森林
アパートに帰ると、にぎやかな話し声がした。珍しい。僕もモタイも交友関係はあまり広くないし、パーティをやる予定もなかったと思う。
「あら、お留守にお邪魔して、ごめんなさい。わたしフレミーといいます、よろしく。」
「突然押しかけてすみません。俺、フレミーのバックバンドやってるエルビーです。」
「私は彼らのプロデューサーのマイシ―です。こんにちは。今日はモタイさんのトカの腕前を聞いて、出演のお願いにきました。」
モタイは少し困った顔をしている。ムリヨ、ワタシガ じゅい・えめろーどノ シンキョクノ びでおニデルナンテ。
ジュイ・エメロードという名前には聞きおぼえがあった。確か音楽の、歌う?女の人だったような。
「えっと、フレミーさんってジュイ・エメロードとどういう関係の人なんですか?」
「まあー、ジュイ・エメロードをご存じだったのね。うれしいわ。みんなステージ用の衣装を着てないと気づかないことが多いんだけど、実はフレミーがジュイ・エメロードなの。」
マイシ―と名乗った、モタイよりも年上だろうと思わせる女性が返事した。フレミーが苦笑しながら言った。
「だめだよマイシ―、もう全部わかってるよ、きっと。リゼア人なんですよね、シムオーベルさん。」
「そうだよ。」
「音楽ネットでモタイさんのトカの演奏映像を見て、フレミーも俺も惚れこんでしまったんです。ぜひモタイさんと一緒にやらせてほしくてここまで押しかけました。」
なるほど、事情はだいたいわかった。僕に対してはだいぶ言いたいことが言えるようになったけれど、モタイは元来恥ずかしがり屋だ。人前での演奏はあまりやらない。気心の知れた音楽仲間といっしょに小さな催しや個人のパーティに出るくらいだ。でもトカを演奏するモタイは、音楽には門外漢の僕さえも魅了するほどの美しさがある。
「やってみなよ、モタイ。僕はいいと思うな。」
「そんな簡単に…。病院の親睦パーティに出るのとは違うんだからね。あのジュイ・エメロードなんだから。」
「ねえ、モタイさん。演奏聞かせてもらえないかな。モタイさんのトカで、一度歌ってみたいのよ。ねっ。」
ジュイ・エメロードという名前はよほど有名なのだろう。モタイが押し切られて仕方なく、トカの置いてある部屋へみんなを案内する。トカはとても大きな弦楽器だ。一緒に住む僕のために完全な防音仕様になっている部屋の真ん中に、壁のようにそそり立っている。簡単に打ち合わせのようなことをして、一、二音つまびくと、モタイはいつものように軽やかに弾き始めた。僕の聞いたことのない曲だったけれど、少しするとフレミーは歌い始めた。
歌が始まるとエルビーはにこにこして足で床を鳴らし始めた。モタイが教えてくれた、リズムをとる、というやつだ。音の響きに合わせて、モタイの髪が揺らめき始める。フレミーが歌いながら目をみはっているのがわかる。マイシ―はあちこち歩き回って映像を撮った。トカの全体像と演奏するモタイがきれいに見える方向を考えるのだそうだ。
「いいよ、フレミー。これ、すごい。もっとモタイさんの横に並ぶようにしたらいい絵が撮れそうだわ。」
「このトカ、モタイさん個人のものですよね。いやあ、モタイさんへの効果もだけど、響きもすごいよ、これ。早く俺も合わせてみたい。」
「ありがとう、モタイさん。思った以上でした。ほんとに素敵。」
「いえ、そんな…。」
口々にほめられて、恐縮しながらもモタイはうれしそうだった。マイシ―は早急に契約書を作って持ってくる、と言い、フレミーとエルビーは移動が大変なトカを動かさずに、ここで練習するといいんじゃないか、と話し合い始める。僕はそっと席を外した。これは僕がふみこまないようにしている、彼女の領域だ。
3人のお客が帰っていったのは夜もかなり遅い時間だった
「お疲れ様、モタイ。」
「うん、疲れたー。」
モタイはソファーに身体を投げ出すように座ると、
「これからしばらく、いろんな人がうちにやってくることになりそう。ごめんなさい、落ち着かないわよね、あなた。」
と、僕の手を取って言った。
「いいさ。君の好きなトカに関わることなんだから。どうしても
静かな所がほしくなったら、治療院のほうに泊まるよ。」
「ごめんなさい、そうして。」
「君の仕事の方はどうするのさ。」
「明日相談してくるけど、たぶん、休暇もらう。」
「そっか。それでなんとかなるなら、いい機会だね、どっぷり音楽につかるといいよ。」
「ありがとう、シムオーベル。愛してる。」
― どうだった、フレミー?
「うん、やっぱり、トカってすてき。大っきいのよ、わたしの背丈より高いの。演奏してる人の髪の毛に共鳴するだけじゃなくって、近くにいる私の髪まで音が響いてふわぁーって舞い上がっちゃうの。すごくいろんな音色が出せる楽器なのよ。」
― フレミー、ごきげんだね。
「うん、なんかこう、イリュージョンを見せられたような気分。」
なんだかフレミーはワクワクしている。それでいて、僕の質問なんか聞いてないんじゃないかと思うくらい、心ここにあらずという感じだ。
「ねえ、アドル。新しい音楽の可能性をみつけるのって、すごく楽しい。」
まあいいか。僕がフレミーに頼んだのは、テレポートの監視装置をあの男の住まいに置いてくることだった。何のことはない、フレミーの新しい友人に、僕からのプレゼントとして贈った甘い香りの液体ソープの瓶に内蔵されているしろものだ。「木は森に隠せ」という言い回しがあるのだそうだが、僕たちはヴァンセルガの市長という「木」を隠してある森に調査の手を伸ばしていたのだ。
相手がリゼア人、しかも僕たちと同じミトラ出身のアオだとわかったときは僕だけでなくみんな混乱した。内部にスパイがいる可能性は常々王が気にしていたけど、本当にこんな形で出てくるなんて思ってもみなかったのだ。
― 王権破棄はしてないですね。災害救助の招集には応じていますし、王都にも住まいは持っていますわ。
― やっこさん、もう百年近く交易都市グァダンに住み着いていますよ。職業は治療師と称していますが、要は成人体を作る要領で再生医療をしているようです。損傷が大きくて普通ならまちがいなく死ぬようなけが人を、生き返らせることができるという評判です。
― まあ、確かに評判通り。本業の再生医療が少ないときは、片手間に簡単な外科治療もやってる。タダで診てくれるから、交易都市のスラム街では重宝されている。肉体労働者の、仕事場の事故で骨折とかいう程度のけがなら3日で治すという話。
― タダって、本当に?
アルシノエは聞き返した。アオとしては多少風変りだけど、その生き方はありえなくはない、と思ったのだ。アオならば生きているだけで自分の生活経費は賄える。リゼアでは自らの生体エネルギーが通貨になるのだから。外宇宙で自分の持つ力を無報酬で使うのは、アオとして恥ずかしくない生き方だと言っていい。
― 本当にタダ。グァダンだけじゃなく、よその交易都市からもけが人を運んでくることがあるらしい。荷物に便乗して。
― 待てよ、その話ならディクラでも聞いたことがあるな。死にそうな大けがをタダで直してくれる医者ってのが、どっかの交易都市にいるっていう噂。
― 確信犯的ですわね。普段からそういう患者を受け入れているなら、少しもあやしまれませんもの。
― で、彼の治療院というのは、どこにあるの?
― それが、実はよくわからないんです、王。
*王権破棄 王族クラスの力を持ちながら、その義務を果たすことを拒否すること。身分的にはミドリとなり、外宇宙へ出ることや王宮に住まいを持つことができなくなる。




