制帰国させられているという説明をしておきました。今のところは音楽祭の出演者として忙しくしているので、疑問は持っていないようです。治療院の患者は、新生命宮から出張した医師たちが代わりに世話をしていますわ。
と、エルクリーズ。これで報告は終わりだった。
― これで、とりあえず非戦闘員の避難は終わるとして、どうやってこの戦争を止めますか、王。
とウロンドロスが尋ねる。
― まずは情報戦ね。




