絡繰
―アルシノエ、わたしよ。
連絡が来たのはエルデンのお告げがあった翌日だった。
― コスミア。よかった、無事なのね。今どこ?
― 例のスタート地点。誤解しないでね、ちゃんと入れたよ。本当に出入りすると時間が戻るんだね。宿についたらほんの少ししか時間が経ってなくて、びっくりしたわ。
― で、あの空間の仕組みについては?
― だいたいわかった。というか、予想はしてみたけど、検証が必要かなと思う。誰か信頼できる人をよこして。もう一回同じことをやってみないと。
― わかった。でも急いでもらわないといけないわ。こちらも切羽詰まってるの。
― 了解。ソル系に一番近い交易都市はグァダンだったよね。そこへ検証役の人を一人よこして。あ、跳べる人にしてね。
跳べる、というのは長距離テレポートができるという意味だ。さて誰に頼もうか、と考えて少しためらう。一番やりたがるのはカルティバだろうし、彼なら跳べる人という条件にもあてはまっているが、よその王の影を勝手に使うわけにはいかない。仕方なくひとひねりした。
― ウロンドロス、頼みがあるの。例のソル系の件。
ウロンドロスから話を持ちかけられたカルティバは一も二もなく乗ってくれた。一人が二人になってもコスミアは気にしないだろう。カルティバはコスミアの正体に気づくだろうが、そこはウロンドロスに緘口令を強いてもらおう。
― いいわね、二人とも。例の空間を使うと過去へさかのぼれることが実証できさえすればいいのよ。深追いはしないでね。そこから先はわたしの仕事だから。
― わかっております、ミトラ王。機会を与えてくださったこと、とても感謝しています。じゃ成果を期待してください。
ほくほく顔のカルティバを伴って二人は交易都市グァダンへ跳んだ。
― 王、動きがありました。拉致です。
例のお告げから2日後のことである。報告してきたのはイクセザリアだ。
― さすがのテュアルズも市長の寝室の中まで不寝番を立てるわけにはいかなかったようで、部屋のドアの前にいたそうです。見張りが20単位時間ごとに交代していたんですが、3回目の交代に行った要員が、開いたドアのところで前任者が気を失ってるのを見つけて、中を確かめると、市長はいなくなっていたと。
― 殺されたわけじゃないのよね。
― 見張りですか? もちろんです。争った跡どころか市長以外の人がいた痕跡さえなかったようです。何かの気配を感じてドアを開けて確かめたとたん、失神したと。
― テレポートによる侵入の見張りは?
― はい、わたしとサグとアーセネイユで、交代しながら。誰かの侵入はありません。
― ということは、侵入はなかったけれど、脱出はしたんだ。
― ご明察です、王。たぶんどこかで市長は敵のアバター体と入れ替わっていたのだと思います。
突然アーセネイユが割り込んだ。
― 今、入れ替わった時点を特定しています。
なんだか自分たちと同じ能力が使える敵を想定するというのが、研修生時代の訓練のようで楽しい。そして相手も多分にグループのはずだ。一人でこれだけのことはできない。
― 並行して交易都市間の貨物の輸送もチェックするといいんじゃないかしら。
― 交易都市間ですか? カシャへではなく? 莫大な量になりますが。
アーセネイユは及び腰だ。
― 拉致発覚時点から逆にたどれば? 案外すぐ当たるわよ。
そして莫大な量だからこそ、目は行き届かないのを彼らも狙っているのだ。おそらく意識を失った状態であろう市長を連れていては、普通の「人の移動」用の筐は使えない。自分一人なら自力でテレポートすることもできるだろうが、生きた非リゼア人を連れていては筐を使わないで移動するのは不可能だ。テレポートで距離を短縮するために通る空間は宇宙空間ほどに「何もない」虚無の空間だ。だから自分の力で自身の肉体を保護できなければ死んでしまうのだ。体温・呼吸・湿度など、自分の周りの環境を自分で保持するには、たいていの人々には宇宙空間用の気密服が必要になる。それ以外となると貨物輸送用の筐に便乗するしか手はないのである。
― そもそもヴァンセルガから出すでしょうか?
アーセネイユはまだ懐疑的だ。交易都市間の貨物移動は気が遠くなるほどの量なのだ。やりたくない気持ちはわかる。
― そりゃあ、出したほうが楽。テュアルズががんばってるのだから、ヴァンセルガ内で監禁しておいたら、見つかるのは時間の問題。
イクセザリアは冷静だ。
― それならカシャで発見される方が、開戦の理由になると思うんですけど。
― どうやってカシャへ入れるの? そもそもテュアルズがカシャとの移動のすべてを見張ってるんでしょ。だいたい市長がカシャへ帰ったんなら、職務放棄とみなしてヴァンセルガは代わりの市長を立てるだけだし、その人選によっては戦争する名目はなくなるのよ。
わたしがそこまで言うと、やっとアーセネイユは納得した。
― うーん、そうか。じゃ、とりあえず入れ替わった時点の特定と、貨物輸送のチェックに分かれて動きます。
― テュアルズのトップに、「ゼカイル・ナウトの存在はリゼアが把握しているから、無駄に騒がないように」と伝えるのも忘れないでね。
グァダンのリゼア人専用のエリアをでたところで、ソル系人のアバター体のまま、コスミアは待っていた。
― えっ、なんで二人も来たの?
― わたしが無理を言って連れてきてもらいました。セレタス王に仕えております、カルティバと申します。例の空間の研究をしていまして。
― ふうん。じゃついて来て。急ぐんでしょ。
コスミアはさっさと一般用の筐に向かった。あらかじめ用意しておいたのだろう、跳んだ先はソル系の宇宙エレベーターの一つの、スタッフ用の備品庫だった。他の人に気づかれないように出て、下降用のエレベーターの列に並ぶ。
― ここから降りて、地上からもう一回テレポートするわ。ひょっとして、この前のマティ内戦で使われた空間ってのを調べたのはあなた方?
― そうですそうです。
― じゃ、離れすぎないことが大事ってわかるわよね。出入り口の大きさがよくわかってないの。なるべく私とくっついていてね。
― 入れなくなる可能性もあるということですか?
ウロンドロスがたずねると、
― どっちかというと、出られなくなる方が困るわ。
と、コスミアは笑った。




