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[悲報] 魔法使いを目指す俺、ツッコミ役に就任しました  作者: 仁科異邦


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くっころ覚醒

森が、軋んだ。

花粉が再び舞い始め、視界が滲む。

倒れ込むクラスメイトが増えていく。


「……だめだ」

「もう、動けない……」


誰かの声が、震えながら途切れた。

ユウトは歯を食いしばる。

支えようとしても、腕が足りない。


「くっ……!」

その時だった。

「――そこまでです」


低く、張り詰めた声が森に響く。

全員が振り返る。

立っていたのは、くっころ先生だった。

背筋を伸ばし、いつもの厳しい表情。

だが、その目だけが違っていた。


「……先生?」

「下がりなさい、ユウトくん」

その一言で、空気が変わる。


先生の足元から、魔力が噴き上がった。

今まで抑え込まれていたそれが、制限なく溢れ出す。

「っ……」


花粉が、弾かれた。

まるで見えない壁に阻まれたかのように、近づけない。

「教師はね」


先生は前に出る。

生徒たちの前に、たった一人で立つ。

「生徒を守る存在なの」


「感情を抑えて」

「距離を保って」

「規則に従って」


「……それが正しいと、思ってた」


森が唸る。

木々が軋み、魔物の気配が近づく。

「でも」


先生の声が、震えた。

「あなたが危険に晒されているのに」

「それでも冷静でいろなんて……できるわけないでしょう」


ユウトが目を見開く。


「先生……?」


「黙ってなさい」


先生は、ほんの一瞬だけユウトを見る。

その目に浮かんでいたのは、覚悟と――抑えきれない感情。


「私は教師よ、でも一人の人間でもあるの」

魔力が、爆発する。


地面が割れ、光が走る。

迫っていた魔物たちが、一瞬で吹き飛ばされた。

「……無茶だ」

誰かが呟く。


「構わない」

先生は一歩も引かない。


「この子たちを守れるなら」

「評価も」

「立場も」

「全部、後でいい」

花粉が完全に吹き散らされ、森の幻覚が薄れていく。


「ユウトくん」

背中越しに、声が届く。


「あなたは前を向きなさい」

「……はい」


ユウトは、強く頷いた。


先生は、微笑った。

それは、初めて見る柔らかな表情だった。

「……想いを抑えるのも」

「教師の仕事だと思ってたけど」

「今だけは」

「抑えない」


再び、魔力が解き放たれる。

森が、沈黙した。

森は、嘘のように静まり返っていた。


折れた枝。

焼け焦げた地面。

そして、倒れ伏す魔物たち。

「……終わった?」


誰かが、恐る恐る声を出す。

「みたいだな……」


張り詰めていた空気が、ようやく緩む。

次の瞬間。


「……っ」

くっころ先生の足が、ふらついた。

「先生!」


ユウトが駆け寄るより早く、先生は膝をつく。

「ちょ、ちょっと……」

「これは……反動が……」

魔力が一気に引いていくのが、素人目にも分かった。


「無理しすぎですよ!」

「限界超えてたじゃないですか!」


「うるさい……」

「教師に説教しないで……」

そう言いながら、先生は顔を覆う。


耳まで、真っ赤だった。

「……まずいわね」


「何がですか?」


「魔力じゃない……」

先生が、ゆっくり顔を上げる。

視線が、一直線にユウトに刺さる。

「感情の制御が……効いてない」


「……え?」

次の瞬間。


「ユウトくんは、もう少し自分がどれだけ可愛いか自覚した方がいいと思うの」

教室どころか、森全体が凍った。


「せ、先生?」


「無自覚なのが罪なのよ」

「危ないところに突っ込んでいくし」

「無茶するし」

「心配させるし」


「ちょっと待ってください!?」


「それでいて、助けに行ったらちゃんと『はい』って返事するのが……」

先生は、両手で顔を覆う。


「……ああもう」

「抑えてたのに……」


「抑えてた!?」

周囲のクラスメイトたちは、完全に固まっていた。


「せ、先生……?」


「今のは……?」


「聞かなかったことに……」


「できないだろ」

先生は、ゆっくり立ち上がる。

足元はまだふらついているが、目だけは真剣だった。


「いい?」

「これは覚醒の反動よ」


「決して」

「卒業まで言うつもりはなかったし」

「職権乱用でもないし」

「でも」


ユウトを、真正面から見る。

「あなたが無事で」

「ちゃんと立ってて」

「それが、何より嬉しかったのは事実よ」


沈黙。

「……」


「……」


「……先生」


ユウトが、困ったように頭を掻く。

「今それ言われると」

「どう反応していいか分からないです」


「でしょうね」

先生は、深く息を吐く。


「だから忘れなさい」

「これは事故」

「魔力事故」


「事故で済ませるには強すぎません?」


「うるさい」


だが、その口元は、少しだけ緩んでいた。

危機は去った。

魔の森は、静かだ。


だが――

新たな爆弾が、投下された後だった。


――


それから、数日後。

魔の森での出来事は、正式には「緊急事態下における教員の判断ミス」として処理された。

被害は軽微。

生徒に重傷者なし。

報告書は淡々と、それだけを記している。


そして、

くっころ先生は、職員室の隅で机に向かっていた。


「……」

ペンは、もう何分も止まったままだ。

(何をやっているの、私は……)


思い出すのは、魔物でも、魔力の暴走でもない。

あの時、口にしてしまった言葉。


(可愛いとか)

(心配させるとか)

(嬉しかったとか)


「……最悪」

額を机に軽く打ち付ける。


教師として、年上として、立場ある大人として。

どれを取っても、完全にアウトだ。

(覚醒の反動?)

(魔力事故?)


言い訳はいくらでも思いつく。

でも、それで消えるわけがない。

「……よりによって、本人に」


視線を上げると、職員室の窓の外。

校庭で、生徒たちが訓練をしている。

その中に、ユウトの姿があった。


いつも通り。変わらない様子。

こちらに気づく様子もない。

(……覚えて、ないわよね)


(忘れててくれたら……)

そう願いながらも、胸の奥が、ちくりと痛む。


「はぁ……」

深いため息。

(私は教師なのよ)

(守る側で)

(導く側で)

(想いを向けられる側じゃ、ない)


机の上の報告書を閉じる。

「……反省文、追加ね」

小さく呟いて、ペンを取り直す。


だが、書き出しの一行目で、また手が止まった。

(――生徒を守るためとはいえ)


「……違う」

それは、嘘だ。

守りたいという気持ちは、本物だった。

でも、それだけじゃなかった。

(……情けない)


くっころ先生は、背もたれに体を預ける。

「次に会ったら……」


「ちゃんと、距離を取らないと」

そう決める。

‥決める、はずだった。


けれど、窓の外でユウトが笑った瞬間。

胸の奥が、また、僅かに揺れた。

「……本当に、厄介ね」


誰にも聞こえない声で、そう呟く。


問題は解決したが、感情は整理されていない。

それが一番の厄介事だと、先生だけが、分かっていた。



次回予告


魔の森での出来事は、

ひとまず、落ち着いた。


覚醒の反動。

言い過ぎた言葉。

それぞれが、胸の内で整理を始める。


「……後日談、みたいだね」

「うん」

「いい感じに締まった気がする」


――だが。


「ちょっと待って」

「私たち」

「まだ、帰ってないわよね?」


静まり返る空気。

見渡す限り、木。木。

そして、木。


校舎はない。

道もない。

出口も、見えない。

「……魔の森」


「普通に、詰んでない?」

安心した分だけ、現実が重くのしかかる。


次回、

まだ魔の森です。

後日談で終わらすつもりが本編は、全く終わっていなかった。


お楽しみに。


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