グッバイ魔の森
「ねえこの森さ」
「さっきから私たちの食料、ピンポイントで減ってない?」
「減ってるね」
「しかも美味しそうなやつから」
「森、グルメじゃない?」
枝がバキッと鳴る。
「今の、威嚇?」
「うん、多分」
「音が小物っぽくない?」
「失礼よ!」
木々がざわざわと揺れる。
「怒ってる怒ってる」
「でも攻撃はしてこないね」
「多分、様子見」
「嫌な上司みたい」
くっころ先生が、真顔で言う。
「皆、油断しないで」
「森は、確実に――」
「先生」
「今、木の根が私の袋だけ狙ってきました」
「……本当ね」
「差別じゃない?」
「食料管理してる人を狙うとか」
「森、性格悪すぎる」
その瞬間、
保存していた木の実が、ころころ転がる。
「あっ!」
「拾って!」
「落ちる落ちる!」
全員が地面に這いつくばる。
「ちょ、誰か結界!」
「結界張ってる間に取られる!」
「森、反射神経いい!」
「運動神経良すぎ!」
木の根が、実を器用に回収していく。
「盗み上手!」
「森がスリを覚えた!」
「学習能力高くない?」
くっころ先生が、杖を構える。
「……これは」
「威嚇じゃなくて、嫌がらせね」
「一番ムカつくやつ!」
「魔物より精神削ってくる!」
「ねえ」
ミアがぼそっと言う。
「これさ」
「森が本気っていうより」
「私たち、完全にからかわれてない?」
風が吹く。
木の葉が舞い、
さっき奪われた食料の袋が、
少し離れた枝に引っかかっている。
「……」
「……」
「返す気、あるのかないのか」
「嫌な知育玩具感ある」
「取れるもんなら取ってみろ、って顔してる」
「森、性格悪いって!」
全員で、同時にため息。
「……でもさ」
フィオナが言う。
「さっきから、誰も怪我してないよね」
「確かに」
「つまり」
「森は本気だけど殺る気はない」
くっころ先生が、複雑そうに頷く。
「……試されてるのか」
「単に遊ばれてるのか」
「後者であってほしい」
「精神的に楽だから」
こうして。
森の嫌がらせは、
そこから露骨になった。
「……ねえ」
「今、私の背中にだけ枝当たらなかった?」
「当たったね」
「しかもピンポイントで」
「狙撃じゃん」
次の瞬間。
バサッ。
「わっ!」
「上から何か落ちてきた!」
「……食料袋?」
「あっ、それ私たちの!」
枝の上に、
食料袋がぶら下げられていた。
しかも――
絶妙に手が届かない高さ。
「完全に煽ってきてるよね」
「性格悪すぎる」
「森、SNS向いてるタイプ」
風が吹く。
すると今度は、
袋がスーッと横に移動した。
「動いた!?」
「逃げた!」
「食料が逃げた!!」
くっころ先生が叫ぶ。
「追いなさい!」
「今度こそ取り返すわ!」
こうして始まった。
食料を賭けた謎の追いかけっこ。
「右行った!」
「いや左!」
「フェイント入れてきた!」
「森、運動神経良すぎ!」
木の根が足元をすくい、
枝が頭上から進路を塞ぐ。
「完全に障害物競走!」
「しかも主催が森!」
「参加費、命じゃないよね!?」
袋は時々、
わざと落ちそうになっては持ち直す。
「取れそうで取れない!」
「一番イラつく距離感!」
「森、恋愛下手か!」
ついにユウトが立ち止まる。
「……待って」
「これ」
「走っても無理だ」
「急に冷静!」
「じゃあどうするの!?」
ユウトは、袋ではなく――
風の流れを見た。
「……こっちだ」
「え?」
次の瞬間。
袋が大きく揺れ、
風に煽られて――
森の奥へ引っ張られた。
「逃げた!」
「いや違う!」
「森の“外”だ!」
一気に視界が開ける。
木々が薄くなり、
地面の色が変わる。
「……あれ?」
「空気、違くない?」
最後に、
袋がぽとりと落ちた。
「……返してきた」
「最後までムカつく演出!」
振り返ると、魔の森は、そこで終わっていた。
これ以上、
一歩も追ってこない。
「……出た?」
「出たわね」
「生きてる」
「食料もある!」
その場に、全員座り込む。
「森」
「嫌がらせだけは一流だったね」
「でも」
フィオナが笑う。
「ちゃんと、出口には送ってくれた」
「……ツンデレか?」
くっころ先生が深く息を吐いた。
「……二度と行かない」
全員が、力強く頷いた。
こうして。
魔の森遠征は――
死者ゼロ。
重傷者ゼロ。
精神的ダメージ多めで幕を閉じた。
そして誰もが思う。
次の遠足先は、
ちゃんと案内板のある場所にしてほしい、と。
――後日。
学園・職員用休憩室。
くっころ先生は、机に突っ伏していた。
「……はぁ」
湯気の立たない冷めたお茶。
反省会というより、戦後処理の空気。
「まずいわ……」
「何がまずいんです?」
同僚の先生が、書類をめくりながら聞く。
「魔の森に迷い込んだこと?」
「生徒を危険に晒したこと?」
「それもだけど」
くっころ先生は、顔を上げる。
「一番の問題は……」
一拍置いて。
「私が、想像以上に“普通に頼られていた”ことよ」
「……そこ?」
「え?」
同僚がペンを止める。
「いや、だって」
「生徒たち、私の指示、ちゃんと聞いてたじゃない」
「ええ、まあ」
「混乱もしてたけど」
「誰一人、私を無能扱いしなかった」
「それは良いことでは?」
くっころ先生は、首を振る。
「違うわ」
「私は」
「もっとこう……」
言葉を探す。
「責任を取ろうとして空回りする存在で」
「情けなくて」
「後で一人反省する係なのよ」
「……自己評価、低くない?」
「なのに!」
机を軽く叩く。
「ユウトくんが」
「“先生のおかげで助かりました”なんて!」
「言われたんですか」
「言われた」
「それは普通に良い話では?」
「良くない!」
「ええ……」
くっころ先生は立ち上がり、歩き回る。
「教師として正しいのは分かる」
「でもそれはそれ!」
「私は」
「もっと“くっころ枠”としての役割を――」
「その枠、職業倫理的にどうなんです?」
「細かいことはいいの!」
深呼吸。
「……次からは」
「次?」
「魔の森クラスのトラブルが起きたら」
「起きる前提なんですね」
「私は」
「前に出すぎない」
「頼られすぎない」
「ちょっとダメな先生でいる」
同僚は、じっと見る。
「……それ」
「生徒、逆に不安になりません?」
「……」
沈黙。
「……確かに」
くっころ先生は、肩を落とした。
「結局」
「ちゃんとやるしかないのよね」
「そうですね」
「……ああ」
椅子に座り直す。
「それに」
少し小さな声で。
「ユウトくんが」
「あの状況で冷静だったのも」
「私の判断を、否定しなかったのも」
「……ずるいわ」
同僚は、そっと視線を逸らした。
「公私混同は」
「ほどほどにしてくださいね」
「分かってるわよ!」
即答だった。
「分かってるけど」
「止められないだけ!」
反省会は、反省の方向を完全に見失ったまま終了した。
なお。
この後提出された反省文は、
魔の森については三行。ユウトの素晴らしさについては三ページ。
学園長に、赤ペンで一言。
「次は普通に反省してください」
くっころ先生は、
今日も元気だった。
次回予告
魔の森、脱出完了。
命は無事。
心はちょっとボロボロ。
「……疲れた」
「分かる」
「何もしないって大事」
「もう森って単語聞きたくない」
次回は、魔の森お疲れ様回。
お茶を飲む。
お菓子を食べる。
なぜか反省会が始まる。
「先生」
「なんで一人で落ち込んでるんですか」
「落ち込んでないわ!」
「気持ちを整理しているだけよ!」
日常に戻ったはずなのに、
どこかズレてる人たち。
「遠足って」
「本来こういうのだよね?」
「いや、普通は森行かない」
次回、
閑話休題。
何も起きないはずが、
ちょっとだけ起きる。
お楽しみに。




