閑話 ここは教室ですか?
「……あれ?」
ユウトは、自分の机を見下ろした。
木製の天板。
見慣れた傷。
落書きの跡。
「……教室?」
さっきまで――
確かに。
木が動いて、道が歪んで、見えない何かに追われて。
(……魔の森に、いたよな?)
顔を上げる。
前の黒板、窓から差し込む光。
ざわつくクラスメイト。
「……戻ってきてる?」
「戻ってきてるね」
「普通に授業前だね」
「チャイム鳴る五分前です」
落ち着いた声、元気な声、淡々とした声。
全員、“いつもの席”にいる。
「……誰も、混乱してないの?」
ユウトの問いに、何人かが首を傾げた。
「え?混乱する要素あった?」
「夢だったんじゃない?」
「でも、靴汚れてるよ?」
「……ほんとだ」
土と葉の跡が、確かに残っている。
⸻
そんな中。
教卓の前に、一人が立った。
「はいはーい」
「定時開催、質問コーナーのお時間でーす」
司会進行役、完全に慣れた口調。
「今回のテーマは――」
黒板に、大きく書かれる。
『魔の森 お勉強会』
「……いや待って」
ユウトが即ツッコむ。
「さっきまでその中にいたんだけど!?」
「だからこそだよ」
「被害者の会、略して勉強会」
⸻
Q1:そもそも魔の森って何?
「まず基本から」
理知的そうな女子が、淡々と説明する。
「魔の森とは」
「魔力濃度が異常に高く、地形・生態・法則が安定しない区域です」
「簡単に言うと?」
「常識が通じません」
「最悪じゃん」
⸻
Q2:なんで道がループするの?
「森が生きてるから」
「生きてる!?」
「正確には、“選別している”と言われています」
「選別どのように……?」
「帰していい存在か、そうでないか」
「え、じゃあ私たち――」
「今のところ」
「保留です」
「嫌な判定!」
⸻
Q3:主って何者?
「魔の森には、高確率で“主”が存在します」
「森そのものの意思に近い存在」
「倒せる?」
「理論上は」
「理論上!?」
「ただし」
「倒す=森の均衡崩壊、というケースもあります」
「リスクデカすぎてやっちゃダメなやつ!」
⸻
Q4:追いかけてきた理由は?
「興味本位です」
「それだけ!?」
「主にとっては」
「人が迷い、焦り、苦悩する様子が娯楽に近い」
「性格悪すぎない?」
「人間目線ではそうですね」
⸻
Q5:じゃあ、どうすれば正解?
全員が、一斉に前を見る。
「正解は」
「深入りしない」
「刺激しない」
「入らない」
「……それが一番難しい」
⸻
説明が終わる。
教室には、妙な静けさ。
「……あのさ」
ユウトが、ぽつりと言う。
「じゃあなんで俺たち、無事なんだ?」
少し間があって。
「さあ?」
「主の気まぐれじゃない?」
「たまたまだね」
「運が良かった」
「……」
誰も、断言しなかった。
⸻
チャイムが鳴る。
いつもの授業開始。
黒板が消され、椅子が引かれる音。
「……魔の森、夢じゃなかったよね」
「靴見れば分かる」
「洗わないと」
「また行くことになったらどうする?」
一瞬、沈黙。
「……その時は」
「ちゃんと勉強してから」
誰かのその一言で、教室に小さな笑いが起きた。
(……よし日常に戻った)
‥‥
理知的な口調の女子が言う。
「そういえば魔の森が危険なのは主だけではないです」
「幻覚誘発性植物が常在しているからです」
「……花?」
「はい」
「視覚・聴覚・感情に強く作用します」
「じゃあ」
元気な声が上がる。
「追いかけられたのも?」
「主の気配も?」
「全部、幻覚?」
「それは本物と思われます」
教室に、納得の空気が流れる。
「……なるほど」
ユウトも頷いた。
⸻
「本人が“安全だと信じられる
環境”を再現します」
「教室とか?」
「はい」
「慣れ親しんだ場所ほど効果が高い」
「じゃあここ――」
「魔の森だったりする?」
「……ん?」
一瞬、引っかかる言い回し。
だが、誰も深く考えない。
⸻
じゃあ、今は安全なのか?
ユウトは、窓の外を見た。
いつもの校庭。
いつもの空。
(……本当に?)
⸻
チャイムが鳴る。
授業開始。
皆、椅子を引き、教科書を開く。
「……なあ」
ユウトが、小声で言った。
「さっきから」
「風、匂いしないか?」
「え?」
「……森の匂い」
誰も答えない。
代わりに、教室の床に。
――影が、揺れた。
窓から差し込む光が、
木の葉の形をしている。
(……校庭に、こんな木あったか?)
⸻
黒板の端。
チョークの粉に混じって、
花粉のようなものが舞っていた。




