第六百七十六話 隼人の視界
鯨の魔王との戦いの最中、俺は地上で戦う仲間の様子も見ていた。
殺戮の悪魔『グラシャラボラス』は、いま必殺技の効果で巨大化している。それはもう、超巨大な鯨の魔王の半分ほどのデカさだ。
普通に考えて、そんなデカイ犬を俺が十全に扱えるだろうか? 答えは簡単。『無理』である。
他の悪魔ならば、例えば兵機の悪魔『サレオス』なら、巨大悪魔兵機『アリゲリオン』の操縦をしっかり訓練できた。が、グラシャラボラスにはそれがない。
ならどうなるのかと言うと、基本はオート操作。『鯨の魔王を倒したい』と言う俺の目的を遂行する為のオート操作だ。そうでなければ、いまグラシャラボラスがやっている、鯨の魔王の肉を噛みちぎって咀嚼するなんて事を俺が出来る訳がない。
鯨の肉がどうこうではなくて、魔王なんて喰わないよ、俺。
そんな訳で俺は今、鯨の魔王との戦いの真っ最中にも関わらず意外と暇だったりする。
もちろん、意識を向けてグラシャラボラスの動きをコントロールする事もあるが、『殺戮』などと言う最も悪魔らしい力を持ち、必殺技によってグラシャラボラス本来の力が引き出せているのだから、グラシャラボラス自体が弱い筈はないのだ。
生み出したグラシャラボラスの眷族達も、自らの体を炎の武器として鯨の魔王にダメージを与えている。
上でメテオラと対峙している『シャルア』が曲者だが、鯨の魔王に関しては俺の方に大分余裕があった。
なので俺は、グラシャラボラスの体の中から地上の様子を見たりしていた。ちょっとジンマ達が危ういかな? と思ったら、グラシャラボラスに意識を向けて眷族達を派遣する程度には見ていたのだ。
…………そんな中で。
『スーパー・ヴァプラ・チャーージ!!』
イハル師匠とレグルスことグレート・レオが、氷の獣人と戦っている場所から、そんな『変身ライダー・ソロモン』的な声が聞こえてきた。
そして『なんだ、今の声?』と下に目を向けると、ケンタウロスから少し形を変えたイハル師匠が爆発し、それと同時に放たれたバカデカイ『レーザービーム』が氷の獣人を飲み込み、そのまま地平線を越えて宇宙に向けて飛んでいったのだ。
イハル師匠とグレート・レオが戦っていた氷の獣人は、イハルの…………と言うよりもヴァプラの出したレーザーで消え去った。
これでイハルの所も決着のようだが、肝心のイハルはレーザーを撃った時の爆発とその衝撃をもろに受けて、もうボロボロの姿となっていた。
大丈夫なのかアレ? いや、ちゃんと生きてるしヴァプラがイハル師匠を殺したりしない事も解ってはいるのだが不安になる。
ちゃんとグレート・レオが倒れたイハルを抱えてジンマ達の方へと向かっているから大丈夫だとは思うが。…………うん、後でヴァプラはぶっ飛ばそう。
と、その時。鯨の魔王の巨大な胸ヒレが斬り飛ばされた。唐突に体の一部を失いバランスを崩す鯨の魔王だったが、そのヒレが斬られた部分から白い人の手のような物が生えて、すぐに鯨の胸ヒレとして再生した。
…………何だよ今の気持ち悪いのは? シャルアに乗っ取られているからか? いや、それよりも。
「やってるな、メテオラ」
超巨大な鯨の背面から時折見える爆発や稲妻。それを放っているのはシャルアなのかメテオラが呼んだ天使なのかは解らないが、メテオラが善戦しているのは確かだ。
そして、そのダメージに加えて俺が鯨の魔王に与えているダメージもかなり蓄積しているだろう。もちろん、鯨の魔王は失った部位を再生もしているが、そのスピードは段々と遅くなっている。
それは、鯨の魔王が落ちる時が近いと言う事だ。
◇
『オオォォオォ…………』
鯨の魔王から生えているシャルアは、空を飛び回るメテオラを落とそうと躍起になっていた。
シャルア自身の意識は、もう大分薄い。『アマリリス』の肉体から創られたシャルアは、その特異性から魔王として『エンブレム』を失っても滅びなかった。
それどころか、『小指の先』程度の自身の核を鯨の魔王の体内に撃ち込み、その一点から巨大すぎる鯨の魔王を乗っ取り、更には『影の魔王』と『獣の魔王』という二柱までも取り込んだ。
それは確かに強力な力ではあったが、シャルア一人、いや、一欠片だけで制御するには無理のある力だった。シャルアの意識が霧散する程度には。
……………………だが。
シャルアは自身の周りを飛び回りながら攻撃を放つメテオラに、その暗い穴の様な眼と、溢れる殺意を向けた。
……………………オマエノセイダ…………。ナニモカモガ…………。
シャルアの薄れた意識の中に確かに残る殺意。それはかつて世界を創った『神』である『メテオラ』に向けられたものだが、同時に今のメテオラにも向けられていた。
シャルアの薄れた意識は、今やただの殺意となって、メテオラひとりに向けられていた。




