事情
― しかし、修理工場街とは、また私たちリゼア人にはなじみのない場所よね。なんでそんなところを選んだのかしら。
サグの報告を聞いて私は考え込む。リゼア人ならば外宇宙に出るのに宇宙船は不要だ。各惑星から新生命宮へ、新生命宮から各交易都市へとつながる筐があるからである。修理工場街の治安が緩いのはそのゲートに近い、利用する頻度の高い文明圏が共同で統治をしているからだ。
交易都市グァダンは他より低重力なことを特徴として作られているので、一つ一つの店や空間が広めである。低重力の惑星の人々は体が大きいからだ。小柄なリゼア人から見れば1・5倍もの身長がある人だって珍しくない。その標準で都市が作られているので、治療院が入るスペースくらいどこにでも取れそうなものなのである。
― 物理的な距離なのかもしれません。
と、ウロンドロスが言う。
― え、どことの距離?
― 例の、「小さな亜空間都市」です。修理工場街は交易都市グァダンとあの亜空間都市とのちょうど中間的な位置になります。
― まさか、一回で跳べないなんてことはないわよね。アオなのよ。
― それは確かにそうなんですが、これを見てください。
ウロンドロスの差し出したシムオーベル・ウェスタに関する調査を見たわたしは、息をのんだ。
昨日は自宅へ戻って寝た。モタイのお客さんたちは早めに帰ったのだ。治療院に出勤して、昨日の開放骨折した人の腕の出来具合を調べる。よし、今のところ順調だ。
― おじゃましますよ、ウェスタ公。
いきなり、目の前にテレポートで一人の男が入ってきた。筐を経由しないテレポートだ。濃い色の肩までの髪、金の瞳に青と白の二色の指輪。アオだ。
― へえ、影、かい?
白のリングは細くても輝きが濃い。自分の階級のリングと白のリングの重ね付けは王の直属の部下である「影」のしるしだ。
― そうです。ご無礼の段、ご容赦を。
― で、何の用?
― 少しお話を伺いたく。それからゼカイル・ナウト氏はこちらで保護させていただきました。
ぎくっとする。追跡はできないだろうとたかをくくっていたのに。作戦は中断だな。報告をしないと。
― どうやってここを?
― 質問させていただくのは、わたしの方です、ウェスタ公。失礼ながら経歴を調べさせていただきましたが、どちらの教育都市で基礎教育を受けられましたか?
― え?
教育都市というのは子どもの養育期間中に、全階級共通の基礎教育を受ける期間だけ親子で住む場所だ、という知識はある。だが。
― えーっと、さあ、どこだったかな…。
― 普通、個人を検索すると、所属の番号が経歴順に出てくるのですが、ウェスタ公、あなたの番号として出てきたところに、あなたの記録は見つからないのですよ。
そりゃそうだ。僕は成人してからリゼアに「もぐりこんだ」のだから。そういう番号は適当に、同じようなアオの同年代だろうと思しき人のものをつぎはぎして作ったのだ。あんな番号の羅列から個人の経歴が読み取れるとは思わなかった。個人識別番号にしちゃ、長いなとは思ったけど。
― わかった、わかったよ。降参します。
両手を開いて上げて見せるポーズはリゼアでも通じたっけ? 彼の言う基礎教育を受けていないことは、どうしても僕にとって引け目だった。根本的な部分で「自分は生粋のリゼア人ではない」という引け目。だからこそ、王宮ではなく交易都市に住むことを選んだのだ。ここでならリゼアのアオとしての自分の居場所が作れると思っていたのに。
― なぜミトラのアオを名乗っておいでだったのかわかりませんが、今のあなたの能力ではミドリですよ。よく災害救助チームにいて不審がられませんでしたね。特にテレポートの力が格段に低い。
― ああ、わかってるよ。
降参した身とはいえ弱点の指摘は痛い。と、返事をする暇に跳ばされた。完全に不意打ち。仕方ない、この後の作戦の続け方でも考えるか、と思いながら、目を開けようとしたとたん、気づいた。
― いきなりか!
最後に目に映ったのは、「黒の牢獄」のふたが閉まるところだった。
― 何も「黒の牢獄」に入れる必要はなかったのでは?
連れてきたウロンドロスが驚いている。
― こいつ、わたしにダイナマイト自爆テロを仕掛けた奴!
指をさして珍しく怒っている王に、ウロンドロスは唖然とする。あれはよほどトラウマな体験だったらしい。
― いつ、そのことに気づかれたので?
― たった今よ。こいつ、あなたが「影」だから連れて行かれる先はミトラ王のところだろうって考えてて、その時思い出したのが、あの自爆の部屋だったの。こいつにとってはミトラ王イコール殺し損ねた相手ってことなの。
― なるほど。まあ王宮内院で自爆されても困りますからね。
自称とはいえアオなのだ。警戒はせねばなるまい、と気を引き締める。ウロンドロスとしては彼の人となり以上に、いったいどうやって偽の経歴を作ってリゼア人になりきっていたのか、興味しんしんだったのだ。まあ「黒の牢獄」に入ってしまった以上、この先、調べるのは簡単だろう。「黒の牢獄」とは身体の自由と感覚を一切遮断し、こちらからのテレパシーに応えること以外何もできないカプセルなのだ。
― こういう奴らがあとどのくらいいると思われますか、王。
― わからないわ。ほんの2,3人かもしれないし、数十人いるかもしれない。でも、ここまで堂々と入り込んでいるとなると、見つけるのは難しいわね。




