成行
「で、いつになったら市長をここへ戻していただけるのですか。いくら所在が分かったからといって、もう丸一日経っているのですよ。」
ヴァンセルガの市長の護衛だというその男は、初めから高圧的だった。相手が自分より体格で劣る、小娘のようなイクセザリアだからということもあるのだろう。リゼア人としては身長の高いほうだが、いたって口数の少ないイクセザリアは相手に媚びるような態度を一切見せない。それが素なのか作戦としてなのかはともかく、相手をいら立たせる効果は十分だ。
― 今、検査をしている。お告げは誘拐ではなく「命が危ない」と言っていた。遅効性の毒物を盛られた可能性がある。精査の上、安全が保障できるまではわれらの方でお預かりさせていただく。
「なんてこと!」
声を上げたのは市長の秘書。次は市長の婚約者への昇進を狙っている女である。市長がヴァンセルガの市庁舎にいない今、市長室に出入りできる数少ないカシャ人だ。
「第一報ではご無事だとおっしゃってたじゃないですか。」
― それは、とりあえずは、という話。保護した我々は医療の専門家ではなく、誘拐に関わった者にはそういう人物がいた。
「そいつらは当然逮捕されたのでしょうな。我々テュアルズのほうにも尋問の権利があります。速やかに犯人の引き渡しをお願いしたい。」
― 犯人はこちらの監視下に置かざるを得ない人物。申し訳ないけど、引き渡しはできない。その代わりそちらの知りたいことにはすべて答える。
「なぜです? 我々はヴァンセルガにおける警察権を持っているのですぞ。」
声を荒げて詰め寄ろうとする男に、イクセザリアは彼だけに絞ったテレパシーでささやいた。
― 極秘だが、実はこの一件には、リゼア人が関わっている。
「な、…」
― 悪いが場所を変えたい。テュアルズ本部でこの続きを。
「… よし、承知した。では10単位時間後に本部で。よろしいですか。」
イクセザリアはうなずいて、市長室を出ると、無人の廊下を歩きながらテレポートした。
ヴァンセルガの市長ゼカイル・ナウト氏は、来賓として呼ばれたある商社主催のパーティ会場にて、トイレに入ったところで誘拐された。すぐに重症患者用のカプセルベッドに入れられ、犯人が付き添いのようなふりをして交易都市グァダンへ拉致された。一方で市長そっくりの外見を持った、AI制御のアンドロイドが身代わりとしてその日の残りのスケジュールをこなした。そして就寝後に、あるリゼア人によって寝室からテレポートで運び出されたのだ。イクセザリアがテュアルズ側に極秘情報として説明したのはこのような内容だった。
― で、その説明でテュアルズ側は納得したのね。
アルシノエが尋ねる。ミトラ白砂宮内院、王と影たちの会議の場である。イクセザリアはうなずく。
― はい、半分は事実なので、いかにもありえそうなことだと思ってくれました。リゼア側で犯人を押さえていて尋問させない理由もリゼア人が被疑者なら仕方ないと納得してくれたようです。
とアーセネイユが言う。
― 実際、テュアルズでは身代わりアンドロイドの使用を検討していたから、くやしがってた。自分たちが考えていたのと同じ策で騙されたと言って。
イクセザリアも笑う。
― じゃ、次は犯人の自供内容を
目で促されたウロンドロスがうなずいた。
― まず、信じられないことですが、彼は純粋なリゼア人ではないのです。
― ええっ、どういうことですか?
アーセネイユだけではなく、みなが怪訝そうな顔をする。
― 彼の母親は、ソル系人だそうです。確認してみましたが、遺伝子相に若干リゼア人との違いが見られます。普通なら両親の遺伝子を半分ずつ受け継いで子供が生まれるわけですが、彼は性別も含め、8割近くを父親から受け継いでいます。おそらく父親がリゼア人、すなわち社会構築実験のメンバーだったのだと思われます。
― そんなこと、ありうるのでしょうか。両親の種が違えば子どもは生まれないのでは?
エルクリーズが問う。
― シムオーベルがいうには、ソル系人はわれわれリゼア人との交雑ができるように、遺伝子的に改良されてきた種らしいのです。なんのためかといえば、彼らの中に予知能力者をはじめとしたリゼア人と同じような力を持つものを生み出すため。すなわち実験のためです。
― それは逆なんじゃないの? リゼア人の遺伝子を組み込んで能力を発現させていったから、結果としてリゼア人と交雑が可能なほど遺伝子的に近くなっていったとか。
アルシノエはまだ懐疑的であった。
― それは、今となってはどちらでもよいことです。大事なのは社会構築実験のメンバーがそのままではリゼアに戻れなかったということなんです。もう一度ソル系人の母体を経由して産まれ直さなければ、リゼアに戻ってくる力がなかった。
― どういうこと、ウロンドロス? 戻って来たでしょう? 初代ミトラ王と言われる聖アルトアニザは社会構築実験チームのリーダーだったって。
― では、他に誰が帰ってきていますか?
皆は黙り込んだ。誰も知らない。記録にもないのだ。アルトアニザ以外の社会構築実験チームのメンバーは極秘にされている。現代にいたるまで公表されていないのだ。そして、そもそも帰ってきていない、というのが今までの推論の前提だったはずだ。
― 帰りたくとも帰れなかったというのが真相のようです。例の特定の時間に固定された空間、わたしとカルティバが検証した、ソル系第3惑星上の村落のような場所に出入りするうち、リゼア人はなぜかテレパシーをはじめとしたすべての能力が衰退してしまうようなのです。
― 本当なの!?
― 本当です。現に私自身、テレキネシスの能力値が少し下がっているのがわかりました。
― じゃ、わたしも?
と、アルシノエが驚く。
― なんの、姫さまはもともとが十二分に能力がお高いのですから、少しくらい下がろうと何の影響がありましょうや。
あわててサグがフォローする。アーセネイユが目線で「姫さま」と呼んだことを笑っている。サグブロードはまだアルシノエを自分が育てた「姫さま」だという意識が抜けていないのだ。
― 続けます。それを回復させる最も有効な方法が、ソル系人でリゼア系人の遺伝子を濃く受け継ぐ女性の卵子をベースにして産まれ直すことなのだそうです。彼、シムオーベルはそうやって誕生した。彼の能力値が遺伝上の父親の数値に近いことを確認したうえで、14歳の時点で新生命宮に返されたそうです。
― ジェン荒野に入る前の時点で紛れ込ませるわけですな。なるほど。そうすればリゼア人として成人体を手に入れ、然るべき階級に属することができる。
サグが感心する。
― あの、アオにしては格段に低いテレポートの力は、あいつが成人体を得てからもあの空間に出入りし続けていたから、ということなのね。
― その通りです、王。




