仮初
今日は火山噴火のレスキューに行ってきたと言ったら、彼女は予想以上に驚いていた。
「ねえ、なんで宗能力者っていうのは、そういう危ない仕事をするの。王族っていうくらいだから、下の者にやらせればいいじゃない。」
「百人で人海戦術するよりも、宗能力者が一人でやる方が効率的なんだよ。状況に応じて小回りがきくし。」
「一人でやったの?」
「いや、いつもの災害救助チーム。」
部屋着姿になった彼は機嫌がよかった。そう、言ってみれば軽いスポーツをやって試合に勝って、にこにこしているような感じ。見知らぬ大勢の人々に感謝されて、自分の力を極限まで試すことができて、満足している感じが伝わってくる。
「そうだな、モタイ、君、もしも空を飛べるようになったら、どうする。飛ぶだろ?」
「そりゃまあ、きっと飛ぶわよ、うん。」
「それと同じさ。できる力があるものはそれを使ってみたいものなんだよ。危なかろうとも、ね。」
「ケガすることだってあるわけでしょ。もうやめようとか思わないの。だいたい見ず知らずの人を助ける義理もないじゃない。」
「まあ、そうなんだけど。」
けがをしたらその場は痛いけど、命にかかわるということが、僕たちにはないから。それにね、僕たちほどになると、もう真剣に取り組めることなんて、そんなにないのさ。一見無理に思えるくらいクリア条件の厳しいゲームのほうが挑み甲斐があるんだよ。いかにハイスコアでゴールするかって考えるとワクワクするんだ。
言葉で話さないことでも、最近ちょっとは通じているんじゃないかと思うことがあるな、と彼は考える。少し笑顔を作ってモタイの目を覗くように見る。
「なんか…、心配してるわたしの方がバカみたい?」
「ごめん。」
彼の手がいつのまにかモタイと呼ばれた彼女の肩にかかっている。家の中でテレポートするのやめてちょうだいといったのに、と彼女は考える。ちょっと目線を外したすきにソファーの後ろに回ってるんだもの。ずるいよ。
「だから、ごめんって。」
後ろから抱きすくめられるといつも通り、少しひんやりする。一緒にいる時間が心地よくて、もう母星には帰れなくなってしまった。肌の色も瞳の色も、体温や感覚さえも違う二人。でも。
「あなたくらい、気持ちよく同じ部屋に居られる人はないのよ。」
これが古めかしい求婚のセリフだと知ってるのかしら。知らないわよね、と彼女は考える。そういうことすべてが彼の意識に流れ込んでいることも知らずに。
モタイとはここ交易都市グァダンで知り合った。グァダンは交易都市の中では重力が低めなのが特徴で、同じような低重力の惑星で生まれた人々が多く集うところだ。モタイは僕より背が高くて、全身をつややかな黄灰色の毛が覆っている。毛足の長いペットのような、しなやかさと軽やかさを感じさせる女性だ。僕はこの毛並みが美しいと思うのだけれど、モタイの故郷では下層階級の色合いらしく、たいてい全身を覆い隠すような服を着ている。交易都市での仕事に就いたのも、外見を、というか毛色を気にしなくてもいいからだと聞いた。仕事は検疫所の検査技師だ。
僕の仕事は治療師。病気じゃなくて外傷専門の治療師だ。神経を遮断して痛みをなくし、細胞分裂を急激に促して文字通り元の身体を復元させる。リゼア系では成人体を作ることぐらいしか仕事がないのだが、交易都市では多種多様な人々に対して、僕の技術が生かせるのが気に入っている。瀕死のけが人を治療して回復させるのは、なかなかにやりがいのある仕事だ。いくつかの大手の病院と契約していて、どうしても通常の医療では難しい患者だけが僕に委ねられる。
ある病院の職員たちのパーティで、僕たちは出会った。僕がリゼア人と聞いたとき、彼女はちょっと驚いていたが、それで僕の体格が小さいことを納得してくれた。治療師としての仕事だけでなく、アオとして必要な義務、すなわち災害救助の仕事もやっていると知ったとき相当びっくりしていた。ニュース映像で僕が映っているのを見るまでは半信半疑だったと言ってもいい。モタイは自分より体の小さい僕をつい子どものように思ってしまうのだ。僕の方がうんと年長なんだけれど。
モタイにも仕事のほかに特技がある。トカという巨大な弦楽器の奏者なのだ。彼女が長い腕をしならせるようにしてトカを奏でる姿は言いようもなくきれいだ。トカの響きはモタイの長い毛並みを共鳴させて、美しい波紋を描き出す。トカを弾くときだけ着る上半身を見せる衣装のおかげで、彼女が楽器と一体になっているように見えるのだ。たいていの人がその姿に見とれてしまう。もちろん僕も。
お互いのやることに干渉はしない。でも自分ができないことができる相手の存在そのものに敬愛してる。交易都市で生まれた何千もの夫婦の、僕たちもその一つだ。「交易都市の恋愛は不毛だ」と言われるのは知ってる。種がちがうから子どもができないのだ。でも、それを言うなら実は同種族間であっても妊娠や出産自体が交易都市では違法だ。子どもは雑多な文明の交差点ではなく、母親の母星で生まれ育てられるのが最良なのだというのが、リゼア連合の理念だからである。
それでも今だに遺伝子的なキメラ体の我が子を作ろうとする不心得者が現れる。受精卵を作るところまでくらいなら、交易都市で手に入る遺伝子操作でなんとかなるからだ。それでもたいてい子は育つことはなく、そして親の二人は二度とその惑星の重力圏外へ出られないという制限付きで、母星に強制送還されるのだ。むしろこの後半部分が大きな抑止力になっている。愛する人を失うくらいなら赤ん坊はいらない、とみんなあきらめるのだ。そう、モタイもそろそろその境地になりかけている。もう彼女は自分の種の出産適齢期の終わりに近いのだ。
さて、前章より登場した彼の私生活が語られるこの章、ちょっぴりロマンチックです。
この先、お話にどうかかわってくるのか、楽しみですねえ。




