第六百七十七話 影と影
比奈・シャドウ組と『影の魔王』の戦いは、シャドウと影の魔王による『影魔法』対決となっていた。
こう聞くならば、影の魔王の方が有利な印象がある。確かに『影』そのものである影の魔王は、その性質を熟知し、影を自在に操っている。
だが、その相手をしているのは『悪夢』シャドウだ。
シャドウは自身の能力で出した『悪夢』の塊である暗いモヤを、影として認識する事で日を遮る物の無い中でも影を宙に浮かばせる事が出来る。
自分や敵の足元か、体の各部位にできる影からしか『影魔法』を行使出来ない影の魔王は、この『宙に浮かぶ影』という理解を越えた現象に惑わされていた。
そして影の魔王にとって、更に厄介なのが比奈の存在だ。比奈はシャドウと影の魔王の戦いを、少し離れた位置から見ている。しかしそれは、ただ見ている訳ではなく、魔力を練り上げて見ているのだ。要は隙を伺っている。
直接入って来るのではなく、隙あらば一撃で刈り取ろうと狙っている比奈を意識の中に置いた上でシャドウと戦うのは、影の魔王の精神をゴリゴリと削っていった。
『チィィッ!! なんだこのカラダァ!? あの勇者よりも強い勇者の体の筈だろ!? なんでこんなに弱ぇんだ!!』
シャドウに追い詰められ、比奈には削られて、終いには自分の操る『第一世界の勇者』の体に文句をつけ始めた影の魔王に、シャドウは呆れた様子で攻撃を仕掛け、しかし峰打ちで体の至る所をうち据えた。
『ぐがっ!? な、何しやがるテメェ!?』
『本物の第一世界の勇者ならば、今のは防いでいる。あの勇者には実戦経験こそ少なかったが、その訓練量だけは異常だった。だがそれは、そいつ自身が努力によって勝ち得た技術だ。何の努力もしていない、ただ死体を操っているだけのお前が、その技術を手にできる道理が無いだろう?』
『…………俺が、弱いってのか!? 俺が何の努力もしてないと!?』
『実際そうだろう。お前はあくまで『影』であって肉体を持たない儚い存在だ。影は肉体が受ける光によって出来るものだ。お前という存在は、精々この揺蕩う頼りないモヤと一緒だ。放っておけば、そのうち霧散して消えてしまう』
『ナメるなよ。俺はな、操る死体の記憶すら自分の物に出来るんだ。そんな技くらいなら!』
影の魔王がシャドウと比奈に向けて剣を振り、いくつもの斬撃を飛ばす。しかし、シャドウも比奈も、その程度の斬撃は瞬時に斬り払って見せた。
『…………くっ! ならば!!』
第一世界の勇者が持っていたものなのか、巨大な魔力を体に漲らせた影の魔王が、その魔力を爆発させて推進力とし、シャドウに肉薄した。
そして直接の剣戟をシャドウに撃ち込むと見せかけて影へと沈み、瞬時にシャドウの背後から現れて剣を振るった。
だが、シャドウにはその一連の動きは読まれており、シャドウは背後に回した剣で影の魔王の攻撃を弾き、クルリと振り返りながら上段に上げた剣を、影の魔王に叩き込んだ!
『ぐがっ!?』
左肩から袈裟懸けに両断された影の魔王が、瞬時に体内から影を伸ばして体を接合し、再び剣を振るう。しかしこれ程までに相手の動きを読んでいるシャドウが、それに対応できない筈もなく、アッサリと避けられて、影の魔王はまた体を両断された。
『貴様は第一世界の勇者の記憶をものにしたのだろう? ならば俺達よりも明らかに格上だったソイツが、なぜ格下の俺達に破れたのかも見ているだろう?』
『う…………あ…………』
『もっとも実戦経験は、ただ強者の死体を操っていただけのお前にも、無いのだろうがな』
その瞬間、影の魔王は敗北したと悟った。敗北を悟った時にする行動はいくつかある。逃げること、諦めること、命乞いすること。
影の魔王の場合は、…………使いたく無い『奥の手』を使うこと。
影の魔王の覚悟と共に、まず第一世界の勇者の体がバラバラに崩れた。それは、シャドウに斬られた体を影で繋ぎ止める事を止めたからに他ならない。
そしてその切断面から溢れた影が、その場で広がり、シャドウと比奈のいる空間を覆った。
それは影の魔王が捨てた半身だ。影の魔王は自身の半分を空間に広げて、その場を無理やり自分のテリトリーにしたのだ。
これをやると、影の魔王は自分の体積の半分を永遠に失ってしまう。広げた影は寄る辺がなくなり、光の中に霧散してしまうからだ。
なぜこんな事をするのか。それが影の魔王の『奥の手』の対価だからだ。このテリトリーの中でなら、影の魔王は『好きな体を奪える』からである。
普段なら面倒な手順が必要なのだが、それが無い。支払う対価が見合っているとも思わないが、逆転の一手としては最高の部類である。
「『これは!? シャドウ! 危ない!!』」
そう叫びながらも、比奈は自分の中にいるラルファの助言にしたがって天使の力を漲らせる。これで比奈の体は奪えなくなったが、影の魔王の狙いは、もとよりシャドウの体である。
影の魔王は、自分の力が最も強まるテリトリーの中で、シャドウの影に飛び込んだ。




